第3話 後編
レンジは、超々長刀と化した刀を思い切り振りかざすと、メテオスクエアごと巨大化しつづけるティラノサウルスを真っ二つに切り裂いた。
血飛沫と断末魔の悲鳴を上げ、建物を半壊させながら崩れ落ちていくティラノサウルスを見ながら、
「二階のゲームセンターに生存者は?」
大事なことを聞き忘れていたことに気づいた。
「残念ながら、君に連絡を入れたときにはすでに生存者はいなかったよ」
「そっか」
良かった、と言いかけて、何も良くはないことに気づいた。
神殺しに、一般市民を巻き込み、自分が人を殺さなかったことに安堵している自分に嫌気がさした。
人死にが出ていることにかわりはないのだ。
「そのバカみたいに長い刀は一度置いて、二階のゲームセンターに向かってくれ」
「バカみたいは余計だ。カッコいいの間違いだし」
「ティラノサウルスのせいか君のせいかはもうわからないけど、エレベーターもエスカレーターも壊れている。
だが南側の階段から二階にのぼれるはずだ」
「ジオラマの卵から孵化したって奴等がまだいるわけか」
「今はまだ小型だが、いずれ、というより間もなく、親のように巨大化するだろうアンサーが19体もね」
「ていうか、こいつら、レイヤードレベルいくつなんだよ? なんで向こうから来てくれちゃってるの?」
「レイヤードレベルは不明。
しかし、わざわざ向こうからレベルゼロに降りてきたのには何か理由があるはずだ」
「理由?」
レンジは階段を駆けあがりながら尋ねる。
店内では、「小型」とヨモツが表現した恐竜型のアンサーが、客と従業員の死体を食い散らかしていた。
確かに先ほどの超大型に比べたら小型ではあったが、すでに一般成人男性よりはるかに巨大化していた。
レンジは半壊した店内を全速力で駆けた。
自動防衛機能としてのカマイタチ現象が、小型を次々と細切れにしていった。
「あくまで憶測にすぎないけれど、そのアンサーたちは元々は肉体を持っていなかったのかもしれない」
「肉体を? どういうことだ?」
「魂、あるいは精神、それだけが、本来のレイヤードレベル? の世界に存在し、狩りをするためにはレベルゼロで肉体を用意しなければいけなかった、としか考えられない」
「迷惑極まりないな」
「まったくだ。こんな真夜中に。
おまけに、君が親を真っ二つにし、その子供の大半を細切れにしたというのに、まだ小型が数体生きている。
20体もアンサーが同時に同じ場所に出現した例は過去にない。
君が真っ二つや細切れにしたのは」
「あんまり真っ二つとか細切れとか言わないでくれない? なんか俺がやばい奴みたいに聞こえる」
「戦い方はかなりクレイジーだと思うけどね」
「で? 話の続きは?」
「人の話の腰を折っておきながら、ひどい言いぐさだ」
「悪かったよ」
「目標はもしかしたら、君の八十三式の名前と同じ意味合いの存在かもしれない」
秋月レンジの八十三式強化外骨格の名は、
「全一(ぜんいつ)?」
すべてはひとりのために、ひとりはすべてのために、そんな意味の名がつけられていた。
「つまりは、全部でひとりのアンサーってことか」
「あるいは、残る小型ティラノのどれかが本体で、あとはダミーか、だね。どちらにせよ……」
「小型ティラノを全部殲滅すればいいんだろ?」
「なあ、もう、朝になっちゃったよ」
戦いを終えたレンジは、ヒヒイロカネが元通りの形に修復をはじめたメテオスクエアの屋上でひとり朝日が登り始めるのを見ていた。
「比良坂さん? おーい」
骨伝導で耳から脳へ直接伝わる比良坂ヨモツの寝息を聞きながら、レンジはため息をつくしかなかった。
「こちら、秋月レンジ。研究班の人、聞こえるかな。
てか、チャンネル? 周波数? 電話番号? なんかよくわかんないけど、そういうの合ってる? 聞こえる?」
ヨモツの代わりに、彼の部下である研究班と呼ばれるチームに連絡をとることにした。
レンジは、客や従業員、それからアンサーの死体の回収を依頼すると、その場に崩れ落ちるように意識を失い、眠った。
彼が目を覚まし帰宅する十数時間後、のび太の顔面にめりこむジャイアンのパンチのような一撃をりさから食らうことを、彼はまだ知らないし、世界なんてものは知らなくていいことばかりだ。
知って後悔するか、知らずに後悔するか。
結局世界とは、そういうものだ。
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