お名前入れておきました
「お題『ロボット』って言われても!」
朱ねこさんの声がした方を見る。ラボの無数の機械の陰。朱ねこさんが朱ねこさんに迫られている。だがすぐに。
「ええい! 私を守る『騎士ロボット』!」
タイピング音が聞こえたかと思うと、朱ねこさんの前に剣を持った神々しいロボットが現れ、偽の朱ねこさんを一刀両断した。ひええ、と朱ねこさんが座り込む。
「自分と同じ姿の敵をやっつけるのは気分が悪いよ……」
気持ちは分かる……いや、「僕はまだコピーをとられたことがない」から分からない、か。
「『あみぐるみ編み編みロボ』!」
ふとヒサ姉の声がした方を見ると、彼女が目の前にいるもう一人の彼女を毛糸のあみぐるみの中に封じ込めているところだった。巨大な熊のあみぐるみが出来上がる。
「ふふん。これなら私も傷つかない」
なるほど、工夫のしようはあるみたいである。
「でも一対一でやりあってたら
と、のえるさんがもう一人ののえるさんと剣を交えながらつぶやいた。すぐさますずめさんが続く。
「任せて! 私この時期になるといつもこういうの欲しくなるのよ……」
すずめさんがタイピングする。そして出来上がったものは……。
「記入・名入れロボット『おなまえくん』!」
出てきたのはそう……千手観音のようなママさんロボット。ペンを握った無数の手。慈悲のまなざし。何だろう、神々しささえある。
〈私の名前は『おなまえくん』。書類の作成や持ち物の名入れにご活用ください〉
「『おなまえくん』、私がヘルメットで真贋を判定するから本物に『お名前』を!」
と、すずめさんがメットに手を這わせながら指示を飛ばすと、「おなまえくん」がアカウントの間を一気に駆け抜けていった。風が一陣吹き抜ける。
〈お名前、いれておきました〉
ふとのえるさんを見ると、おでこに「六畳のえる」の字が……。
「名前が書かれている方が本物だな! よっし、じゃあ俺も!」
乾いた音。のえるさんのタイピング音だ。そして即座に出てきたのは、巨大な上半身と右手を持った、何だかコミカルな調のロボットで……。
「全自動ツッコミロボット『Num-DE-やねん』!」
砂袋を地面に叩きつけるような鈍い音がして、お名前のない偽のえるさんが叩き潰された。「Num-DE-やねん」の鉄拳制裁が振るわれたのだ。六畳分くらいの巨大な掌がラボの床に亀裂を走らせている……。
〈疑わしき者にツッコミを! 全てのボケに愛を!〉
「Num-DE-やねん」が自走し次々にお名前のないアカウントを叩き潰していく。と、ラボの片隅でしばし黙考していたスキマ参魚さんがひらめいたようにタイピングを始めた。
「からくり、『花蓮』」
出てきたのは木材で作られたまさに「からくり人形」だった。美しい着物に身を包んでいるが袖から見える腕や首から上が白い木材で出来ている。なるほど広義のロボットだ。
そんな「花蓮」が腕を振るった。袖から無数のガラスの破片のようなものが出てくる。やがて破片は集まり、一輪の花のような陣形を作ると、回転しながら飛んでいった。スキマさんがつぶやく。
「『模倣型エディター』は水。湿気に応じて飛んでいく追尾弾!」
ラボに並んだ無数のロボットの陰に向かって飛んでいくガラスの花。即座に豚の悲鳴のような声が聞こえてきた。
猿と猫の相の子みたいな生き物が逃げ出してくる。エスパーだ。みんなの
「逃さない! 『花蓮』!」
優雅なからくり人形がふわりと姿を消したと思うと、まるで忍び寄る影のように、エスパーの背後で微笑んでいた。手刀がエスパーの胸を、
「Num-DE-やねん」の鉄拳の音が響き渡っていた。やがて彼がそこら中にいた
ひと段落か、と思っていた時、いくつかあったラボのドアのひとつが開いて、中から何かが出てきた。四本の腕。短機関銃に鉈。見た目はまさに「ロボット」の……。
