神々ノ鉄槌

「少年! ゆっくり下ろすから慌てないでね!」

 コクピットのガラス越しにスキマ参魚さんが声を飛ばしてくる。くぐもった声だが聞こえなくはない。


 どうするつもりだろう、と思っていると、急に僕の体が重たくなった。ずっしりと……いや、これは、重力? 

 ふわふわしつつ、でも着実に降下していった僕は、やがて紐に繋がったすずめさんにキャッチされた。

「大丈夫? 物書きくん」

「えっ、あっ、はいっ」

 女性とくっつくのはあまり経験がなかったので、ついつい上ずった声になってしまう。けれどすずめさんはそんな僕には構わず。

「しっかり捕まっててよ!」

 すずめさんは強く体を捻ってハッチの方に飛んでいった。先程のスキマさんのゆっくりとした降下とは違い、急速な変化だったので僕はまたも変な声を出してしまう。


「ここでじっとしてて! 次のハッチに行く時はへましないでよ!」

 すずめさんはそう言い残して僕をハッチに置いていく。

 僕は酸素吸入器をつけたままで、ハッチから身を乗り出して外を飛んでいる人たちの様子を窺った。


 スーツを巧みに操りながら次々に『エディター』を狙撃していくすずめさん。急旋回や急上昇を繰り返してアサルトライフルで着実に敵を仕留めていく綺嬋さん。のえるさんは……スカイスーツを着た着ぐるみというのがそもそも面白いのだが……あの姿のまま、剣を振るって基地表面の敵を切って離れてを繰り返している。何だかそういう魔人がいそうなのだが……まぁ、さすがビッグスリーといったところか。


 スキマさんも、三人の手が届かないところにいる『エディター』を機関銃の掃射で片付けていた。状況は圧倒的にこちらが有利……の、はずだった。


「何か様子がおかしいわね!」

 綺嬋さんの叫び声。

「敵が集合しているわよ!」

 その通りだった。すずめさん、綺嬋さん、のえるさん、スキマさんが撃破していった『エディター』の切れ端、飛沫が基地の表面、一か所に吸い寄せられるようにして集まっていた。何かに変身する……? 「ペン」で援護する用意をした方がいいだろうか? そんな風に悩んでいる時だった。

 まるで巨大な水滴が垂れるかのように。

 集合した『エディター』の塊……バランスボールくらいの大きさがある……が、一直線にスキマさんの乗る戦闘機に落ちていった。スカイスーツの三人は急旋回で回避できたが、どうしても図体の大きいスキマさんの戦闘機はもろに水滴の直撃を食らった。状況の理解はすぐに追いついてきた。


「コピーだ!」

 僕の声がどれだけ聞こえるのかは分からなかったが、叫ばずにはいられなかった。

「スキマさんのコピーを取る気だ!」

 しかしもう、遅かった。

 戦闘機に付着した液体は、やがてすぐに機から離れると、いきなり巨大化し、翼を広げていった……それは当然の如く、鉄の鳥になった。


 すずめさんと綺嬋さんが発砲する。しかし敵機は急旋回すると離れていった。吹きすさぶ風の中、のえるさんが叫ぶ。

「戦闘機のコピーか、スキマ参魚さんのコピーか?」

 僕は返す。

「戦闘機自体がスキマ参魚さんの作品から出てきたってことは考えられないですか?」

「あり得るな……」

「戦闘機単体でコピーするのより、中のパイロットごとコピーした方が使える能力も応用が利きそうですし!」


 などと話し合っている時だった。

 連続する破裂音……! 飛んでくる鉛玉……! 

 スカイスーツの三人が体を畳んで急降下し、ハッチに逃げ込む。

 しかし体の大きいスキマさんの戦闘機は回避ができず、数発が機械の腹をかすめてしまった。小さな悲鳴が聞こえてくる。

〈auts!〉

 しかしスキマさんの戦闘機はすぐに体勢を立て直すと、旋回し、一度基地から離れていった。

 その頃になってようやくスキマさんの機種を認識できた僕は訊ねる。

「スキマさんのあの飛行機、あれ爆撃機でしょ? コピーってことは相手も爆撃機ですよね?」

 歴史で勉強したので何となく覚えている。スキマさんの乗っているあれはおそらく、急降下爆撃をする機だ。

「何で機銃なんか?」

「そういう設定わね。37mmの戦車砲を積んでる爆撃機わよ」

「そんな無茶苦茶な……!」

 しかし狼狽える僕には構わず、すずめさんがメットを外しインカムのマイクをスピーカーに切り替える。


〈これはお返しっ!〉

 スキマさんの声が聞こえてきた。続けて耳をつんざく掃射音。うち数発が鉄の何かに直撃する音がした。

二機一組ロッテが組めないとやりにくいね! でもそれはお互い様!〉

 サイレンのような甲高い音と、どす黒く油臭い煙を立てて、一機の戦闘機が軌道を乱しながらハッチの前を通過していった。それが偽物コピーであることを祈らずにはいられなかった。


