卜術とおっぱい

「かなたろーという作家がいてな」

 ちありやさんがそうつぶやいた直後のことだった。


に呼んだか」

 不意に聞きなれない声がしたから僕は振り返った。居並ぶロボットの群れ。どこかから、女性の声がする。


「やっぱどこにでも湧くわねあんた」

 綺嬋さんが呆れたように肩をすくめる。

「ここで自分の名前が出ることも読んでたってわけわね」


「当然。に分かる」

 ふらりと、僕の背後に。

 ゴスロリ衣装に身を包んだ女性が姿を現した。気づかなかった。微塵も気配を感じなかった。登場の仕方からして分かる。すごい人だ。


「私に容疑がかけられているのだな。に」

 何だこの人。どうなってるんだ? いきなり会話に入ってきたと思ったらもう話の骨子をつかんでいる。自分に疑いがかかっていることを把握している。


「私がここで必要になることは。呼ばれる前に出向いた。それだけのことだ」


「それだけのこと、ってどうして先のことが……」

 と、僕が狼狽えていると、かなたろーさんとかいう女性アカウントはすっと掌を動かし、何かをめくるような動作をした。やがて彼女は手元を見て微笑んだ。


「ふむ。〜  2『女教皇おんなきょうこう』 の逆位置ぎゃくいち  〜。思い込みの激しさ、か。あるいは落ち着きのなさ、神経質……によくないな」


「何を占ったわね」

 綺嬋さんが呆れ顔で訊くとかなたろーさんは急に目つきを悪くした。


「占術じゃない。占術は答えが決まっている。絶対の存在である暦からその人の可能性について検討するだ。私が今やったのは卜術ぼくじゅつでこちらは。悩みに悩みぬいた挙句にでた灰汁を取り除き心を綺麗にするだ」


「よく分かんないけど何て出たわよ」

 かなたろーさんはすっと手元を示した。一枚のカード……多分、タロットカードと思しきものがあった。

「今私たちが置かれている状況について、だ。銘々勝手な思い込みを持っている。あるいは疑心暗鬼で落ち着きがなく、神経が昂り……」

 それからかなたろーさんはぺらりとまた手をひっくり返した。どうもあの動きに対応してカードが手元に出てくる仕様になっているらしい。かなたろーさんがもう一枚、別のカードを示してきた。素っ裸の男女。その間を取り持つような……天使? 


「〜  6『恋人』 の逆位置ぎゃくいち  〜。優柔不断。別れ。不調和。によくない」


「ねぇさ。すごくどうでもいいんだけど」

 ヒサ姉が興味津々といった様子で前に出る。

「ブラジャー何使ってる? 『カクヨム』上だからオーダーメイド? 自分で作るのもいいんだけどさー。やっぱデザインとか上手い人が作った方がかわいいんだよね。でもそっちを取ると今度はサイズの問題が……」


 そう言われて僕は気づき、唇を噛む。気まずい。いづらい。


 ヒサ姉は普段スチームパンクなパワードスーツを着ているからよく見るまで分からなかった。でも今目の前にいるかなたろーさんを見れば分かる。二人とも胸が大きい。それはもう、目を引くくらいに。


「ブラジャーはつけてない」

 そこに来てこれだ。僕はますます気まずくなる。しかしヒサ姉は平気で「うっそ」と一言。「それはした方がいいって」とコメント。


「そっ、そのカードの意味は何なんですか!」

 無理矢理話題を変える。そうじゃなきゃ居たたまれない。


 するとかなたろーさんがつまらなそうに答えた。

「迷っている。そして別れようとしている。もともとひとつだった者たちがバラバラに……調和が乱れ、均衡が崩れる」

 しかしかなたろーさんはすぐに「おや?」と首を傾げた。また一枚めくる手つきをしていた。


「また〜  6『恋人』 の逆位置ぎゃくいち  〜。シンクロニシティか。何か重要なメッセージが……?」

 考え込むような顔になるかなたろーさん。

「あるいは、先のこと、かもな」


「話を元に戻して」

 すずめさんがハッキリ告げた。

「ちありやさんをハッキングすることが可能な作家と言えば、という話題でかなたろーさんが出てきたのよね。今こうやって普通に接してるけど、まずいんじゃない? もし偽物だったら……」


「私が偽物ということは、ないと思うぞ」

 かなたろーさんの一言にすずめさんが返した。

「どうして?」

 するとかなたろーさんが返した。

「何故ならこれから複製コピーをとられるからだ。お前たちも分かっているだろう。複製コピーされることは本物の証明になる」


「どうしてそれを……」

 と、言いかけたすずめさんの手を見て、気づいた。

 かなたろーさんが、すずめさんの手を取っていた。

 そして、その手は。

 かなたろーさんの、おっぱいに寄せられていた。


「はっ?」

 思わず変な声が出てしまう。

「ななななな」

 何を、と言おうとした時、スキマ参魚さんがすっと現れて、僕の前に塞がってくれた。視界にスキマさんの右肩が入る。サメの尻尾? タトゥーが見えた。

「大丈夫。かなたろーさんのちょっと変わった能力だから」

 スキマさんが、僕をなだめるように告げる。

「心臓に近いところを触らせると、触った人の知識や考えていることをごっそり手に入れることができる能力なんだよ。ちょっと君には刺激が強かったね」

「つつつつつつまり?」

「すずめさんに自分の胸を触らせることですずめさんの頭の中をもらってる。だから『複製コピーを取られることが本物オリジナルの証』だってことが分かった」


 それより、とスキマさんが体を固くした。

「これからかなたろーさんが複製コピーを取られる? それって敵襲?」

「そうだ」かなたろーさんがつまらなそうにつぶやく。

「降ってくるぞ。上からだ」

 そう、指を天井に向けた瞬間だった。


 どろり、とびっくりするくらい巨大な。

 スライムが零れ落ちてきた。それは一瞬でちありやロボを包むと、着地した衝撃で横に広がり、そのままかなたろーさんやすずめさんを飲み込んだ。咄嗟に回避した他の作家たちは巻き込まれなかったが、しかしスライムはすぐに、変形した。


 巨大なちありやロボと、きょ、巨乳なかなたろーさんと、それから強大なすずめさんに。

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