来ル戦イノ名ハ、不条理
「外に繋がるハッチに向かうわね! すずめさん、ちありやたちと通信頼むわよ!」
「了解!」
援軍チーム、綺嬋さんの指示で基地外部に繋がるハッチへ進行中。途中現れる『エディター』は片っ端から討伐。
「倒しても倒しても湧いてきますね」
のえるさんがしんどそうにつぶやく。
「『模倣型エディター』っていうのは液体型なんですか?」
僕が訊くとすずめさんが答えた。
「今まで確認できた『模倣型』はどちらかというと粘土みたいな感じだった。作家の真似をしても不細工だったり、歪だったり。でもこの基地にいるのはより精巧だよね。そして液体型だから、どこにでも出てこれるし、もしかしたら倒しても、部分と部分が集まってまた別の個体を作れたりするのかもしれない」
「じゃあ実質上無限に湧いてくる……」
「本体を叩けばいいわよ! きっとあの金髪の女わね!」
発砲しながら、綺嬋さん。
「とにかくこっちはまたコピーを取られないように注意するわよ! 液体状のものをかけられないように気をつけるわね!」
「傘とか、描写しましょうか?」
僕は「ペン」を構える。
「ビニール傘なら、視界も邪魔しないし、最悪コピーをとられても、武器にされにくいし……」
「お願い! 今は打てる手は何でも打ちたい!」
すずめさんに言われ、僕は人数分のビニール傘を描写する。
「これで各方面守りながら進もう!」
さすがに、ビッグスリーの二人と、「イビルスター」幹部がいるだけあって、僕たち援軍チームは問題なく外に繋がるハッチへと進むことができた。
ただ問題は、ここからだった。僕たちはハッチに辿り着いた。
*
「通信あり。マイクをオープンにするからみんな聞いて!」
ハッチを開く直前、すずめさんがインカムを操作しながらつぶやいた。途端に微量な音声が僕たちの耳に届く。
〈こちらちありや。聞こえるか? 援軍チーム!〉
代表してすずめさんが答える。
「聞こえます!」
〈スキマ参魚から連絡が入った。既に基地外部を飛んで外周を回っているらしい。敵を確認して攻撃段階に入っているそうだ。援軍チームは基地外に出る際、射撃音や攻撃音がないかを確認してから出て欲しい。スキマの攻撃に巻き込まれるな〉
「了解」
と、すぐさま外から氷にひびが入るような音が聞こえてくる。爆撃音じゃない。これは……?
「スキマがやってるわね」綺嬋さんが笑う。
「加減してもらわないと基地が壊れるわよ。ちありや。スキマとの通信をこちらのすずめさんに連携するわよ」
〈了解。すずめさん、後は頼んだ〉
それから一瞬、砂嵐の音がした後に、音が飛び込んできた。聞こえたのは鼓膜をぶち抜くような重低音……デスメタル?
あまりの音量にすずめさんが思わずメットを外す。「何これ?」とつぶやいたのと同じタイミングで、声が聞こえた。
〈いぃやぁっほぅ!〉
声は一応、女の人の。
〈YEAHHHHHHHHHHH!〉
「テンションぶち上げわね」
綺嬋さん、やれやれ顔。
「普段はもうちょっと大人しいけど、飛行機に乗ると人格変わるわよ。車のハンドル握らせちゃ駄目なタイプわね」
と、外から連続した火薬の炸裂と、でかい鎖を地面に何度も叩き込んだような金属音がした。機関銃の掃射か。
「スキマ! ミサイルの発射と『ルードルマン』の過剰行使は駄目わよ! 基地が壊れるわね!」
〈Ymmärrän!〉
「い、今何て……?」
僕が訊くと綺嬋さんが笑った。
「多分北欧の言葉わね。詳しくは知らないわよ。ざっくり、『了解』くらいの意味だと推測されるわね」
ハッチは二段階で外部に接続するらしく、僕たちは一度エアルームに入った。壁に備え付けてあったバックパックを綺嬋さんが取りだし、僕たちに渡してくる。酸素ボンベと飛行用特殊スーツ……多分、モモンガみたいに飛べるやつ。
「……なかなか尖ってて笑えるわね」
酸素吸入器とボンベ、特殊スーツを身に纏ったウサギの着ぐるみ姿ののえるさんを見て、綺嬋さんが笑った。確かにまぁ、何というか……。
「外に出たら何をすればいい?」
すずめさん。彼女は元がスタイリッシュな格好だから飛行スーツを着ても違和感がない。
「セイフティーロープをつけてこのハッチから飛び立つわね。ロープは飛行者とこの基地とを繋ぐわね。スーツを使ってハッチから半径五百メートルくらいの範囲を移動できるわよ。周囲にいる『エディター』に攻撃をするわね。一通り片付いたら、ロープを辿ってここへ戻り、次のハッチに行ってまた同じことをするわよ」
「スキマさんはどんな役割を?」
「基地外周を回って大雑把に敵を片してくれてるわね! 私たちはスキマが倒し損ねた雑魚を始末するわよ!」
「了解」
セイフティーロープをハッチのポイントに接続する。全員ロープを強く引っ張って安全を確認した後、綺嬋さんに合図を送る。みんなの合図を確認してから、綺嬋さんが頷く。
「ハッチを開けるわね!」
その一言で、目の前の鉄の扉が開かれ、僕たちは吸いだされるようにして基地の外へ……!
