21回目のチキンレース

緋糸 椎

🐔

「よくもこんなでたらめが書けるものだと呆れます。嘘と捏造の羅列としか言いようがない」

 〝黒船〟からのアンチコメント、これで通算20回目だ。最近買い替えたばかりのパソコンの画面を、俺は苦虫を噛み潰したような顔で睨む。


 俺の名前は長島信彦ながしまのぶひこ。一応、そこそこ名の知れた経営コンサルタントだ。


 脱サラ後、数々のスタートアップを経験し、そのノウハウを活かして今の仕事を始めたところ、これが大当たり。最近じゃ、名前の前に「今をときめく」なんて冠詞までつく。

 あちこちから講演に招かれ、雑誌の取材も受けた。書籍化の話も出たが、俺はとりあえず〝ソート〟に記事を連載することにした。

 ソートとは、ブログとSNSを合わせたようかWEB媒体で、特徴の一つは記事が有料化出来ることだ。だから有名人たちがこぞって有料記事をソートに連載している。俺もその流れに乗って、一記事100円で連載している。さらに記事中に引用した本のアフィリエイトリンクなど貼れば、そこそこ稼げる。

 そんなこんなで、ソートで書き出してから俺にはあっという間に多数のフォロワーが付き、今じゃレッキとした収入源の一つとなっている。

 ところが……

 ある日、いつものように記事をアップすると、早速コメントがついた。〝黒船〟というフォロワーからだ。

「文中で『経営者に必要なのは理念ではなく、日毎やるべきことをやる継続性』という誰かの言葉を引用していましたが、これはいつ、誰が言った言葉ですか?」

 俺は記事を見直した。思い出した。それは〝電波の開眼Tube〟というYouTubeチャンネルのライブ配信だった。このチャンネルでは東洋電波というお笑い芸人が教養を披露し人気を高めているが、件の引用文は、細川佑たいう経済学者との生対談であった。

 ライブ配信だったのでリンクは貼れないが、一応俺は返信として、その番組の放送日を書いておいた。ところが……。

「私も開眼チューブは欠かさず見ておりますが、そのような発言は記憶にありません」

 はあ!? 俺が見たから見たって書いてんだろ。頭悪いのか、コイツ。さらに黒船は続ける。「そして細川佑氏の発言とのことですが、私の知る限り細川氏の思想と矛盾します。長島さんは、彼の発言を何か勘違いしているのではないでしょうか?」

 なんだコイツ。失礼にもほどがある。だが、アンチコメントに対しムキになった反論するのはやってはいけないこと最上位だ。俺はそれ以上議論することの無意味さを感じ、黒船のコメントは無視することにした。


 それからしばらく黒船は鳴りを潜めていたが、その翌週の記事に黒船はまたアンチコメントをして来た。

「『マックスウェーバーの影響が戦後日本の合理化を進めた』というあなたの主張には無理があります。そもそもマックスウェーバーの理解は……云々」

 またか。まともに取り合うと面倒なので、俺は適当なコメント返しでケリをつける。それからも、度々黒船はアンチコメントを送ってきた。

「その表現は不謹慎であり、不快です。訂正しなければ、運営に報告します」

「うだつの上がらぬ無気力者に一攫千金を夢見させ、ドラゴン桜を気取ってるのかもしれませんが……」

 俺は別に無気力者に訴えてはいないし、ドラゴン桜を気取ってもいない。

 ユーチューバーにしても、ソートクリエイターにしても、人気が出ればアンチはついて来る。それは重々承知だ。それでもやはり、気分はよくない。精神的に参る。凹む。しかも毎回くるわけではなく、不定期に、ふいにアンチコメントをつけてくるのだ。近頃指殺人なんて言葉もあるが、今の俺にはよくわかる。

 そのような中、この俺の状況にシンパシーを感じてくれたのか、好意的なフォロワーの一人が、黒船のコメントへの反撃を試みた。気持ちは嬉しい。だが、読んでみると論理的にスキだらけだ。これでは返り討ちで致命傷を喰らうだろう。結果は……言うまでもない。


