あれ?まだ来ない お待ちしておりますよ?
アイク視点
ローズやマリアの予測だと、攻めてくるとしたらそれほどかからないって話だったけど静かなもんだ。表面上はって話なのかもしれんけど。アイルグリスに乗り入れている船乗りの話だと、一度大量の戦船が集結していたって情報は入ってきているんだけどな。2週間で艦隊を解散させちまったって話が流れ込んできている。
ローズが懸念していた、俺の戦闘力を正しく奴らが理解したって奴だな。ランシスの王家の方も動き始めたみたいで、このあたりの海域は普段よりも船が集まってきているし、陸の方も緊張感が出始めている。
ローズやマリアの話だとこっちの侍女か御者に入り込んでいた、ランシス王家のつなぎ役が何度か王家のものと連絡を取っていたって話は聞いている。まぁ、そういうのが入り込んでいるのは解っていたし、今じゃ彼方には義理立てしているだけで、本心でこちらを裏切る気はないと言質は取ってあるって話だけど、その辺の人の心の機微は理解できん。
兎に角来ない。暇で仕方がない。船は直ったけど警戒が解かれるまで近海の警備に回されてしまったから、海賊やアイルグリス軍船を求めて海を彷徨うこともできない。
英雄、か。この前の海戦で勝利の雄叫びを皆で揚げていたら、何かもう十分になっちまったんだよな。後はボチボチ戦争に首を突っ込んで戦っていられりゃ目的も果たせるし。態々英雄に成る必要も、ないよな。
このまま商船の船長にでもなって、船で商売でもしてさ。海賊を釣って暮らすのも悪くはない。そうなるとメインの商材は海賊船って事になるのかもしれないけど。
ハーレムは叶ったんでしょ、か。ヘタレだからなぁ俺。よう手は出せんわ。正直ムラムラっとも来ないんだよね。好きだって気持ちは多分ある。清歴が長すぎたかなぁ。ただ皆と酒盛りしている時が幸せでそれだけでいいって感じもしてしまっている。
ま、今は近海の警備とは言え一度船に乗っちまえば2週間は陸には戻れんし。そんなことをしている暇はないんだけどな。
「船長、前方の商船から救難の信号旗があがってます。」
「久しぶりに海賊でも出たかな。船をそっちに向けてくれ。」
ルーフェスの海軍は近海の警備に限り、俺達の船は単艦行動を許してくれた。というより、今は警戒中で一隻でも多くの船を展開させたいらしく、一隻で6隻を沈めた俺達は一隻でも過剰戦力と認定されたみたいだ。
あぁ、暇だ。
マリア視点
ローズのもしかしたら攻めてこないかもねって話が現実になった。ダニエルさんの話だと、最初の内はアイルグリスの軍港ウェイグルスにかなりの規模の船が集結していたみたいだけど、そのまま何もしないで各地に散って行ってしまったって話みたい。
船乗りたちの話だといざまさに出航という頃合いに、一隻の無傷の軍船がウェイグルスに入港して艦隊が止まったみたい。それから何日も偉い人達で会議して、ルーフェス攻めが無くなったって噂が流れている。
アイクさんの言っていた逃した一隻だよね、これ。その情報を手に入れてからローズは両手を頭の後ろに組んで天井を見上げながら少し考え事をしていたわ。
あちらさんの腹が決まったっていうなら、そう簡単に手は出してこない。私達の基本戦略が足踏みのルートに入ってしまったって事になる。今の所アイルグリスの交易品でこちらから目の敵にしているのが香辛料、主に胡椒ね。後は羊毛、羊皮紙、布製品。
ただ、特産品というだけで、それ以外にも彼らは輸出しているし、輸入もしている。やるならそれ以外の輸出品にも圧力をかけるべきか。それをやった時に他の国にどれほど悪影響が出るかを考えているのかな。鉄と同じようにこちらから売って、同量以上を買い込むなんて意味不明な商売をすれば、国内の相場に影響は与えないとは思おうけど、本来の商取引から考えれば不自然だしねぇ。
私としては現状維持でじわりじわりと首を絞めていく一手だと思うけどね。
「香辛料の流通量を増やしましょうか。」
「相場を下げるの?」
「今でも下がっているけど、需要はさらに上がってきているし、内陸の方にも品物が動き始めてかえって品不足になっている所もあるみたいなのよ。
そういう所に値を下げた質の悪いアイルグリスの香辛料が流れている。」
微々たるものかもしれないけどね。そうローズは呟いた。
「これで相手が殴り掛かってくるとは考えてないけどさ、アイルグリスは置いておいても、今まで量や値段の関係で商品がまわってこなかった地域にも物がまわるなら、商売としてはおかしくないお話だし、需要が増えるんだから相場も多少下がる程度で収まると思う。」
「商売が目的になっていない?」
