小休憩

赤城ハル

第1話

 打ち合わせ部屋に入るとマネージャーと面識のない若い女性社員がいた。

 私が部屋に入ると二人は立ち上がり、

「おはようございます」

 と先にマネージャーが挨拶して、続くようにか細い声で若い女性社員が挨拶した。

「おはよ」

 と私は言ってサングラスとマスクを外し、席に着いた。

 女性社員がお茶と菓子を私の前に置く。

 マネージャーは腕時計を見て、

「それじゃあ、少し早いですが打ち合わせを始めましょうか」

「新山Pきてないよ」

 Pとはプロデューサーのこと。新山Pとはデビュー時からの付き合い。

「いえ、Pはちょっと所用ができまして、それで今回は私達だけで話を進めるということになったのですよ。はい」

 かなり胡散臭かった。

 用が出来たなら私に連絡を寄越すはず。

 私は女性社員を一瞥して、マネージャーに聞く。

「新人マネージャーの引き継ぎじゃないよね?」

「あ、それもあります。……が、まずは次の曲についてですが……」

 つまりこの子が次の新しいマネージャーか。にしては頼りないわね。もしかしたら新入社員?

「今回は……そのう……タイアップはありません」

 マネージャーはおそるおそる言った。

「そう」

「21回連続ドラマ主題歌記録も止まってしまいました。……すみませんでした」

 マネージャーは勢いよく頭を下げた。隣の女性社員も合わせて頭を下げる。

「別にいいわ。CMとかもないわけ?」

「……はい」

「そういうことPから直接聞きたかったわ」

「すみません」

「長年の付き合いだというのに」

 もう用がないからか。

 それとも、もう私には付き合ってられないからか。

 私は背もたれに体重を預けて息を吐いた。

「それで次のマネージャーの件なのですが」

「それもあったわね」

 私は若い女性社員を目を向ける。

 別に睨んだわけではないのだが、女性社員は変に萎縮した。

「ほら、自己紹介」

 マネージャーが肘で隣の女性社員を突く。

「は、はい。え、えっと、わたくし、緑山繭と言います。この度、島崎リリカ様のマネージャーを務め上げることになりました。ま、まだ、右も左も分からぬ若輩者ですが何卒宜しくお願い致します」

 挨拶は緊張していて早口だった。

「ええ。宜しく」

 私はどうでもいいように端的に返す。

「では打ち合わせを始めます」

 マネージャーがプリントを私に差し出して打ち合わせを始める。


  ◇ ◇ ◇


 前マネージャーがいなくなり、新しいマネージャーと二人っきりになった。

 というよりも前マネージャーはここから離れたくてしょうがなかった感じだった。

 新しいマネージャーも前マネージャーの離席の際、驚いた顔をしていた。

「最後にもう一つ、仕事が一つ決まりまして」

「何?」

「えっと8月13日にザ・ミュージック・トレインの出演が決まりました」

「なんでよ?」

 と、つい声に出してしまった。新しいマネージャーはびっくりして、

「え? ……あ、あの」

「気にしないで。決まったのね」

 Pも離れてタイアップなしでドラマ主題歌記録が止まった私に何の価値があるのかと思うが。よく考えればまさになのだろう。

 今ではテレビを見る若者は少ない。若い子は無料動画で曲を聞くのだ。

 そしてアーティストも今では出演時の視聴率よりも無料動画のPV数を気にする時代だ。

 若者だけなくアーティストのテレビ離れも深刻化されている。今ではオタク、女性向け、韓流等のアイドルグループと平成の四十代アーティストぐらいしか出演していない。

 そのせいか日本の音楽番組は衰退して、もう三本しか残っていない。

 そして私のザ・ミュージック・トレイン出演も人数集めというところだろう。

「分かった。8月13日ね」

 私は手帳に書き記す。

「可愛い手帳ですね」

「そうかしら?」

 私は手帳を鞄に入れて、席を立とうした時、

「あのう、聞きたいことがあるのですが?」

「何?」

「不躾なのですが?」

「だから何? 言いなさい」

 新しいマネージャーは少し間を置き、

「主題歌記録が止まった時、あまりショックではなかったように思えたのですが。どうしてですか?」

「ショックというより安心かしら」

「安心」

 新しいマネージャーは噛み締めるようにオウム返しをする。

「そうよ。正直こっちはめんどくさかったのよ」

「どうして?」

「初めは素直に嬉しかった。でも次第に、何でもかんでもドラマ主題歌にしようと躍起になってて、『私はドラマ主題歌のために歌ってるんじゃないのよ』ってそう思えてきてね。だから、タイアップが何もないって聞かされた時は『解放されたー』って感じたの。それだけよ」

「でも私、悔しいです」

 新しいマネージャーは声を上げた。

 今までと違い、強く感情的な。

「島リリにはもっともっと頑張って欲しかったです」

 島リリ。それは私の愛称。

 でも今ではその愛称を使う人は少ない。

 久々に聞いた。

「あなた私のファン?」

「はい! 大ファンです!」

「……そう」

 かわいそうにという言葉は飲み込んだ。

「それじゃあね」

 私は今度こそ鞄を持って部屋を出る。

 そして部屋を出て私は溜め息を吐く。

 私はオワコン。

 終わったコンテンツ。

 なのに最後のマネージャーにファンをあてがうなんて、Pも前マネージャーもどんな神経をしているのかしら。

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小休憩 赤城ハル @akagi-haru

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