第3話 前編
比良坂ヨモツからの通信で、秋月レンジは真夜中に飛び起きた。
以前は、真夜中の通信には、隣で眠るりさを起こさないように、慎重にベッドから降り、足音を立てずに部屋を出てから、通信に応答していた。
それでも、りさは起きてしまい、通信の途中でどこへ行くのかと泣き、駄々をこねるため、なだめて寝かせるのが大変だった。
アンサーは神出鬼没だ。
レンジやりさの都合などお構いなしに、真夜中だろうが朝方だろうが、市内に現れては大量殺戮を行う。
もはや神ではなくなったとはいえ、真夜中や朝方に餌=人間が街に少ないことくらいはわかるくらいの知能は持ち合わせているらしく、そういうことは滅多になかったが、それでも現れるおバカさんはいるし、頭のいい奴は全寮制の学校を狙う。
りさのために、作戦の遂行が遅れれば、それだけ死傷者が増える。
しかし、りさを泣かせたままほったらかしにするくらいなら、死傷者が増える方を選ぶ。
レンジはそういう男だった。
しかし、りさのために死傷者が増えることもまた、彼は良しとしてはおらず、だからというわけではないが、母親役が絶対に必要だった。
父親役は自分でもなんとかできる。もちろん兄であり続けるが。
レンジは父親とはあまり会話らしい会話をせず、背中だけを見て育った。父親とはそういうものなのだと思う。
甲斐千尋が来てから、レンジはひとりで寝るようになった。
内弁慶のりさが、千尋と仲良くなれるか心配だったが、思いの外すぐに仲良くなり、彼女の胸に抱かれるとすぐに眠りにつき、怖い夢を見て夜中に起きては泣くというようなこともなくなった。
甲斐千尋は、もうレンジとりさの家族だった。
話を戻そう。
レンジは、ヨモツの通信に答える。
「アンサーか? どこだ? レイヤードレベルは?」
「ミハシラ市内にメテオスクエアという建物がある。知っているか?」
「いや、よくわからない」
「二階建ての建物で、一階にディスカウントストアと100円ショップが入っているようだが」
「もしかして、二階がゲームセンター?」
「知ってるじゃないか」
「りさをたまにつれていくから」
「コヨミとデートをしたこともあるな?」
「え、ないよ?」
「今ちょうど二階のゲームセンターの事務所内にある監視カメラの映像を見ているんだが、君とコヨミが映っていた」
「犯罪!! ハッキングは犯罪!」
「りさちゃんはまだ出てこないな……」
「ごめんなさい、嘘つきました」
「それにしても、君は驚くほど、嘘とクレーンゲームが下手だな」
「悪かったな……」
「メダルゲームコーナーの奥に、ずっと、壊れたまま修理もされず放置された恐竜のゲームがあったろう?」
「確か、プリクラのそばだよな」
「コヨミと撮ったんだな」
「撮りました。すんません! で、それがどうかしたのか?」
「そいつは、大当たりすると恐竜の口から大量のメダルが払いだされるゲームのようなんだが、この店は二年近くメダル洗浄機が壊れていて、メダルが非常に汚い。
そのせいか恐竜がよく喉のあたりでメダル詰まりを起こし、その修理をするためにはかなり分解をしないといけないため、ずっと撤去もされないまま置物になっているようなんだが」
「いいよ、そんなゲームの話は。早く本題に入ってくれ」
「本題か。端的に言えば、その恐竜が客や従業員を襲っている」
「……はぁ?」
秋月レンジには、比良坂ヨモツの言葉の意味がよくわからなかった。
比良坂ヨモツによれば、午前0時の閉店の30分ほど前に、喉にメダルを詰まらせていた憐れな恐竜、全長1メートルほどのティラノサウルスが巨大化し人を襲い始めた、という。
まったく意味がわからなかったが、メダルゲームの機械仕掛けの恐竜が、どうやら本物の恐竜になった、ということらしい。
機械の中の、ジオラマ(?)の一部の卵からも、次々と恐竜が孵化しはじめているそうだ。
「それも、アンサーの仕業だっていうのか?」
「それ以外考えられないだろう」
この国には、八百万の神々が存在する。
八百万とは単に800万という数ではなく、無限大、インフィニティを指す。
この国では、人も死ねば神になり、物にも神が宿るという。
「今回は付喪神(つくもがみ)ってわけか……」
幸いなことに、午後8時閉店の一階のテナントの二店舗は、すでに従業員もおらず、死傷者は出ていないそうだった。
だが、二階のゲームセンターが、閉店時間はとっくに過ぎているにもかかわらず、とんでもないことになっているという。
「そういうわけだ。すぐに向かってくれ」
「今何時だと思ってるの?」
「二時半すぎだね」
「深夜手当て、ちゃんとくれるよね?」
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