これより参る!

 武器庫を出てすぐ。

 右手の方から轟音が。すぐさま全員で音のした部屋へ駆け寄る。

「この部屋もちありや氏の認証が必要か?」

 ちありやロボに乗った日諸さんが訊く。電池になってるちありやさんが答える。

「入り口横のパネルだ。触れれば開く」

 どしんどしんと歩くちありやロボ。身長が十メートル以上……十五メートルくらいか……あるので一歩がとにかく大きい。僕たちは駆け足で追いつく。


「開扉と同時に戦闘になる可能性がある。総員準備!」

 ちありやさんの号令でそれぞれ臨戦態勢に。僕たち「ノラ」の先頭にはすずめさんが立った。綺嬋さんはドアの傍に立つちありやロボのすぐ後ろに。他は僕と飯田さんを囲うように陣を取った。


「開扉!」

 ちありやさんの合図でドアが開く。と、すぐに足下に何かが飛んできた。大きな砂袋が着地するような音を立てて転がってくる。大きいということと、それが人型をしているということの認知は、同時にやってきた。


「亜未田氏!」

 日諸さんが叫ぶ。僕たちの足下に転がってきたもの。それは作家の亜未田久志さんだった。

「大丈夫……大丈夫だ……」

 よろよろと亜未田さんが立ちあがる。

「それよりも、幕画ふぃんさんを……」

 亜未田さんの視線の先をみんなで追う。配線の爆ぜる音。荒い息遣い。それらの向こうに。


 黒剣を構えて立ち尽くす幕画ふぃんさん。どうやら戦闘中のようだが、様子がおかしい。

 幕画ふぃんさんの周りには巨大なミミズのような生物が蠢いていた。捕食しようとしているのだろうか。消化液のような、粘度の高い液体を吹きかけている。幕画ふぃんさんはそれらを華麗にかわすのだが……ミミズは消化液を飛ばすだけでなく、体当たりや叩きつけも行ってくる。全てはかわしきれていない。


 呻きながら幕画ふぃんさんが後退する。すぐさま吐きかけられる消化液。あれを食らうとひとたまりもないことは分かっているらしく、幕画ふぃんさんは液体の回避を最優先に動いているようだ。


 蠢くミミズの向こう。右手を掲げ、まるでミミズたちを指揮しているかのようなアカウントが一体。

「あれは……?」

 と、僕が口にした途端、綺嬋さんが叫んだ。

「うちのギルド員わね! まさか……!」

「そいつは『エディター』だ!」

 飯田さんが眼鏡型端末に指を這わせる。

「コピーされた作家だ!」

「あれを倒せばいいのね?」

 すずめさんが立て続けに発砲する。しかし。

 ミミズたちの動きは予想以上に速かった。コピー作家の前に幾筋ものミミズが立ちふさがり、弾を受け止める。被弾したミミズは駄目になるようだが、後から後からミミズが出てくる。こいつら、無限に湧いてくるのか……? 


「偽物と分かってれば容赦はしないわね! 一斉攻撃わよ!」

 綺嬋さんの合図で、場にいた全員で偽作家に向け攻撃する。しかしミミズが……死んでも死んでもまた出てくるミミズが……それらを阻む。

「『ペン』でどうにかできないか?」

 飯田さんの問いに返す。

「『ミミズ』って書いて切り取ればなくなるのかな……」

 自信がない。

「さっきから、【我思う、ゆえに我ありコギト・エルゴ・スム】で消そうとしているんだが……」

 のえるさんが呻く。

「何か発生源があるんだ! 消した傍から増え続けている!」


「作家本体を叩く方が早いわよ!」

 デザートイーグルの連続射撃、綺嬋さん。しかし弾丸は全てミミズに弾かれる。

「全く当たらないで嫌になるわね!」

「いくらミミズが速くったって亜未田氏なら難なく対処できるだろう……」

 ちありやロボのコックピットから日諸さんがつぶやく。

「幕画ふぃん氏だって『円卓の騎士』と呼ばれた人間なんだから、『イビルスター』の平ギルド員程度にはやられないはずだ」

「ここからの射撃じゃ弾かれるだけだ」

 すずめさんがロングソードを構える。

「接近戦で叩く」

「待ってすずめさん! いくらなんでも単騎で飛び込むのは危険だよ!」

 加藤さんが止める。

「せめて亜未田さん! 何か情報ないの?」


 よろける亜未田さんがつぶやく。

「あのどろどろした液体は酸性で、どうやら触れたものを溶かすらしいです。ミミズは結構な速度ですが、気をつけていればかわすことは難しくありません。ただ、消化液のふきかけとコンボになると厄介ってだけで……」

「じゃあ何でそんなに苦戦してるの!」

 すずめさんの問いかけに亜未田さんが項垂れる。

「いや、もう、傷つけたくないというか……」

「傷つけたくない? 『寄生型エディター』倒したでしょ? 寄生された私とも戦い合ったんじゃないの?」

 すずめさんの声に、亜未田さんは怯えるような顔をする。

「『エディター』なら大丈夫なんです。私はそのために『ノラ』に入った。でも駄目なんです。作家相手は。何だか……」

「何だか?」

「すず姉。多分、僕関連だ」

 飯田さんが冷たい声で告げる。

「小川将吾の件だな?」

 亜未田さんが頷く。両手が震えていた。

「あの時の感触が忘れられない。人を殺したんだ。私は作家を殺した」

 それを聞いて思い出す。そう言えば、遺跡群での戦闘の時、幕画ふぃんさんも。

 

