一戦終えて 02

アイク視点


 「ハーレムの願いは叶っちゃったんだし。……叶っているわよね?」



 そう言ったマリアの目が少し怖かったから素直にうなずいておいた。ふと、以前の俺ならどう対応していたのかなと思ったけど、多分理由は違えど素直にうなずいただろうな。


 こういう時の女性には逆らわない方がいいという教訓は変わる事の無い真理だしな。我ながら情けないけど。



 「基本的には以前に言った通り、商取引を基本に国際社会に混乱を起こして、相手に手を出させる。それを返り討ちにして救国の英雄の立場を確保するってプランは変更無しね。


 問題はアイクの心配している通り、アイルグリスがアイクの戦闘力を理解して手を出すのをためらった場合。


 盤面は確かに膠着するでしょうけど、それは表面上よ。戦争ってドンパチやるだけが戦争じゃないから。既に経済侵略は始まっているんだし、アイルグリスの首はグイグイ締まってきているわ。


 いずれ軍事的な行動に出るか、そのまま萎んでいくかの二者択一を迫られる事になる、と思う。


 経済的にランシスに取り込まれることを選択できないのなら、取れる手段は限られてくるって事ね。」



 「まぁ、国際政治、国同士の力関係に関しては私達は素人だからね。あいつらが現在の市場の状況に対応して生き抜く手段を見つける可能性も無くは無いし。そこまで辛抱強いかは兎も角。


 ただ、あちら側にとってみれば勝とうと思えば勝てる戦争だもの。緒戦に限って言えば、だけどね。」



 言われて少し不安になる。確かに6隻対1隻で一隻逃してしまっているし、こちらも相応に被害を受けた。手段を択ばなければ兎も角、両国入り乱れての総力戦となればどれだけ船を沈めれば勝てるのか。



 「海の上に限ってだけどアイクを無力化しようとすれば、それほど難しくないわよね。少なくとも少しだけ常識から外れたアイクならば、って事だけど。


 自重を忘れたアイクが相手なら、相手の戦力がどうとかいう話じゃなくなってくるから、そこは置いておきましょう。」



 「まぁ、アイクさんの乗っている船に近づかない。遠距離からバリスタを打ち込みまくる。近づいてきたら火矢を浴びせる。大軍で攻めてきて、何隻かをアイクの船に充てればアイクを一定時間無効化できるわよね。


 その間に本隊を叩けばいい、って所かしら。


 相手が乾坤一擲、周辺の船を集めてルーフェスに戦力を集中すれば、短時間でルーフェスの防衛艦隊は敗北して、敵に上陸を許す事になるでしょうね。」



 マリアが不吉な予想を告げてくる。だが現段階でそれが解っていれば対応も容易なはず。此方も全戦力をルーフェスに集結すればいいのだ。と思ったのだけどローズの話は違った。



 「そ、あいつらを上陸させてこのルーフェスをランシス王国攻撃の橋頭保にさせるのが第一の目的ね。


 攻勢に対抗するなら手がないわけじゃないけど、私たちの立場じゃちょっと難しいかな。


 相手が動くとしたら、それほど先の話じゃないと思う。今から対応するならまだ十分に間に合うわね。


 ただ現実問題として、ランシス側の戦力を集結させようとしても私達にそんな権限も無いし、私達は王国と明確に敵対しているわけじゃないけど彼らから好意を持たれているわけでもないわ。忠告しても聞いてくれるかどうか。


 ま、無理ね。」



 「奴らが攻めてくる時期にもよるけど、早ければアイクさんの船の修理が終わる前に来ちゃうだろうし、状況によったら別の船に乗って海戦に参加することになると思う。


 相手もアイクさんがどの船にいるのかはわからないだろうけど、どうせすぐにばれるわよね。船の沈み方で。


 バレないように手加減するなら、敵船の殲滅速度は極端に落ちるだろうし、どのみち戦力差で押し切られるわね。


 ……正直、アイクさんの友達も今回とは比較にならない位命を落とすかもしれないから、出来ればアイクさんだけ参戦して、お友達は陸上勤務をしてもらった方がいいとは思うけど。」



 「それは彼らに対しての侮辱になるな。」



 「まぁ、そうよね。アイクからそんな事言えないだろうし。でも、アイルグリスに徹底的に対応されれば、流石に自重したアイクなら乗船を沈められるだろうし、海戦も負けると思う。


 それが私達の既定路線だとしても、お友達を巻き込むのは私達の本意じゃないわ。」



 そうは言うが、我が戦友は紛れもなく死を恐れぬ勇者ぞろい。俺が言って船から降ろすのはおそらく無意味だろう。きっと侮辱されたと感じ、別の船に密航してでも戦いに赴くことになる。



 「そこをどうやって被害を抑えるかはいくつかプランがあるし、何せルーフェス近海もしくは港の目と鼻の先でやり合う事になるでしょうから、船が沈んだとしても生き残る目は多いわよ。


 だからまぁ、そこは一度置いておきましょう。」



 ローズの指摘にとりあえず頷いてその件は後回しにする。


 ふと会話に参加していないエリスに目をやると、先程作り出した4人の戦闘用アンドロイドをチラ見しながら考え事をしているようだ。俺も何も考えないで現実逃避したくなるな。


 「海戦で負けてルーフェスに上陸されてからが救国の英雄、アイクの出番になるわけね。一応身も蓋もなく一気に敵地上戦力を一掃してしまったら、ここまで回りくどい事をしてきた意味がないから、大体の流れをもう一度おさらいするわよ。」



