追うわね!

 怪獣が爪を振るう。切り裂かれる床。床は金属でできているらしい。不快音が鼓膜をつんざく。


 飛んでくる瓦礫や金属片から、日諸さんが「カムイ」の盾で守ってくれる。しかし日諸さんの行動はそれだけでは終わらない。拳を構えて日諸さんが跳躍しようする……。

「援護す……」

 その時だった。


 透明のシャッターのようなものが下りてきて僕たちの正面を塞いだ。即座に綺嬋さんが叫ぶ。


「こいつ今、この一帯と一体になってるわね!」

 と、言ってから一瞬の間。

「……今のはダジャレじゃないわね!」


「あいつ中身おっさんだぞ」

 飯田さんが眼鏡型端末で周囲を見る。

「一帯と一体になってるってのはいったいどういうことだ紫くん」


「私の作品の主人公は、触れてる道具を自分の体として扱えるわね! 覚醒すると怪獣モードになるわよ!」

「道具? 道具って……」

 つぶやく日諸さんに僕が口を挟む。

「ここ、基地、なんですよね。色々あるんじゃないですか? それこそシャッターとか、消火器とか、エスカレーター、オートライン……」


「全部使ってくるわよ!」

 直後、綺嬋さんの右手から消火器の噴射。

 一瞬視界が覆われた綺嬋さんは、安全のために僕たちの方に退く。しかし壁があっては援護できない。すぐに日諸さんが動く。


「このシャッター、壊すぞ!」

 日諸さんが「カムイ」で作った円錐で何度も透明シャッターを殴る。三度目のパンチでシャッターが砕け、穴が開いた。即座に日諸さんがくぐろうと……した時だった。


 突如シャッターが開いた。必然、穴をくぐろうとしていた日諸さんが掬い上げられ、天井に挟まれる。

 切断……? と思ったが、日諸さんは自分と穴の間に手刀を挟んでいた。「カムイ」だ。開いた勢いと「カムイ」の鋭さで、シャッターが縦に割れる。落下してくる日諸さん。しかしそこに追い打ちをかけるように再びシャッターが下りてくる。


 日諸さんが床を転がって回避する。シャッターは日諸さんをかすめ勢いよく床に叩きつけられた。あの『エディター』、本当にこの辺りと一体になっている……! 


「H.O.L.M.E.S.で何とかなりませんか?」

 思い付きを口にする。

「この辺り一帯のシステムを乗っ取って設備が作動しないようにするとか!」

「だとさH.O.L.M.E.S.。やってるか?」

〈既に何度かアクセスを試みていますが、できません。機械というより生体になっている様子です〉


「攻略方法はあるわよ!」

 綺嬋さんが叫ぶ。

「道具と一体ってことは道具へのダメージもフィードバックされるわよ! 道具を壊せば……」


 言い終わる間もなく日諸さんが飛び上がり、頭上にあったスプリンクラーを切断する。

 降り注ぐ水。しかし怪獣に変化はない。


「どの道具まで一体になっているか分からないわよ!」

 綺嬋さん。

「本体を叩いた方が早いわね!」


「作戦の共有ってもっと早くした方がいいと思うぞ」

 ぼやく飯田さんに綺嬋さんが応える。

「あなたたちどっちわね? 敵? 味方? 味方っぽいわね?」


「『模倣型エディター』が敵だから作家の外見しているだけじゃ分からないんだ」

 日諸さんが濡れた髪を撫で上げながらつぶやく。

「飯田氏はともかく、俺たちは相手が『エディター』かどうか見分ける術がない!」

「こう濡れるとね、眼鏡も曇るんだが……」

 飯田さんが眼鏡型端末のグラスを拭く。

「耐水性にしておいてよかったよ」


「のんびりしてる場合じゃないですって! 攻略を……」

「なぁ、どこまで一体になってるか分からないって言っても、こうして色々な道具を使えているんだから、根を叩けばいいんじゃないか?」

 日諸さんの提案に飯田さんが被せる。

「だからその根元ってのがあの怪獣なんだろ?」

「いやいや、だからさ……」

 日諸さんが拳に「カムイ」を纏わせる。揺らぐ陽炎。


「基盤みたいなのがあるだろ。それと一体になってないと色々なものにアクセスできないはずだ」

 それを壊せば……! 日諸さんが辺りを見渡す。飯田さんが続いた。


「よしその線だ。H.O.L.M.E.S.! システム中枢、基盤、コア、何でもいいから管理機器を探せ!」

〈前方十メートル右手にタッチパネルを確認。その基盤がこの周辺を管理しているようです〉


 痛いところを突かれたのだろう。怪獣が動いた。即座に僕たちの前に、今度は壁が現れる。左右から閉じるような、大型のハッチ……! 


 飯田さんがハッチに拳を叩きつける。

「おい、紫くん! 聞こえたか? 右手側にあるタッチパネル……!」

 と、再びハッチを叩こうとした飯田さんの目の前で今度はハッチが開いた。倒れ込みそうになる飯田さん。咄嗟に日諸さんが支える。


 降り注ぐスプリンクラー。

 立ち込める煙、消火器。

 転がる瓦礫、金属片。

 破壊された天井や壁、床。


 そんな中に、丸い頭をした人物のシルエットが浮かび上がる。紫の髪の毛。女の子っぽい姿。


「聞こえたわね」


 シルエットは右手に銃を構えていた。まるで標識のように右手を伸ばし、銃口を真っ直ぐ、タッチパネルに向けている。

 さっきは動き回っていたから分からなかったが、あのクロムブルーの銃、デザートイーグルじゃないか……! 

