幽霊の身体になれるクスリ

田村サブロウ

掌編小説

 霊体とは、幽霊の身体をさす言葉だ。


 霊体はうっすらと透けた体をしていて、質量をもたないその体は触ろうとしてもすり抜けてしまう。


 そんな霊体になれる夢のクスリを薬剤師のレイが開発したと聞き、レイの友人のナギは彼の薬局に確かめに来た。


「で? その霊体になれるクスリってのがこの錠剤か?」


 テーブルに置かれたいくつかの錠剤。そのひとつを指でつまむナギ。


 彼の訝しむ様子に、レイは不満げに片眉を上げた。


「なんだよ、世紀の大発明だぞ? もっとこう、驚くとか無いのか?」


「いや、もし効果が事実ならすごいが。いまいち信じがたいんだよ」


「じゃ、確かめてみようか」


 レイは錠剤をひとつナギの口に突っ込んできた。


 ナギは抵抗する間もないまま、ふところからペットボトルを出したレイに水を飲ませられる。


「も、もがもが!?」


「錠剤を飲み込んだら、すぐ効果が出るからな。さて、どうなるか」


 レイはわくわく感を表情に出しながら待った。


 ナギが錠剤ごと水を飲みくだした、その数秒後。


 ナギの肉体がうっすら透過しはじめたかと思うと、その体がわずかに浮きはじめた。


「おおっ! 成功だ!」


 拳をぐっと握って、レイは喜びを噛みしめた。


 だが、そのすぐ後。


「――! ――!」


「ん? どうしたナギ?」


「――! ――!」


 ナギは口を動かしてしきりにレイに話そうとしたが、声を出せない。


「もしかして、話せないのか? ……あ、そっか。声帯が実体じゃないから、声を出したくても出せないのか」


 改善点をメモっとこ、と口ずさんでからレイはメモとペンを取り出してメモ書きをはじめた。


「どれどれ、他には……」


「――! ――!」


 ナギは地面を指差しながら焦っていた。


 その体は浮いたまま、いや、わずかに上昇している。地面に帰ってくる様子が無いのだ。


「なるほど。質量が無い以上は、重力の影響も受けられないもんな。なんらかの形で霊体に空中での移動制御の手段が欲しいな」


 レイはナギから目を離し、またメモ書きをしていく。


 ナギは平泳ぎの姿勢で必死に地面に戻ろうと試みたが、ゆっくり上昇したままでまったく地面に戻る様子が無い。


 一方レイは、必死なナギの様子には目もくれずメモ書きを続けていた。


「――! ――ぶは、あ痛っ!?」


 ここでナギが、霊体から実体に戻った。


 宙に浮いていた体が、とたんに地面に落下してそのまま激突。


「なるほど、今のクスリだと霊体化の持続時間は3分ってとこか」


 地面に倒れふして動かないナギを見て、レイが分析をポツリ。


 そのいかにも冷静なレイの様子に、怒ったナギは起き上がって、


「くぉらぁ!! レイ、いきなりなにすんだ!!」


「はっはっは! 感謝するぞ~ナギ。いろいろ問題点が見つかったよ」


「ふざけんな! 断りもなしにヘンなもん飲ませやがって。肝が冷えたぞ!」


 笑い飛ばすレイにナギは抗議しながら、ふと思った。


 ところでレイはなんのためにこの薬を作ったのだろう、と。


「おいレイ。なんの目的でこんなヘンテコな薬を作ったんだ?」


「ああ、最近おれ金欠でな。ちょっと金儲けしたくてな」


「金儲けぇ? てことはこのクスリ、どっかのヤバい組織にでも売る気か?」


「そんなコネおれにはねーよ。これは自分で使うんだ」


「自分で? どんなふうに」


「銀行強盗だよ。霊体なら赤外線センサーもセキュリティ用のシャッターも簡単に透過できるだろ? 監視カメラに心霊映像が映っちまう欠点は、これからこのクスリを改善していって――」


 ナギはレイの頭にチョップを食らわした。


「あいたっ」


「発明を悪事に使うな!!」

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幽霊の身体になれるクスリ 田村サブロウ @Shuchan_KKYM

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