21回目の再挑戦

秋空 脱兎

ハッピー・バースディ、プリーズ

 夜二十一時。もうすぐ春休みという今日この頃。

 自室のノートパソコンで調べものをしていたら、帰宅したばかりの姉がこんな事を言ってきたのだ。


「へぇい。突然なんだけど、誕生日を祝ってくれないかな?」


「……はい?」


 俺は我が耳を疑い、反応が遅れた末、一先ず聞き返す事にした。


「誰の?」

「私の」

「えーっと、あなたの誕生日って」

「八月三十二日だな」


 一部の人にはトラウマかもしれないワードが聞こえたがスルーするとして。

 つまり九月一日だ。


「かなり先だよね? 二十二歳の誕生日」

「そっちじゃなくて、二十一歳の方」

「……半年以上前だよ?」

「ん? そうだよ?」

「いや『そうだよ』て」


 何のこっちゃ、と思った。

 普段はこんなにエキセントリックな発言をするような人ではないのだが、急にどうしたのだろう?

 仕事で疲れているとか? いや、疲れているのは休みの日もか。


「で、だ。我が弟よ。私の二十一回目の誕生日を祝ってくれるかな?」


 何か口調も変だ。本当に大丈夫なのだろうか。


「……どうしろと?」

「祝ってくれ」

「……は、ハッピーバースデー?」

「うふふ、ありがとう」


 姉が照れながら言った。


「そうだ。夕食って食べた?」

「食べたよ」

「あー……まだ食べれる?」

「大丈夫だけど、まさか」

「そう、これからケーキ買ってくる」

「え、でもこの時間帯ってケーキ屋開いてる?」

「じゃなくて、コンビニのやつ。意外と侮れないんだぜ、コンビニスイーツって」


 んじゃ買いに行ってくるね~、と言い残して、出かけてしまった。


「……嵐のようだったなあ……」


 俺はひとりごちながら、食器その他の準備を始めた。




§




 ケーキだけにしてはやたら大きなビニール袋を片手に提げた姉が帰ってきたのは、それから十分後の事だった。


「たっだいまぁ~!」

「あ、おかえり。食べたいやつ買えた?」

「買えた! 私は幸運らしいねえ~」


 チョコレートケーキとミルクレープをテーブルに置いた。姉の好み的に、チョコレートケーキの方だろうか。


「ん?」


 ビニール袋から取り出した二つの缶をよく見ると、両方ともお酒だった。


「あの、俺未成年なんですけど」

「え? あ……あ~」


 姉は一瞬困惑し、お酒の缶を交互に見て、納得した様子で呟いた。


「じゃあ、これは私が飲むとして。こんな事もあろうかと、ソフトドリンクも用意してありまーす」


 そう言って、無糖の紅茶を出した。


 ……そうだ、もしかしたらあれが残ってたかもしれない。


 俺は思い出した事を確かめるため、冷蔵庫を開けた。


「ん、どした?」

「……いいものがあった」


 俺は言いながら姉に近付き、冷蔵庫から見つけた蝋燭を見せた。

 

「……何で冷蔵庫にあるの?」

「さあ……ケーキに付いてきた余りとか?」

「てか点くのかねこれ?」

「やれば判るでしょ。ライターある?」

「もちろん」


 姉は頷き、スーツの内ポケットからオイルライターを取り出した。いつも疑問に思っている事なのだけど、この人タバコ吸わないのに何でライターを持ち歩いているんだろう。


 そうこうしている内にケーキにロウソクが立てられ、着火が試みられていた。


 俺達の不安をよそに、火はあっさりと点いた。


 俺は内心ホッとしていた。姉の様子が少しおかしい以上、泣きながら駄々をこねる可能性だってある。


「ハッピーバースデー・トゥー・ミー、ハッピーバースデー・トゥー・ミー……」


 姉が唐突に歌い出した。手拍子のおまけ付きだ。


「……あー、ハッピーバースデー・ディア・姉ちゃ~ん……」

「ハッピーバースデー・トゥー・ミー」「ハッピーバースデー・トゥー・ユー」


 最後は上手い事合わせる事が出来た。良かった良かった。


「さ、食べよう」

「うん……そうだ、食べる前になんだけどさ、」

「うん?」

「何で急に誕生日祝いやろうって思ったの?」


 俺の疑問に、姉は何の気も無しに──少なくともそう見えた──答えた。


「去年、誕生日祝ってもらえなかったから」


 それ以上は、何も聞けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

21回目の再挑戦 秋空 脱兎 @ameh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