 「何度も言うけど素人の私達の思惑通りに進むとは考えていないから、実際には色々と手順が変わったりすると思う。


 だけどこの作戦の前提条件として、その気になればアイクさん一人でも敵を殲滅して勝てるという事と、どういう流れになっても私達の身の安全と財産が保全できるという事が前提になっているわ。第一私達の意思に関係なく、危険だと判断されたら自動的に飛空艇に転送されるんだから、これ以上の保証はないわよね。


 ま、だからアイクさんが考える最悪の状況、私達の中核人物に被害が出るという事態にはならないことを先に確認しておくわね。


 それにしても、いつでも勝とうとすれば勝てるって狡いわよね。


 ……大丈夫かしら?」



 「あぁ、大丈夫だ。」



 俺の返答を受けて二人は安心したように話を続ける。何度か打ち合わせした時に話した俺にとっての最悪をちゃんと考慮に入れてくれている以上俺から何かを言う事は無い。



 「といっても難しい事は無いのよ。事態を細かくコントロールするわけでもないし、いつでもこちらの望んだ時にデウスエクスマキナを発動して物語を終わらせる事が出来るって事の再確認と、何処まで事態が進むのを指をくわえてみているかってだけの話だから。」



 デウスエクスマキナってのは機械仕掛けの神様で昔々のギリシャ辺りの演劇で自由にやり過ぎて埒が明かなくなった時に出てきて全てをご破算にするって存在だったよな。この場合は多分、こちらの都合のいいときに俺が出て行って戦争を終わらせるって意味だと思うけど、やり過ぎはご法度だって言っていたような気がするんだけどな。



 「まぁデウスエクスマキナってのは言い過ぎだけどね。今の状態なら少しくらい無茶しても仲間から拒絶されるようにはならないだろうし、やっぱり味方との信頼関係っていうのは重要よね。


 それとも慣れかしら?」


 ローズが可愛く小首を傾げながら俺の顔を覗き込む。ただ、慣れという言葉には説得力があったから思わずうなずき返してしまう。


 本来、何度も連発できない奥義とかいってごまかしていた闘気の斬撃放出やその他の通常ではあり得ない現象に戦友たちは最初の内はおっかなびっくり腫れ物に触れるような反応を見せていたが、次第に慣れ始め、今ではある程度連発してもノータイムで歓声が返ってくるような状況になってしまっている。


 慣れるという事はすごい事だな。



 「それは兎も角、アイルグリスがルーフェスを占領して一番にやりたいことは、香辛料の流通を止めるもしくは出所の確認と確保よね。


 此方の情報はある程度は掴んでいるでしょうから彼方様の戦略目的は私達の屋敷及びその主一党もしくは従業員の身柄の確保。


 何時までもルーフェスを占領確保していられるとは彼方様も考えていないはず。だから香辛料がルーフェスで生産されていた場合は、栽培方法と技術を持つ人員の奪取。その後、現地の農場を焼き払ってから速やかな撤収と言ったところかしら。


 まぁ、高い確率で私とマリアとエリスは丁重にお持ち帰りされるでしょうね。」



 「当然それを許容するつもりは無いぞ。」



 「そこは当り前よね。その辺は何とでもなるから今は置いておくわ。


 あちらの出方にもよるけど、ルーフェス辺りで満足されて撤退されるのも正直、物足りない。

 

 アイルグリスに与える打撃も少ないしランシスに売る恩もさほど大きくない。ルーフェスに何万の敵が上陸してきても緒戦は兎も角、いつまでも海を抑えてはいられない、わよね?

 

 ランシスの海軍も集結して再度決戦を挑むでしょうし、そうなれば無理をして彼方此方から舟を集めてきたであろうアイルグリスは相応の被害を受ける。


 勝敗はどうあれ余程無傷での快勝でもない限り当然海上輸送力は減少するし、現地調達にはルーフェスだけでは限界がある。その内にいくら対応力が激減している現ランシス王家でも流石に迎撃するでしょうね。王家が動かなくても公爵家が動く。


 海上封鎖が出来れば陸に上がった魚が動かなくなるところを待ってから叩くという戦略を取るかもね。相手もその位は解っているでしょうから、手早く目的を果たそうとするでしょう?


 でも、その目的がルーフェスに無かったら?」


 何度か話し合った大筋にローズが肉付けをして俺にわかりやすく説明しながら確認していく。大体話の内容はわかっていたけど、その筋で行くのならルーフェスの住民は酷い事になりそうだな。そんなことを頭に浮かべながらローズの話に集中する。


 「実際にルーフェスに香辛料流通の証拠なり根拠なりがあるわけじゃないから、私達が屋敷を引き払ってしまうかどうにかしてしまえば奴らがルーフェスを根っこから穿り返しても香辛料に関する情報は出てこない。

 

 その時、例えば屋敷の隠し部屋あたりから取引に関する書類の束が出てきたりするのよ。その書類には香辛料の種類と産地、納入量、販売量とかが記入されていて、その生産地がわざとらしく略語で書かれていたりね。


 ……そうね、あんまりルーフェスから遠いと諦めちゃうかもしれないわよね。でもルーフェスから5日の距離位だったら、多少の無理はしても軍を動かしたりしないかしら。」



 そういうローズは悪戯好きの小悪魔を感じさせる笑顔を浮かべていた。

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