 破壊力のあるマグナム弾を発射できる銃だ。あんなので撃たれたら、並みの物体は……。


 何かの焼け付く音がしていた。スプリンクラーからの水がショートを起こした基盤にかかって蒸発する音だと気づくのに、そう時間はかからなかった。


「助かったわね……! 感謝するわよ……!」


 綺嬋さんが振り返った。足元には薬莢がいくつか、寂しげに転がっていた。



 スプリンクラーの放水を浴びない場所に移動してから。

 僕たち四人は情報を共有した。

 まず簡単に自己紹介。それぞれのペンネームと、主な作品名の紹介。


「作品がないって本当わね?」

 綺嬋さんが僕に訊ねる。

「読み専って奴わね? あの人たちがつくと本物になれたって感じで嬉しいわね……」


「いえ、読み専と言いますか、本当に最近アカウントを作ったので」

 僕は首を横に振る。

「小説を書いたことがないんです」


「よくこんな中の『カクヨム』に入ろうと思ったわね……」

 つぶやく綺嬋さんに日諸さんが応じる。

「人を探しているんだろ?」


「ええ」

 僕が頷くと、飯田さんがつまらなそうな顔をする。

「僕たちも探してるだろ。敵は綺麗な女なんだって?」

 綺嬋さんが顔色を変える。


「やっぱりあの女敵わね! もうこの状況下だと何が何やら……」

「よければ簡単に説明してくれ」

 日諸さんの要求に綺嬋さんが応える。

「この『イビルスター』に襲撃があったわね。最初は気づかなかったわね……」

 声のトーンを落とす綺嬋さん。


「星さんっていう作家が『イビルスター』のギルド長だったわね。我々も全幅の信頼を置いていたわね。でもそんな方が……偽物だったわね」

「『模倣型エディター』か」

 飯田さんの言葉に綺嬋さんが頷く。

「これまで確認しているどの『模倣型』よりも精巧な奴だったわね。本物そっくりと言うか、まさに本物と言うか……」


「いつ本物とすり替わったか分かるか?」

 日諸さんが問う。

「分からないわね。でも気づいたのはある女性作家さんだったわね」

 エディター騒動直前くらいから小説を投稿し始めた人わね。

 その言葉に僕はメイルストロムさんを思い出す。あの人みたいな新人さんなのだろうか。


 すると僕の疑問を感じたのか、綺嬋さんが解説を入れてくる。

「アカウント登録自体は騒動前にしていたみたいわね。たまたま作品の投稿が騒動直前だったというだけで……」


「で、その女性作家がさっき俺たちが見た……」

「あの黒ずくめの女性、なんですかね」


 黒ずくめ? 綺嬋さんが目を丸くする。

「偽物の星さんを見破ったのはクララさんという作家わね。イギリスのお屋敷にでもいそうな品のいい感じの女性わね。でも黒ずくめではなかったような……」


「ここで戦っていたならあのドアから出てきた女を見なかったか」

 日諸さんが背後のドアを示す。僕たちが閉じ込められていた『危険物収容所』に続くドア。


「女は見たわね。でも黒ずくめじゃなかったわね」

 首を傾げる綺嬋さん。

「白いファードレスを着ていたわね。その女が作家か『エディター』か判別しかねていたら急に香水みたいなものをかけられて、気づいたら背後に私がいたわね」


「霧状になったものを噴霧してもコピーできるのか」

 飯田さんが困ったような顔をする。

「下手したらさっきのスプリンクラーも危ないじゃないか。どこから来るか分からないし、下手したらもうコピーとられたな……」


「外見が噛み合いません。僕たちが見たのは黒い女性だった。黒じゃないところと言えば、金髪くらい……」

「あ、金髪ではあったわね」

 綺嬋さんが手を打つ。

「もし、液体状の敵だとしたら、自在に外見を変えられるのも納得できるわね」


 すっと、廊下の向こうを見る綺嬋さん。小さな声で告げる。

「あの女、この廊下の奥に行ったわね」

「じゃあのんびりしている場合じゃないな。追いかけ……」

 と、言いかけた飯田さんを、綺嬋さんが制した。


「言ったわね? 私の作品の主人公は『触れた道具を自分の体のように扱える』」

 すたすたと、綺嬋さんが左手の壁に近づく。

「『イビルスター』はSFのギルドわね。こういうのもあるわね」


 取り出してきたのは、大きめのレジャーシートくらいはある透明の板だった。よっこらしょ、と床に置く。

 直後、その板が折り紙のように変形して車型になった。四人乗りのオープンカーのような。もしかして、と思っていると。


「これに乗るわね。基地内の移動は基本的にこういう道具を使うわね」

「やっぱSFだよな、書くべきは」

 飯田さんがにやにやしながら車に乗る。

「こういうガジェット大好き」

「準備はいいわね?」

 運転席、と思しき場所に乗った綺嬋さんがちらりとこちらを振り向く。


「追うわね!」

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