アンドロイドは21回目の誕生日を祝わない
いずも
第1話 Fatal case:He has father's looks and mother's brains.
これはとある惑星の、とある未来の物語。
その惑星で生まれた子供は生まれてすぐに特別な部屋に移され、無菌状態で何不自由なく育てられる。
目に見えるもの全てが拡張現実で、かつてその惑星で生まれ育った人間が辿ったとされる成長の過程を疑似体験する。
立派な屋敷に育ての親、周りの全ての人間は彼のために存在している空間。
腕に巻かれたチューブから栄養を摂取でき、本物の食事をとる必要もない。
ボールが頭に当たって泣くことも、高い椅子から転げ落ちて大怪我することもなく、彼は育っていく。
ただし年に一度だけ、拡張現実ではなく、本当の現実世界で過ごす日がある。
かつての言葉で『誕生日』と呼ばれる日。
その日は本当の家族と過ごす日とされている。
といっても彼を生んだ両親がそこにいるわけではない。
そこにいるのは『両親の残した子守用アンドロイド』である。
彼の父は天才と称された博士、彼の母は稀代の才を持つ女優である。
その天才的な頭脳と美しき容姿を受け継いでいる。
父が科学技術を駆使して作り上げたアンドロイドに母の女優としての立ち振舞いを埋め込んだ。
彼は両親に一年間の思い出を語り聞かせ、両親はまた彼に生きていくための術を伝え聞かせる。
彼は寂しいとも思わない。
そういうものとして受け入れている。
拡張現実内では毎日様々なことが起きる。
入学式から始まり、隣の席の子と友達になり、喧嘩して、仲直りして、笑い合う。
夏休みに海に出かけたり、運動会で一等賞になったり、大晦日に日付が変わるまで必死に起きていたり。
教師も友達も擬似的なもの。
本当に居るわけではなく、拡張現実内でのみ得られたもの。
それが当たり前。
そういう世界なのだ。
ただ唯一、誕生日にアンドロイドと会話するのが彼の一番の楽しみであった。
それだけが本物であり、拡張現実を生きる彼にとって生を得られる瞬間だった。
とうとう迎えた二十歳の誕生日。
両親は声を上げて泣いている。
涙など流れるはずもないアンドロイドが本当に泣いているように見えた。
不思議そうに彼が見ていると、アンドロイドは口を開く。
これで最後、本当に今日まで生きられるとは思わなかったと歓喜の声を上げる。
君は先天性の病気があって、こんな空間に一人きりで過ごさなければならなかったのだと。
けれど今日まで生きられたのなら大丈夫。
もう君はこの世界で立派に生きることが出来るはず。
そのチューブを外して、この部屋を飛び出して広い世界へ旅立つ時が来たのだと。
このアンドロイドが両親の言葉を代読することはなくなった。
大人になった彼へ最後の言葉を告げて、そのアンドロイドは機能を停止する。
そして彼は偽りの現実から、本物の世界を生きるために扉を開くのだ。
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これはとある惑星の、とある未来の物語。
クローン技術とデザイナーベビーの手法を混ぜ合わせることで生まれてきた全ての子供を全く同じように育てることが可能となった。
同じ個体として生み出した赤子を、全く同じ拡張世界で同じ行動を取らせて疑似体験させ、寸分違わぬ育成過程を辿ることで完璧な人間を作り上げることに成功した。
途中で病死することも事故死することもなく、己の思想を疑わず、両親の言葉を信じて成長し、やがて外の世界への興味も持ち、大人になると同時に希望を持って無菌室から飛び出すような、そんな理想個体を生み出したのだ。
それから?
それからどうなるのか、だって?
それはわからない。
なぜなら彼らには自由が与えられた。
これから先、彼らは別々の人生を歩むのだ。
そこで出会う人に影響を受け、影響を与えられ、その個人の人生が形成される。
それは拡張現実では表現できず、彼ら自身の足で進むことになる。
誰も余計な干渉はしない。
人間が持つ、無限の可能性を示す未来がそこには待っているのだ。
ああ、もしも。
もしもの話だけれど。
もしも彼が挫折したり、何らかのバグで部屋の外に出ることを拒んだとしても、その時はそれ専用のプログラムが実行されることになっている。
一度機能を停止したアンドロイドだが、天才が残したゆえに再稼働を可能にしたという筋書きで。
そして、彼が再び表の世界へと旅立てるように支援する。
いわば更生プログラムが実行される。
そんなものは必要ないだろうけど、念には念を入れて。
――そのアンドロイドが21回目の誕生日を祝うことのないように。
アンドロイドは21回目の誕生日を祝わない いずも @tizumo
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