第2話

 神々の歴史から、人の歴史に移り変わり、神々の存在について語られることが徐々に少なくなっていく。

 やがて、歴史教科書に記される時代には、神々が人の歴史に登場することはなくなった。


 その頃には、この国には神隠しと呼ばれる、人がある日突然いなくなる事例が発生するようになっていた。


 この国は、狂ってしまった神々の餌場となり、神隠しとは腹をすかした神が人を喰らうことを意味していた。


 神に人は見えるが、人には神は見えない。

 同じ場所に存在しながらも、存在する次元が違うからだ。

 世界は、まるで服を重ね着するように、複数の世界が重なりあい、その世界群には上位と下位が存在する。


 世界が重ね着していることに最初に気づいたのは、ヘイアン時代のオンミョウジ・アベノセイメイだとされている。

 以来、人は狂った神々と戦うためのすべを模索した。

 そして、1万年の時を経て、ようやく神殺しの力を手にした。


 比良坂ヨモツとそのバックに存在する評議会は、狂った神を「アンサー」と呼称していた。

 アンサーとは回答者。

 人を見限ったのか、最初から人を喰らうのが目的で、この島国や人を産み出したのかはわからないが、人を喰らうというのが神々が出した人への回答だという。


 人の世界はレイヤードレベルゼロであるとされ、レベル1以上の世界を上位レイヤードとし、神々の存在する世界としていた。

 上位レイヤード世界は、現在判明しているだけで、レベル1から108まで存在する。



 比良坂ヨモツは、秋月レンジがスクランブル交差点の件の報酬として望んだ妹のりさの母親役をすぐに用意した。


 和泉弥生。

 鮎川一花。

 甲斐千尋。


 三人とも、レンジとりさの実の母親によく似た女性だった。

 写真だけでわかることなどたかが知れているが、顔もそうだが、雰囲気が、特にそう感じた。


「すぐにでもお持ち帰りできる人がいいな」


 とレンジは答えた。


「今君は女性に対してものすごく失礼な発言をしたぞ」


 誰でもよかったのだから、しかたない。

 彼女たちがこれまでどんな人生を歩んできたか、そんなことには興味がなかったし、そんな記憶はすべて、りさの母親役を与えられた瞬間に書き換えられてしまうのだから。


「ただいま、りさ」


「レンジ、おかえり」


 りさは玄関先でレンジを出迎えると、彼の隣にいる女性を見て、途端に不機嫌になった。


「そのおんなのひとはだれ? もしかしてうわき? りさがいるのに」


「浮気って、お前は妹だろ」


「いもうとだからなに? もしかして、レンジ、コヨミとかいうおんなと、レンジがなかよくしてるの、りさがきづいてないとおもってる?」


「え、なんで知って……」


「やっぱり!」


 かまをかけられていただけだと気づいたときにはすでに遅く、


「ていうか、コヨミちゃんは、友達というか、知り合いの妹だからというか……」


 口を開けば開くほど、浮気がばれた男の言い訳のようにしかならない。


 実際のところ、レンジはコヨミと交際こそしていないものの、それなりの頻度で会い、食事をし、デートをし、そして、性的な関係があった。


 例のコンタクトレンズ型の通信機は、あくまで対アンサー用のヨモツとの通信手段であり、コヨミやりさと連絡をとるためのスマホをレンジは別に所持していた。

 指紋認証によるスマホ自体のロックに加えて、無料通話アプリにも暗証番号によるロックをかけていたから安心しきっていたが、りさならば寝ているレンジの手をとり、スマホ自体のロックを解除が可能だと気づいた。アプリの暗証番号もりさの誕生日だった。


 かまをかけられていたということは、りさはまだアプリまでは見ていないのだろうが、暗証番号は変えておいたほうがよさそうだ。


「ふーん、で、そのひとは?」


「甲斐千尋さんていうんだ」


「はじめまして、りさちゃん」


「……はじめまして」


「警察庁のお偉いさんの親戚らしいんだけど、しばらくうちで面倒を見ることになったんだ」


 レンジは比良坂ヨモツから説明された通りに、りさに説明した。


 やけに凝った設定だと思ったが、記憶を書き換えて彼女をりさの母親にしたてあげたところで、りさの記憶を書き換えなければ母娘関係は成立しない。

 レンジも含めて三人が一つ屋根の下で暮らし、徐々に家族になるしかない。

 レンジにはそこまでしか理解できなかったが、凝った設定がおそらくリアリティーを作るのだろう。


「ふぅん。りさとレンジのじゃまさえしなかったら、べつにいいよ」


「よろしくね、りさちゃん。でも、何の邪魔なのかな?」


 甲斐千尋の問いに、


「あい」


 と、りさは答えた。


「りさちゃんは、お兄ちゃんが、大好きなんだね」


「だいすきじゃない、あいしてる。りさはレンジのこどもがほしい」


 りさの言葉に、レンジは苦笑するしかなかった。


 りさは5歳のとき、レンジは14歳のとき、一家殺害事件として処理された神隠しから生還し、それ以来不死ではないが不老の体を手に入れていた。

 不老とは、成長をしない、ということだ。


 生還から9年たったが、ふたりは5歳と14歳のままだった。

 5歳と14歳のまま、精神年齢だけが9歳年を重ね……お互いにあまり変わっていないことに気づき、レンジはまた苦笑した。


「なんでわらう、レンジ」


 特にりさは本来なら中学二年だが、中学校どころか小学校にも通っていなかったから尚更だった。


「なかよくやれそう、かな?」


 レンジの問いに、甲斐千尋は優しく頬笑んだ。

 理由はわからないが、レンジは安心した。

 きっと大丈夫。

 家族になれる。

 そんな気がした。


 そして、それは決して間違いではなかったと、後にレンジは知ることになる。

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