神隠し

スズヤ ケイ

神隠し

 やあ。


 今度もまた、なかなかに難しい話を要求するね。


 21、21回か。



 ふーむ。



 ああ、ちょうど良い話を一つ思い出した。


 こういうのはどうだろう。




 うちと付き合いのある旧家の一つに、とある神様を祀って栄えたという家がある。


 その神様の詳しい謂れまでは知らないけど、ご先祖は元々ただの百姓だったのが、それを拝むようになって以降急速に富を得たとの事だ。


 今でも財界の有力者として権勢を振るっているよ。



 ただ、その家は事業に関して、少しばかりきな臭い噂があってね。


 土地の開発のために立ち退きを迫っていた家の主が急に亡くなったり、ライバル関係にある飲食チェーンが集団食中毒を起こして潰れたり。


 そんな、偶然にしては都合の良い事件が目に付くものだから、あそこの神様は祟り神で、自分達の邪魔者を選んで排除させている、などと陰でやっかみ混じりに言われているようだ。




 もちろん本人達は否定しているけどね。


 私もそこの当主と話をした事があるんだ。



 彼が言うには、祟られているのはむしろ自分達だと憤っていた。




 何でも、代々その家に生まれた長女は、神様の花嫁となる事が定められているらしい。



 それだけを聞くと、割とある話に思えるね。


 稚児信仰と言ったかな。

 7歳までは神の内であり、祖神の御霊を宿すことができるという伝承だ。


 幼子を依り代として御霊を降ろし、現世でおもてなしをする。


 あるいは、幼子に祭祀を任せ、御霊の遊び相手をさせる。


 どの場合も無事に7歳を迎えたら、御霊に天へとお戻り頂いて、それまでの対価として豊穣を賜る、といった具合だ。


 それらと似たような風習は、旧い家にはいくらでもあるものさ。



 だが、その事かと思って私が尋ねると、彼は頭から否定した。



 どうやらその神様は、現世にはあまり興味が無いタイプで、娘を直接連れていくのだそうだよ。


 ふと目を離した次の瞬間にはもういない。


 文字通りの神隠しに遭ってしまうのだと。






 うん。


 ここで今回のお題に繋がるのだけどね。


 その神隠しに遭うのが、必ず20歳の誕生日なんだ。


 今まで一切の例外なし。無事に21回目の誕生日を迎えた者はいないと言う。


 ああ、何故7歳ではなく20歳で連れて行くのかまでは知らないよ。

 神様にも好みがあるんじゃないのかな。





 そうそう。


 話してくれた彼自身も、長女が行方不明になっていてね。苦い顔をしていた。



 当然、わかっていながら何も対策を取らなかったはずがない。


 お金はあるのだから、それはもう厳重な警備を敷いたとも。


 檻と言っても良いような頑丈な小部屋に監視カメラを四方に付けて、前日から妻と娘と3人で篭った。

 その上で幾人もの警備員で囲み、寝ずの番を実施したんだ。



 しかし日付が変わる頃になって、その場の全員が猛烈な眠気に襲われた。


 彼は必死にこらえるも、耐えきれずにほんの数秒船を漕いでしまった。


 ただそれだけの間に、繋いでいた娘の手の感触が消えたと言う。


 慌てて目を開いても後の祭り。娘の姿は影も形もなくなっていたそうだ。

 警備カメラもその瞬間だけ砂嵐に覆われて、結局何が起きたかわからず終いだったと。




 いやはや、大怪盗さながらだね。

 やられる側はたまったものじゃないけれど。




 幸い、と言うべきなのかな。

 その神様がもたらすのは富だけではなく、子宝もだそうでね。


 長女を除いても、男女合わせて8人兄弟だ。跡継ぎには困らない。




 差し引きで家が栄えるのなら、一人くらいは目を瞑ろう──




 なんて考えていると邪推されても、彼に反論はできないだろうね。


 未だにその神様とは縁を切っていないのだから。





 さて。

 こんなところかな。


 生贄を要求する神様も怖いものだけど、それを利用する人の業こそ深いと思えるね。


 栄えた家には多かれ少なかれ、裏に何かが潜んでいる事はある。

 近しい話を思い出したら、いずれ話そうか。



 それじゃ、またね。

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