風! 圧倒的な風! まるで僕たち飲み下すような、暴力的な風!
不思議な空間だった。空と宇宙の境目。上空は夜空のように吸い込まれる藍色だが、足元は透き通るような青。
両手両足を広げると、脇と股下から被膜が伸びて風を受け止めた。体を開くとスーツが風を受け上昇、体を閉じると基地の引力に引っ張られ下降、そんな具合のようだった。
数回の操作で何とか感覚を掴んだ僕は、「ペン」を構えて辺りを見渡した。きちの外壁に、うねうねとへばりつく液体が見えた。いくつかは人や獣の形をし、基地の外壁を削ったり、壊したりしている。と、視界に飛び込んできたのはすずめさんだった。
彼女は元々飛行できる。セイフティーロープに繋がっているから半径五百メートルしか移動できないが、それでもまるで蝶のようにひらひらと舞っては目視できる『エディター』に接近し射撃。既に何体か倒していた。攻撃によって形を保てなくなったスライムたちが虚空に散っていく。
ああやって外壁から引き剥がせばいいのか。僕は「ペン」で綴る。
〈――外壁を覆う電磁バリア。表面に接触している物体を一度浮かせ、磁気によるコーティングを行う。このバリアによって基地外壁に接している物体は数十センチ浮かぶことになる――〉
完成したテキストファイル。僕はロープを辿って基地の外壁に近づき、そして叩き込むようにしてテキストファイルを展開した。途端に僕は、弾き飛ばされるようにして飛んでいった。
……そっか。描写したバリアの影響は僕も受けるのか。
そんな当たり前のことに今更気づく。でも僕の作戦は功を奏していた。基地外壁にへばりついていたスライムがいくつも宙に浮かび、風に巻き上げられ上空へと散っていった。眼下には、目には見えないけど、多分、バリア……!
「やった! 上手くいっ……」
た。と言いかけた時だった。
僕に剥がされたスライムの内一体。そいつはどうも鋭利な刃物か何かに変形して外壁を削ろうとしていたらしい。僕のバリアによって剥がされたそいつは、刃物の形態そのままに、僕の体の下を通り抜けて行った。
刃物は僕のロープを切断した。
途端にコントロールを失った僕は、きりもみ回転しながらどんどん基地から離されていった。本能的な恐怖とパニックが僕を支配した。やばい! やばい! やばい!
やばい! 僕どうなる? このままじゃ、帰れなく……。
ぐるぐる回る視界の中に何かつかまれるものを探すが、しかし手にとれたものはもう繋がる先のないロープだけ。他には何も……。
そう思った時だった。
「だっ」
唐突に何かに叩きつけられた。固い。鉄の何かだ。壁……?
ぶつかった時に切ったのか、口の中に錆びっぽい味がして僕は顔をしかめた。しかし……しかし。
生きてる! とりあえずへばりついていることしかできていないけど、自分の体勢をコントロール出来てる……! 死んでないんだ。生きてる! 生きてる!
「Hei ystävä!」
風の爆音の中、くぐもったような声が聞こえてきた。女の人の声。微かに……いやハッキリと。そして空気を揺すぶるような、デスメタルの音楽。
「ラッキーボーイ! そのまま貼りついててね!」
ぐん、と体が引っ張られた。慌てて僕は鉄の壁にしがみつく。そしてこの頃になってようやく、僕は何にしがみついているのか分かった。
鉄の鼻先。
鉄の体。
鉄の尻尾に、鉄の翼。
戦闘機に僕は貼りついてた。すると機体は僕の存在を尊重するかのように優しく、だが世界の重力を引き受けるように強く、大きく傾いていった。
スキマ参魚さんだ……。
そう理解するのに、時間はいらなかった。
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