 ――「King Arthur」の城で仲間を切ってしまった。


 そうか。亜未田さんも幕画ふぃんさんも、作家を傷つけてしまった過去を背負ってるんだ。その時のショックが忘れられないんだ。


「……行くか?」

 ちありやロボに乗った日諸さんが構える。確かに、ちありやロボならこの場の制圧は簡単かもしれない。消化液が心配だが、ちありやさんの本体は電池だし、パイロットの日諸さんはロボットが傷ついてもフィードバックはないし、この状況を制圧するにはうってつけだとは思う。だがちありやロボに損傷があった場合、この後何かあった時に切り札が切れなくなる。相手は平ギルド員のコピー。今後もっと強い敵が出てくることは容易に想像できる。

 すずめさん単騎で飛び込んでも、おそらく問題はないだろう。だが戦闘員が少ない今、少しでもリスクのない選択肢をとるのがベターだ。瞬発力があり接近戦が得意な亜未田さん、魔法と剣技で遠近使い分けられる幕画ふぃんさん、そこにすずめさんを加えての三人体制で臨むのがおそらく最適解なのだが……。


「皆さん、少しの間弾幕を張って、相手の動きを制限することはできますか」

 僕は「虫眼鏡」を取り出す。すぐさま「ペン」で〈亜未田久志〉〈幕画ふぃん〉と綴る。

「僕が喝を入れます。うまくいきますように」

 僕が「虫眼鏡」を覗くのと、すずめさんたちが一斉射撃を仕掛けるのとはほぼ同時だった。「虫眼鏡」に呼び寄せられて、作家の亜未田久志さんと幕画ふぃんさんが僕の元へやってきた。呼び寄せられて困惑する二人の目を、僕はしっかり覗き込んだ。自分にできる限り強い目で、二人を見た。


「僕は知っています。作家が言葉を使って人生を切り開くことを」

 弾幕に負けてしまいそうなくらい、本当に小さな声で僕は告げた。でも二人にはしっかり聞こえていると、自信を持つことはできた。

「僕は知っています。あなたたちが素敵な小説を書いたことを。僕にはできないことを成し遂げたということを」

 虚ろな目をしていた亜未田久志さんと幕画ふぃんさんが、すっと目線を上げる。

「僕は知っています。あなたたちが人を傷つけたくて言葉を紡いだわけではないことを。誰かの支えに、誰かの喜びに、誰かに寄り添うために小説を書いたということを。あなたたちの言葉が常に誰かの力になってきたことを」

 僕はしっかり、二人を見た。二人の目を、それぞれ、覗き込んだ。

「今、力が必要です。もう一度、言葉を使って戦ってくれませんか。傷つけてしまった過去は変えられないと思います。でもそこからどうするかは選べます。今、誰かが傷つきそうです。お願いします」

 二人が静かに僕の目を見た……二人がようやく僕に応じた。

「お願いします。二人の言葉で、みんなを守ってください」

 目の色が変わった。僕がそう認知するのより早く。

 ミミズの一体がうねる体で突進してきた。それは本来なら、それはすずめさんたちの弾幕によって粉々になるはずだった。しかし。


「招かざる禁忌のことわり翹望ぎょうぼうし、刮目し、恭順せよ。神位魔法――――終の黒霹クォ・ヴァディス


 一瞬だった。一瞬で驚くべきことが起きた。

 基地全体が震えた。心臓を貫くような鈍い音が轟いた。次の瞬間視界が爆ぜて、一筋の黒い稲光が走った。

 消え去る音さえ残さなかった。一瞬で、残されたのは消し炭だった。

 それがミミズだったと理解するのに時間がかかった。


「穿て、剛指ごうし!」

 次に聞こえたのは亜未田さんの声だった。瞬く間に移動した亜未田さんは、ミミズを操るコピー作家の胴体に、鋭い突きを刺しこんでいた。

 コピー作家がよろめきながら指を振った。それを合図にしたかのように。

 何もないところからミミズが複数生成された。それぞれうねりながら亜未田さんに襲い掛かる。しかし。

「絡み取れ、柔指じゅうし!」

 風に揺れる柳のようなしなやかな動き。揺らめく動きでミミズたちをかわし、その体に鷹の爪のような指を食いこませる。そしてミミズたちの勢いをそのままに、一気に床に叩き伏せた。しかし攻撃は終わらない。

「昇れ! 天脚てんきゃく!」

 鋭い蹴りでミミズどもを蹴り上げる。

「落ちろ! 地脚ちきゃく!」

 目にも留まらぬ速さ。自身が蹴り上げたミミズの上空に移動した亜未田さん。踵落としでミミズどもを再び床に叩きつける。

虚空跳躍ファントムジャンプ

 と、宙にいたはずの亜未田さんがワープした……膝をつくコピー作家の元に。

剛刃ごうじんとどろき!」

 コピー作家がこと切れるのは呆気なかった。本当にただ、終わっただけだった。


 作家、亜未田久志さん。

 作家、幕画ふぃんさん。


 二人が立ち上がる。亜未田さんは不可視の刃。幕画ふぃんさんは黒剣を構え、それぞれ告げる。

「これより参る!」

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