「書き込みした奴を特定しろ?」

 肝川宅也きもかわたくや、通称〝キモタク〟は大学からの友人で、今は何でも屋をやっている。これまでも色々なトラブルの解決に奔走して貰っていた。

「ああ、しつこいアンチがいてな。通報してもいいんだが、直接会ってガツンと言ってやりたい。どうせああいう輩は、面と向かっては強く出れない弱虫だろうからな」

「まあいいけど、いっそのこと、ソートやめたらどうだい」

「バカいうな、これはどっちが先に引くかのチキンレースだ。コソコソ匿名で悪口を言う奴に負けられるか」

「相変わらず負けず嫌いだよなあ、長島は」

「それに今、息子のお受験で何かとでな。ソートの収入を教材費に充ててるんだよ。けっこうバカにならないぞ、あれ」

「そうか……和馬君(俺の息子)が

もうそんな年頃か。小さい頃はワンパクでとてもお受験なんて柄じゃなかったがな」

「今でもワンパク小僧には変わりないさ。この間なんてパソコン壊されたんだぞ。キーボードのボタン全部剥がされてな」

「ははは。で、本人は乗り気なのかい、お受験」

「わからんな。だがあいつも俺も嫁には逆らえない。泣く子と嫁には勝てんさ。だから、せめてアンチ野郎には勝ってギャフンと言わせてやりたいのさ」

「わかった、出来るだけやってみるよ」


 それから数日経って、キモタクから連絡があった。直接話したいというので、奴の事務所に足を運んだ。

「吸い出したIPアドレスで、この辺の人間ということは割り出せた。ただ、携帯のIPアドレスだから接続の度にアドレス変わって追跡が難しい。でも……これを見てくれ」

 そういって取り出したのは、カーナビのような端末装置だった。

「これは?」

「たとえばこれにおまえの携帯のIPアドレスを入力するだろ、すると……ほら」

 すると画面には俺たちのいる場所が地図で示された。

「つまり、アンチコメントがあったら、そのIPアドレスを入力すれば、居場所がわかるということか」

「ご名答。作戦はこうだ。まず黒船の飛びつきそうなネタをソートで公開する。そしてコメントがついたら、相手を焚き付けて出来るだけ話を伸ばせ。その間に俺たちは相手の居場所に車で駆けつける……そういう算段だ」

「よし、俺も奴が食いつきそうなとびきりのネタを考えておく」


 俺は今までの記事を読み返し、黒船がどういうネタに食いついているか分析した。それらを箇条書きにしてリストアップし、それに沿うように文章を組み立てた。読み返せば読み返すほど、黒船〝好み〟に仕上がっている。

(よし、このネタで絶対にいける!)


 いよいよ作戦決行。

 俺はキモタクの車の中であらかじめ下書きしていた記事をソートにコピペし、投稿ボタンを押した。

(さあ来い、黒船!)

 しばらくして通知マークが点灯した。しかし、他のユーザーの〝スキ〟だった。それから数分毎に〝スキ〟がつく。でも肝心の獲物はかからない。

「長島、あせるなよ。海路は寝て待てだ」

「それを言うなら果報は寝て待て、だろ」

 二人とも落ち着こうとしながらも、ソワソワしていた。そうしているうちに、また通知マークが点灯した。クリックすると、

「黒船さんが◯◯にコメントしました」

 俺は何故かガッツポーズを決めた。

「長島、煽れよ。何とか引き延ばせ!」

「ああ、わかってるさ。覚悟しろ、黒船! 21回目のチキンレースだ!」

 読めば案の定、重箱の隅を突くようなアンチコメント。無視すればそのままだが、今度はそうはさせない! 

「お、案外近いな。これならすぐ着くぞ」

 キモタクが装着の地図上の場所を指し示す。それを見て、俺はおや? と思う。

「ここ……和馬の幼稚園のある場所じゃないか?」


 幼稚園に着くと、装着はその中を指し示した。黒船は幼稚園の中にいる。一体誰だ?

 俺たちは、適当な理由をつけて中に入れてもらった。そして、装着のナビゲーションに従い進んでいくと、やがて職員用のトイレに行き着いた。その中で書き込みをしているのは間違いない。俺はコメント欄にこう書いた。

「そこから出て来て下さい。そこにいるのは分かっているんです」

 すると、トイレの中でゴソゴソと音がしたかと思うと、ゆっくり扉が開いた。中からは見覚えのある男性が出て来た。

「船山先生……あなたが黒船だったのか」

 それは和馬の担任の船山淳だった。観念したのか、ずっと項垂れている。

「どうして、こんなことを?」

 すると船山は長い沈黙のあと、おもむろに口を開いた。

「和馬君の笑っているところ、最近見たことありますか?」

 その問いは俺の心を突いた。黒船のアンチ発言など、屁でもないほどに。「昔は和馬君、よく笑ってみんなとも仲良くしていたんですよ。ところが、受験が決まった途端、塞ぎこむようになったのです。話を聞かせて、というと、みんなと同じ小学校に行きたいというのです。パパやママに話したのかい? ときくと、首を横に振って、パパは最近パソコンばかり見て、話も聞いてくれてないし、遊んでもくれないと……」

「それで、俺にソートをやめさせようと、先生はアンチコメントを?」

「ええ。長島さんは有名ですからソートをやっているのはすぐにわかりました。和馬君はパソコンを壊せばまた前みたいにパパが遊んでくれると思ったそうです。でも、壊してみたらすぐに新しいのが来て、もうダメだと思ったそうです」

「そうだったのか……それにしても、随分な書き込みで、さすがの俺もこたえたよ」

「最初は和馬君のため、と思っていましたが、そのうちあなたへの対抗心が強くなって……すみません」

 そういって船山は頭を下げた。それが上がる前に俺たちは引き上げた。


 それから俺たち夫婦は和馬とよく話し合った。和馬は今の友達と同じ学校に行きたいといい、俺たちは折れて、和馬を地元の公立校に入れることにした。

 船山先生はそれから幼稚園を辞めた。しばらく音沙汰がなかったが、その一年後、再び俺の目の前に現れた。……俺が開催する開業セミナーの受講生として。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

21回目のチキンレース 緋糸 椎 @wrbs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説