一戦終えて 01

エリス視点


 目の前で身体の調子を確認するように両腕を遠慮がちに振り回したり、軽く部屋の中をパタパタと走り回る、生理年齢16歳前後の少女たち4人を横目に見ながらローズ達の声に耳を傾ける。


 ついさっきまでは土塊や水、食用の肉と何かの動物の骨の山だった彼女たちは、今では外見上立派なホモサピエンスにしか見えない。既に必要とされる最低限の知識はインストールされているらしく、先程から作り出されたまま、全裸のままで私達の個体区別を行ったり身体機能の確認をしたりして過ごしている。


 彼女たち4人は、来るべき日に備えた決戦兵器、と言いたくは無いけど、そんなポジションの娘達だ。全力戦闘をしても私達の様に大惨事をまき散らさないよう、最初からある程度調整がなされている。


 アンドロイドと言って良いのかホムンクルスの系統なのかちょっと分からないけど、高度な術とそれらをサポートする高性能な魔道具や機械装置によって製造された戦うメイド達。最初はマリアの希望で戦う執事も製造される予定だったのだけど、普段女性たちしか居ない屋敷の中で男性が一人だけいるのは、変な誤解を呼ばないかとの他の侍女達の意見を受けて、この4人の内誰かが執事役をすることになったわ。




 少し残念かもしれない。マリアもガッカリしていた。美少年の執事が指先から鋼線を繰り出して敵をバッタバッタと切り裂く。うん、グロイのは苦手だけどちょっとだけ見てみたかったというマリアの気持ちも理解できる。



 その内旦那様が偽装を解くときが来たなら、その時に旦那様にやってもらえるように、おねだりしてみるのもいいかもしれないわね。


 あらやだ、旦那様だなんて。思わず頬が笑みが漏れた。



 侍女達が慌てて用意してきた衣服に、腕を通している少女4名。その娘達に事前に決めておいた名前で呼びかけている二人を尻目に、アイク様が製造機らしきものを機材をストレージに回収しながら話を再開する。



 「そんなわけで、船長は以前に一度俺と会った事があるらしい。海の上を走るとか何とか言っていたから、いつの事だったのかはわかるんだけどな。流石にガキの頃に一度会っただけの奴が60過ぎて出てきても判別つかんわ。」



 「いや、散々船沈めて歓声を受けたって話からそっちの話に飛ばれても混乱するわ。と言うかさ、船燃えていたんじゃないの?


 呑気に騒いでちゃ駄目でしょ。それにまだ半分近く敵も残っているじゃない。」



 アイク様は苦笑を一つ返してローズの疑問に答えていく。作り出したばかりの4人の少女の調整らしきものを魔術でやりながら。同時に彼の偽りの仮面も若干だけど光り、揺らぐ。多分だけど、何か別の術を使ったり動揺したりすると顔を覆っている幻術の制御が甘くなるのかな、と以前みんなと考察した事があるけど、どうもそれで当たりみたいね。



 「あぁ、船長が直ぐに正気に返ってな。消火しろって大声上げてそれでお開き。


 後は本隊を追いかけて、ボーディング掛け合って団子状態になっている船に突っ込んで順番に潰していって終わり。」



 「アイクさんが乗っていた船もかなりやられていたけど、他の船も酷かったわよね。被害もかなり出たって聞いたけどこっち側は一隻も沈んでいないから、勝ちは勝ちで間違いないわよね。」



 「最初にこちらを囲んできた奴は一隻、無傷で逃がしちまったからな。詳しい情報が奴らに漏れたと考えた方がいいだろうな。


 今まではルーフェスの街中に流れている程度の情報しか漏れていなかったろうけど、今度は遠目とは言えその目でバッチリ俺の所業をみられているわけだ。


 ローズ達が考えている今後の流れに影響が出ないかが心配だな。」



 アイク様の言葉にローズが苦笑を漏らしながら応じる。隣で話を聞いているマリアも苦笑しているけど、何かあったのかしら。



 「それは今更ね。確かに派手にやらないでって言ったけど。

 

 まぁ手加減しているつもりでしょうけど、彼方此方で破局的な破壊活動しているあたり今更心配しても遅いわよ。


 既に街中でもエイリークの生まれ変わりアイクは、たった一人で敵船に乗り込んで船を沈めてしまうって話が流れているし。


 今回はその噂に信憑性を与えたって所かしらね。」



 「基本、私達には沢山の時間があるから。英雄に成るのが目的を果たすための手段で、時間制限があるのなら兎も角、目標が英雄に成る、だからさ。焦らずゆっくり構えればいいのよ。2~3百年の間に達成できればいいやってね。


 ハーレムの願いは叶っちゃったんだし。……叶っているわよね?」



 マリアの確認に焦った顔をして頷いているアイク様。うん、仮の仮面の団子っ鼻の姿でも可愛い感じはするわね。安心感も。ドキドキするよりほっとするのよね。ブサ可愛いだったかしら。