「ちありや!」
戯言遣いの偽物さんが叫ぶ。パワードスーツの掌を向けることも忘れない。しかしちありやさんの方が先に発した。
「む。貴様ら、
「間違いない」
日諸さんの声も聞こえてくる。
「アンジェラ、いい仕事をしたな」
〈そんな! 当たり前のことをしただけです!〉
「この感熱プログラムがあれば飯田氏を頼らなくても……」
「そこで止まってください」
スキマさんが小銃を構える。綺嬋さんもアサルトライフルを構えた。
「こっちが本物なのは自明わね。そっちが本物であることを証明するわよ」
二人ともおでこにお名前が入っている。それを見て笑うようにちありやロボがつぶやいた。
「陽澄すずめさんに見てもらえばよかろう」
「ロボットに体温云々は適用できないわね」
するとちありやさんはつまらなそうにつぶやいた。
「まぁ、それもそうだな。しかし日諸さんならどうだ。私の中にいる彼が本物なら、彼を殺さなかった私も本物だと言えないか?」
「日諸さん出てきて」
すずめさん。よく見たらあなたもおでこにお名前が……。
ちありやロボのコックピットから日諸さんが姿を現す。即座に「おなまえくん」が動く。
〈お名前、入れておきました〉
「おなまえくん」の慈悲のまなざし。どうやら本物らしい。おでこに「日諸畔」とある。
「もっと他にマークする方法はなかったのかな」
悲しそうな日諸さん。だが、とりあえず。
このちありやさんは
「これまでちありやさんに繋いでいた回線で通信してみてください! 今目の前にいるちありやさんに繋がれば偽物に傍受されていた可能性が低くなる!」
「もしもしちありやさん?」
と、すずめさんの声がちありやロボの方からも聞こえてくる。
〈もしもしちありやさん?〉
大丈夫だ。と、いうことは?
ちありやさんは偽物じゃない。今まで接してきた彼は偽物じゃなかったんだ。
そうだ、そもそも、彼は
では、戯言遣いの偽物さんの件はどうなる? エネルギールームの件。ちありやさんしか正確な場所を知らない部屋に攻撃があった。これはどう説明する?
「ちありやさん……いえ、アンジェラ」
僕は口を開く。未だにこちら側もちありやさん側も、警戒の色は隠さない。
「システム内部を検索してみてください。不正なアクセスの形跡はありませんか?」
ちありやロボのスピーカーを通じて、アンジェラの声が聞こえてくる。
〈少々お待ちを……〉
そして彼女の声が、驚きに染まった。
〈あります……! うそ、何で気づかなかったんだろう!〉
「どういうことだアンジェラ」
ちありやさんの問いにアンジェラが答える。
〈システム内部に入られていました! 情報がいくつか……いえ、全てコピーされたかもしれません!〉
「ハッキングされたと言ってるのか?」
ちありやさんが驚きを隠せない。
「私のシステムに? 不可能だろう」
「それについてはさっき私たちもちらっと話をしたわね……」
綺嬋さんが銃を向けたままつぶやく。
「あんた、人間の心を持ったままロボになるから、心理的な隙を突いてハッキング出来るんじゃないかって仮説わね」
「私の心に隙があると言っているのか?」
「いいえ、ですがこの非常時です」
スキマさんが続ける。
「通常の心理状態でいられる方がおかしいのではないかと」
ちありやさんがため息をつく。
「……仮にできたとして、それが可能な作家は限られるな」
「同意するよ」鳴門さんが宿天武装を担いでつぶやく。「まぁ、僕には無理だろうからね」
ちありやさんが低い声でつぶやく。
「少なくともこの『イビルスター』に一人。通常の法則が通用しない作家がいるな……」
「誰ですか?」
僕が問うと彼は答えた。
「かなたろーという作家がいてな」
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