微睡みの中の二十一回目
九十九
微睡みの中の二十一回目
静寂が包む家の中、傍らでぼとりと柘榴が落ちた。
何度目だろう。私がこうして微睡むのは、一体何度目なのだろうか。考えても纏まらない思考で考える。
傍らで柘榴が落ちた音がした。それでも私は微睡みからは抜け出せない。
少しだけ首を動かす。赤く弾けた柘榴を視界の端に捉える寸前、けれども直ぐに私の目は大きな拳に塞がれた。瞼は閉じ、もう一度持ち上げる気力は無い。
大丈夫、と言う低い声と、頬を撫でる気配がして、私は眠りの世界へと落ちて行った。
幼い頃から私は身体が弱かった。立っているよりも横になっている方が多かった私の世話をしてくれたのは、歳の離れた従兄だった。
従兄は家の手伝いで席を外す以外は、ずっと私の傍らに居てくれた。従兄は私の世界の半分だった。
従兄は働きで忙しい父や母よりも私の傍に居てくれた。飴細工をくれたのも、手毬を教えてくれたのも、寝物語を聞かせてくれたのも、全て従兄だった。
微睡む私の頬を従兄は大きな拳で優しく撫でてくれた。私は従兄が大好きだった。
六つ、七つを超えて、十六になっても私の身体は変わらず、遂には生まれてから二十一回目の年を控えた。
最近、両親は私の事を疎んでいる。愛されていない訳ではない。それでも私の存在は手に余るのだ。父や母の方が先に逝く。何より私の薬代は随分と掛かった。
働きに出ることも嫁ぐことも出来ない、ただ眠り続けるだけの私は、富んでいるとは言えない家には手に余った。
私が生まれて二十一回目の年が廻った日、私は供物にされることになった。
辺鄙な村を水害が襲ったのは私が生まれた日の一月前の出来事だった。村の少しと、畑の半分が持っていかれたのだと聞いた。それからはずっと雨が降り続いている。近く、御山の半分が流れるのではないかとも噂されている。
話しは自然と神様へ供物を捧げる方向に進んだ。身寄りのない子供も罪人もいない小さな村の中で、供物に私の名が挙がるのは火を見るよりも明らかだった。
私は微睡みながら、謝る両親の話しを聞いていた。恐怖は無い。唯、そうだろうな、と思っただけだ。いつも傍に居てくれた従兄がどんな顔をしていたのか、微睡む私には分からなかった。
目が覚めた時、鼻を錆びた匂いが掠めた。
私は起き上がろうとして、けれども力の入らぬ身体は言う事を聞かず、結局横たわるほか無かった。最近は、幼い頃に比べて起き上がれなくなったように思う。いつも眠りの淵から逃れられずにいる。
す、と静かに襖が開いた。視線を動かせばそこに立って居たのは従兄だった。
私の視線に気が付いた従兄は大好きな優しい笑みで唯一言、大丈夫、と口にした。何となく、錆びた匂いの正体が分かった気がして、私は少しだけ身じろぎした。
身じろいだ私に従兄は少しだけ身体を強張らせたが、私が片手を出しているのに気が付くと、傍までやって来て手を握ってくれた。
温かさに私は微笑み、どうしたの、と従兄に聞いた。意味の無い問いだった。それでも従兄に聞かなければいけない問いだった。
従兄は数度、口を開閉させたが、結局笑って私の頬を撫でた。私はそれ以上何も問えずに、笑って返した。
二十一回目の生まれた日はすぐそこまで来ていた。
何度目だろうと、考える。柘榴が落ちる音がして、私が微睡むのは何度目だろうか。殆ど、眠っているように思う。追い払いたい霞は、どこまでも私に纏わり付いてくる。
いつも騒々しい音で目が覚めて、霞から抜け出せない内に柘榴が落ちる音がする。音の元に行きたくとも、私は起き上がることが出来ない。
眠気で纏まらない思考の中で従兄の音を探す他、私に出来ることはない。従兄の無事を確かめられない事は歯がゆい。
私を微睡みに縛っているのは甘い水だった。
従兄は薬を飲ませてくれる時に水を甘くしてくれる。甘味が強くなったのは十六の時からだ。従兄は溶かす飴を変えたのだと言っていたけれど、その頃から私は微睡みから抜け出せなくなった。
従兄が何を思ってそうしていたのか、本当は、私はなんとなく知っていた。それでも知らない振りをした。だから、構わないのだ。一緒に居られれば構わないのだ。
ごとりと柘榴の落ちた音がした。
私は目を覚まし、何度目だろうかといつものように考える。
一つ、二つ、三つ――。
すぐそこに迫る微睡みを前に、私は数を数える。両親が最初でその後は。
――十九、二十、二十一。
おぼろげな記憶を頼りに数え終えると、柘榴が弾けた音を聞いたのは二十一回目だと気が付いた。
奇しくもその日は私の二十一回目の生まれた日なのだと気が付いた。毎年、枕元に置かれている贈り物が私に日にちを教えてくれる。
首を少し動かして、従兄の音を探す。直ぐに見つけた従兄の音は、こちらに向かっているようだった。
そう経たぬうちに、す、と襖が開かれた。
従兄は笑い、終わったと口にした。私は従兄へと笑い返そうとして、けれども微睡みに足を取られ、ゆっくりと瞼が落ちていく気配を感じた。
手を伸ばす私に、従兄は手を取り、おめでとうと祝福を一つ落とした。安心した私は微睡みの底に落ちていく。
従兄はやはり、私が微睡めば嬉しそうに笑い、私の頬を撫でた。
微睡みの中の二十一回目 九十九 @chimaira
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