大海の鯱、井の中を知らず

回想四話 仮面に蔽された情念は昂りを知るのか

「ハァイ調子いい？」

草原。

王城下町を宛ら北から南に吹き颪す陰風の如く過ぎし者は草原に出、諸々に散りばめられた敵軍尖兵と味方の尖兵の混戦目前、声高に言い放つ。

「駑馬(アマテュルクが愛用する刀の銘)よォ、汝も腹が減ったろう...血に飢えた色と煌めきだ。何処を啖くらいたい？肝動脈か？養分沢山の幽門付近の血かいいか？それともウイットを効かせて脳周りの血でもいい...

...ケヒャッ、返事がねェな...敵味方誰でもいい。駑馬が駿馬(敵尖兵)と麒麟(革命軍)並びに啖い散らす様が早く見てェ...」

アマテュルク、嘗ては姫付きの騎士だった男。

しかしあの時の俤は最早無い。

そしてこの男が主役を飾ることはもう無いだろう。

✝️

「鮮やかな最期でしたね...」

右手肘上と首上部を叩き斬られ無機質の如く静かに佇む敵幹部を後方にアヴィドが立ちながら呟く。

...が、直ぐにその奇怪な状況を汲み取った。

(不可解だな、何故血が出ない...)

アヴィドはその可能性を脳内で試行し答えを出そうと試みた。

だがその命令を与えようとした瞬間の彼の目に写ったのは、首から上を喪い無機質と化した筈のモノの左足が、不意に持ち上がる様。

(なんだ......

ッッ！)

反射的に発現するリアクション以下のアヴィドの思考を許さぬ刹那、アヴィドの脳裏に浮かんだのは死体が動いた驚きよりも、下腹部の鈍い痛みを届けるシナプスが突然介入しバイアスが痛みの方向に振り切ったという確信のみ。

(一体...どういう理屈だ...)

痛みの正体は死体(？)左足の踵かかとから自分へと伸びる地面の隆起と自分の腹を抉る土塊の剣であった。

「グ...その状態で生きているとは、貴方が襲名した悪魔の名とやらの能力は大方予想がつきましたよ...」

すると、途端にアドラの右腕と顔が勢い良く再生。

「驚いたか？」

「これは一本獲られましたね...まさか不死とは。」

アヴィドはすぐさま体勢を整え会話を続行する。

「あくまで不死ではない。悪魔だけにな。この際飽くまで説明してやる。革命軍の幹部には神や天使、そして己オレのような悪魔の名を文字通り『襲名』し、神の御業とも云える技を使う者が殆ほとんどだ。」

「『襲名』は知っていますよ。それが貴方で言うところの今の再生能力。詰まるところ不死だと。」

アヴィドは体勢を立て直し、水煙草を吹かす。

「いくら名を襲名しようとそんなチート能力を手に入れられる訳じゃあない。どんなに奇妙な能力でも必ず原理がある。それによって与えられる力は一つ。己オレの場合は"血流操作"だ。」

「成程、先程の攻撃時貴方の目が真紅に輝いたのも血流を一点に集中させる際に目の血管を大量の血液が流れるからですか。」

「察しがいいな。そして煙は単純に血が集まるから温度が過度に上昇する。そして不死の機巧は切断面の血を止め、一時的に首から上の役目を鎖骨近くの血流で循環させ補う。再生は切断部位を予あらかじめ海綿体構造に置き換え、そこに血流を流し膨張させ復活だ。完全修復には巧妙なテクニックが必要とされるが。」

「これは驚きました...我々は確実に革命軍を侮っていたようです。しかし何故その能力を私に教えるのです？私が有利になるだけですよ？」

「この原理を教えたところでお前には何も対策出来ない。その信託の基、情報を与えたまでだ。

...自慢したかっただけなんてことは言えない...」

(...心の声が漏れるというのは、襲名の代償なのだろうか...？)

「確かに今の私では貴方を倒すことは出来ないようです。しかし、この戦争中貴方のミスという奇跡を希求しつつ貴方の足止めに力を注ぐことにしましょう。

...それに、私はあの王と確執があります。そして王は常に戦闘状況を正確に把握している。形だけでも戦っているのが賢明ですので。」

「はた迷惑な...」

「しかし一つ。貴方達が襲名とやらで神の業を手に入れ、それを使いこなせる程に強いとしても、五角天にも己を研鑽し続けた後途方もない能力に目覚めた方々が揃っています。革命軍の幹部に勝ち目はないでしょう...」

と会話を終えると、再び両者は刀と"血"を武器に戦闘を再開させる。

(一つ血流操作を打ち砕く鍵があるとするならば、血液中の血球を粒子サイズまで刻むということ。相手の能力は血流を操作するもの。血の働きが失われると意味が無くなる技ではある。が、このシーシャの太刀では刃が厚すぎる...やはり今の私では倒せないか...)

「フッ...」

アドラが血流を移動させ煙が見えた所をすかさずアヴィドの斬撃が打つ。そんな土竜叩きのような戦闘が長々と続くのだった。

✝️

王室。

「やっぱりガキで止まりやがった。敵尖兵も蹴散らさずに何をしているんだ。アマテュルクを出して正解だったよ。」

「アヴィドと交代で、私が出ていい？あの悪魔のお兄ちゃんは面倒臭そうだからスルーしたいなー」

ザギはキャンディを舐めながら王に問い掛ける。

「そうだな。敵幹部残り数名の動きはまだ見られない。ザギは革命軍本陣をそのまま攻撃するか、"モロク"とかいう幹部を優先に潰してくれないか？

そいつの妙な能力で大砲の弾が草原に届かないのだよ。」

「オッケ～♪じゃ、早速行ってくる～♪」

ザギは鼻唄をうたいスキップをしながら階段を降りていった。

「お父様をお守り出来る者が減っていきますね」

フェイが不意に口を開く。

「心配は要らない。まだ切り札は在中よ。」

王は部屋の窓を通しその後ろに連立する鳥居のオブジェとその奥の「通天」と書かれた垂れ幕を眺めた。

「今宵は640年ぶりに爺っさまの眠りが解かれるかも知れないよ。」