「そういう側面もあるけどさ。此方は焦る必要は無いし、釣り上げる敵はアイルグリスに限らなくても良い。隣に陸続きの怖い国もあるからね。
アイルグリスが交易だけに依存している国ではないのはわかっているから、そこを絞めてもしばらくは元気でしょうけど、色々と手を出してみましょうか。」
「2正面を戦える余裕はあるのかしら。」
「最悪はアイクと私達って事になるけどね。戦闘メイド、使えそうなんでしょう?」
「最初から彼女たちだけで良かったんじゃないかなって、思えるくらいには使えるわね。」
「それなら問題ないし。エンデリングの鉄の購入量は異常だし、あちら側の情報も集めておいた方が良いわね。最悪陸は私達、海はアイクって事になるけど。
アイルグリスは虐めるだけ虐めてあげましょう。そのうち経済植民地にしてしまうという手もあるわ。」
「特産品の乗っ取りでそこまでできるとは思えないけどね。」
「国の心を折るのも、人の心を折るのも似たようなものだと思わない?」
出来るなら、ね。あぁ、あんた根が悪役令嬢だわ。本当にいい表情で笑っているローズを見て私も似たような笑顔を浮かべていた。
「出来なくても、虐め倒すのは面白いって?」
私のそんな言葉を一切否定しないでお昼休憩を終えて午後の業務に向かうローズ。私もダニエルさんと午後に約束があるからのんびりはしていられなかった。
ギンガー視点 ウェイグルス出撃前
本来なら俺なんざ参加資格のないお偉方の会議に上司のジャックと共に乗り込んだ。招集されたお偉方や各艦隊の提督は急に召集を掛けられて、出撃を命令され、いざルーフェスへと気持ちを切り替えたとたん、出撃中止の上指揮官の上陸命令で更には即会議だ。
何が何だかわかっちゃいないだろう。だが俺ん所に駆け込んだ、エイリークと遭遇した生き残り。そう、あれは間違いなくエイリークだ。その生き残りの話を聞いたら、もう駄目だった。
取るものもとりあえずジャックのオフィスに駆け込んでつい叫んじまった。「出撃は中止だ、悪魔だ、奴は本物のエイリークだ、間違いねぇ。」ジャックの目の前に生き残りの船長と兵長連れてきて状況を説明させた。
直ぐに各艦隊の提督とお偉いさんを集めた会議になった。
俺も聞くのは2度目だがまだ信じらんねぇ。まるで空を飛ぶかのように船から船へ飛び乗って一撃で船を沈める。海兵が満載の船に飛び乗って、兵どもをゴミ屑の様に棍棒で吹き飛ばしきり飛ばし、「棍棒」で牽引していたロープを切る。
船のマストも棍棒の一撃で折れるのではなく切り倒されて航行不能になる。
流石にあの時の様に海の上を走りはしなかったが、十分だ。奴は間違いなくエイリークだ。あの野郎、マジで悪魔か。話によると外見は若者のように見えたって話じゃねぇか。あれからいったい何年経っている。
あれがいる以上、奴を封鎖して海戦で勝つなんざ不可能だ。陸を抑えても長くは持たねぇ。エイリークが本物なら、逃げ場をなくした陸軍がことごとく食われる。生き残りなんざ出てこねぇ。
俺だけじゃねぇ。当時奴に出くわして、漂流する羽目になった奴ら、一度陸に上がった後2度と海に出られなくなったお偉いさんも、このウェイグルスには何人かいるんだ。
そいつらも生き残りの話を聞いて、顔を青ざめてやがる。そんな奴らに育てられた提督や船長たちもエイリークの伝説はおとぎ話じゃ無い事くらい、分かっている。あの野郎、彼方此方にその痕跡を残していやがるからな。
やらかす時の規模がでけぇから、方々で恨みを買っていやがるし。商人達からは動く宝島とまでいわれて狙われてやがる。
駄目だ、やらかせば必ず負けるのがわかっていて船は出せんし軍も出せん。希望が無いわけじゃない。奴は一所に留まる事をしねぇ。大体長くても1~2年もしたら周りとトラブルを起こしてどっかに行っちまう。
こうなると香辛料だってその他の交易品だって奴の仕業にしか思えねぇ。
なに、少しの辛抱だ。数年亀が頭を引っ込めるように辛抱してりゃ、奴はルーフェスから消える。そうすりゃ異常な交易品の流れも元に戻るだろう。
それなりに打撃は食らうが、先が見えてりゃ耐えられないわけじゃねぇ。国のえらいさんにはその辺を含めてもらうしかねぇな。
そんな感じで前線の指揮官級の会議はしまいになった。
後はお偉いさんへの報告と説明か。多分ジャックだけじゃなくて俺も連れていかれるな。当時の生き残りの一人として。気がおめぇが仕方あるめぇ。
自分のオフィスに戻った後、溜息一つついて酒を飲み干した。
俺と悪役令嬢 ~英雄とハーレムを夢見た愚か者がたどった軌跡~ たらこ @fant
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