「スキマ!」

 綺嬋さんが叫ぶ。

「生きてるわね?」

〈Kyllä! 生きてます!〉

「……でもあのスキマが本物のスキマか見分ける術がないわね」

「私のメットでもさすがに戦闘機越しの探知はできないかも……」

 と、すずめさんが困り果てたタイミングで、だった。

 腹の底を揺さぶる重低音が響いたかと思うと、それがすぐさまおさまった。僕はハッチから顔を出して音のした方を見た。どうやらさっきの墜落しかけの戦闘機が基地にぶつかったらしい。しかし基地の表面、凹んだところに、巨大な対空砲が一定間隔で数機、できていた。

 墜落した『エディター』が変形したのだということは、すぐに察することができた。


「スキマさんの作中、対空兵器出てきますか?」

「基本的に戦闘機モノの話だから出てくるっちゃ出てくるわね」

「じゃあさっき落ちたのは『エディター』です! 対空砲に姿を変えた!」

 と、こちらが言い終わらない内に一斉砲撃が始まる。明らかに空を飛んでいるスキマさんを目掛けた攻撃。しかしスキマさんは、華麗な旋回と回転で、蝶のように、鳥のように、鮮やかに攻撃をかわしていく。スキマさんの真後ろで連続で爆ぜる砲弾……! 

「かわすことはできても、鼻先が相手に向けられないんじゃ防戦一方だ!」

 何とかしなきゃ! 僕が「ペン」を使おうとすると、それを綺嬋さんが止めた。


「まぁ、様子見ておいていいわね。あんなのにやられるほど軟なゴワムじゃないわよ」

「……ゴワムって何ですか」

「ゴワム:小説『指輪物語』におよびそれを原作とした映画『ロードウ・オブ・ザ・キンム』の登場人物」

「ああ、また帰宅・退勤ネタ……」

 要するにスキマさんは「イビルスター」幹部ってことだ。簡単にはやられない、なら……? 


〈皆さん、ちょっと重たくなりますよー〉

 すずめさんのメットから、呑気な声。しかし直後に。

「ぐわっ?」

 変な声が出る。急に、全身の血が全て鉛になったかのような不思議な感覚があった。体を垂直に保つのが難しくなる。膝をつく……! 

「こ、これって……?」

 すずめさんでさえやっとのようだ。

「重力……?」

 のえるさんの耳も垂れている。


〈ルードルマン……!〉

 スキマさんの声。

「重力を操るキャラクターわね……ああああ、重いいいいい」

「これっ、僕たちっ、大丈夫っ……?」

「多分アバウトな範囲で重力を弄ったから余波が来ただけわね。あの対空砲の方がきっと……」

 と、綺嬋さんの言葉を裏付けるかのように。

 氷が砕けるような不安な音を立てて、何かが壊れていくのが聞こえた。スキマさんの尾先で爆ぜていた一斉砲撃が止まる。対空砲を潰したんだ……! 


 と、片がついたのか唐突に体が軽くなった。先程までとのギャップでほとんど浮いているかのようだ。呼吸もしやすくなって、心臓も心なしかウキウキと動いている気がする。


「やった! 対空砲を片付け……」

 しかし直後に、空を切り裂くとんでもない音が僕たちを突き刺していった。

 尖った鼻。ジェットエンジン。プロペラで動くタイプじゃない。音速で飛ぶ、戦闘機……! 

「あの手この手わねー。敵も」

 感心したように綺嬋さん。呑気だなぁ。大丈夫なんだろうか。

 すると不安そうな僕の顔を見たのか綺嬋さんが笑った。

「だから大丈夫わね。軟なシンゴワじゃないわよ」

「シンゴワって……?」

「シンゴワ:北欧神話に登場する、炎の巨人スルトの伴侶の女性」

 何だっけそれ、シンモラじゃなかったっけ……まぁいいや。とにかく強い「イビルスター」幹部。また帰宅・退勤ネタか。

「おーい、スキマ」綺嬋さんがすずめさんのメットに話しかける。

「ちんたらやってないでさっさと済ますわね。ドカンとやっちゃうわよ」


了解ヤー、では早急に〉

 言うが早いが。

すなお!〉

 唐突に視界が明滅した。かと思うと続けざまに空気が爆ぜる音がした。爆発音、というよりは、水面を広範囲で思いっきり叩いたような、破裂音……! 

 鼻孔を妙な匂いがくすぐる。冬場の匂い、マフラーの匂い……静電気の匂い。

 電撃……? 僕がハッチから身を乗り出すと、一機のジェット機が憐れな悲鳴を上げて落下していくところが見えた。仕留めたんだ。あの一瞬で。


「スキマの作品、『連合軍第13師団飛行部隊 ~四◯四分隊のツバメちゃん~』の主人公、直の能力わね。蓄電、放電能力わよ。言っちゃえば人間雷わね」


 ふと頭に浮かんだのは、北欧神話、雷の神トールのことだった。

 稲妻と重力による鉄槌で敵を葬る……爆撃機で宙を舞う姿は、さながら空飛ぶ武神だった。


〈基地に戻ります!〉

 メットを通じてスキマさんの声が聞こえた。

 彼女に会える。何だか僕は、ワクワクしていた。

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