 軽くアイク様を責めてその反応を見て喜んでいるマリアや私とは違って、ローズはアイク様が頷く姿を見て少し安心するように笑顔を浮かべている。


 正味、アイク様に恋愛関係としての愛情をもって接しているのは、私達の中ではローズだけじゃないかしら。マリアについてはよくわからないけど私はどちらかと言うと、お見合い結婚や条件が合ったからお付き合いしている、そんな感じだし、それは他の侍女や御者達も同じでしょう。



 この世界の常識的に、色や恋でお付き合いをして結婚するという事は悲しいほどに主流派ではない。身分や立場、つまり社会的地位に甲斐性、財産、財力。男達は自らの家庭を作り女子供を守り自分の家を続けていかなくてはならないし、その為には妻の実家の力や妻の能力も結婚の条件になる。


 とは言ってもやはり男は見た目や外見に囚われてしまう人が多いけど。


 でも女に生まれてくると事情が違う。生きていく事が難しく、簡単に凍え、飢え、あっさりと命を落とす事が当たり前のこの世界では、パートナーに選ぶ男性を間違えれば簡単に路頭に迷う事になる。


 女性一人で身を立て生きていく事が簡単にできる社会ではないのだから、女たちが男を選ぶ基準は外見や性格よりまず甲斐性、つまり財力や社会的立場と言ってもいいでしょうね。


 感覚的には旦那様のお傍に侍るという事は一流企業に就職するような感覚でしょうか。


 純粋な、この世界出身の侍女や御者達は、アイク様に恋愛的な感情が無かったとしても「いい嫁ぎ先に就職する事が出来た、これで安心して子供を産み育てる事が出来る。このチャンスを逃がしたくない」という気持ちが最初にあるでしょうね。


 もちろん、その気持ちが家族として子を産み育てていく内に恋や愛になってもおかしくないんでしょうけど。


 純粋なこの世界出身者、というのには少し疑問符がつく。仕えてくれている女の子たちのうち、何人か挙動がおかしい人がいて、気にしてはいるんだけど。


 初めて見た筈の缶ビールのプルタブを迷わずに開けて、ためらわず口を付けた娘とか、美容品の使い方を説明しなくても使いこなしている娘とか。あれはもしかして……。


 ま、二人も気が付いているし、問題はないでしょ。それはいったん脇に置いておきましょう。



 私はもう以前の人生で好きな人とは添い遂げたし。今更、他の誰を強く愛することは無いんじゃないかなと思う。少なくとも今の所はね。


 精神年齢的には100歳にそこそこ近いお祖母ちゃんだし。王家から人質同然に放り出されて、その原因は純粋な私自身じゃないにせよ私にある。身から出た錆なのよ。彼から提供される様々な物資は私の人生に彩を与えてくれるし、今更それを失うのは苦痛よね。


 下着一つとっても、もうこの世界の下着を身に着けたいとは思わないし。


 普通に子供を産んで育てて、その合間に少しだけアイク様に愛してもらえるなら、私はそれで充分かな。



 マリアはどうなんだろう?あんまりこういう事は話したことが無いから。


 マリアは以前の人生では女子高生で命を落としたと言っていたし、彼氏がいた事もないと言っていたわよね。彼女はアイク様のハーレムに入る事や彼の子を産むとも言ってはいたけど、彼を愛しているとは言った事は……あったかしら?


 結構割り切っているように見えるけど。


 普通なら恋に恋する年頃で人生を終えて、乙女ゲームの世界に転生して。で、王太子を落とすための恋愛ゲームをローズと繰り広げたんだから、前世の頃の感覚のまま、恋に恋していてもおかしくないわよね。

 

 もっともあれは恋愛ゲームと言うより、もっと複雑な駆け引きを伴う心理戦だったのかもしれない。その駆け引きに気を取られ過ぎて肝心の兄、攻略対象者の王太子がおざなりにされていたような気もするんだけど。


 その上、兄がアイク様にあっさりお星さまにされても、ローズもマリアも全然動揺していなかったけど……。兄上哀れね。



 はて、そういえば他の攻略者たちって今頃何をしているのかしら。一人はローズのストレージの中で蔵出しされる日を夢見ている筈だけど、後何人かいたわよね。


 まぁ、細かい事、つまらない事を考えるのは止めておきましょうか。今は兎に角、初めての大規模な海戦から無事帰還されたアイク様のお話に集中しなくては。



 えっと、何処まで話が進んだのかしら。



 ……後で私のコピーにこの部屋での会話ログを見せてもらったほうが良さそうね。いつの間にか話の内容が大戦争がどうのこうのって話になっちゃってるし。生まれたばかりの女の子たちは調整が終わったのか4人でイチャイチャしている。


 はぁ……尊いわね。

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