刹那、二人はフロントラインを挟んで

「こいつの正体は?」

 見えない部屋の中で暴れまわる偽「日諸さん」を見つめながら、飯田さん。


「『模倣型エディター』っぽい。だがこれまでのとは随分違うな」

 透明の檻から出られた僕と日諸さんは飯田さんと並んで箱の中の偽物を見つめた。

「とても精巧だな。多分並んだら区別つかないぞ」

 飯田さんの言葉に日諸さんが頷く。

「俺から見ても俺っぽい」


「ひとつ調べてみるか」

 飯田さんが折り畳み傘を取り出す。

「防犯スタンバトン型分析機B.O.N.D.だ。接触した対象の生成分析ができる」

 試しに殴ってみたいんだけどどうすればいいだろうな。つぶやく飯田さんに日諸さんが返す。


「飯田氏、出来れば俺が『カムイ』を使える状態にしたい」

「そうだろうな。どうすればいい?」

「多分……」僕は再び「ハサミ」を取り出す。

「もう一回『カムイ』を切り取ってから、日諸さんに返せばいいんじゃないかな」

 試しに。


〈カムイ〉と書いて切り取ってみる。

 途端に飯田さんから〈カムイ〉が切り取られ、偽「日諸さん」を囲っていた壁がなくなった。自由になった偽物がこちらに突撃してきたが、すぐさま本物の日諸さんが反応した。華麗な体裁きで偽物を押さえ込むと、僕に指示を飛ばしてきた。


「『カムイ』を!」

 僕は〈カムイ〉と「ペン」で綴り、その文字を日諸さんの方に弾いた。文字が日諸さんの中に浸透していくと、日諸さんは手刀を伸ばし偽物の首元につけた。


「動けば切る」

 偽物が大人しくなる。

「飯田氏」

「ご苦労」

 飯田さんがB.O.N.D.で偽物の頭をこつんと叩いた。すぐさま折り畳み傘がしゃべる。低くて渋い声だ。


〈『模倣型エディター』ですが新型です。より精巧にコピーできるのと同時に、コピーした作品に出てくる登場人物の能力を全て同時に行使できます。コピーできる作品はひとつまでのようです。複数作品を使える作家、あるいは作品の主人公が元々複数の能力を行使できるという作家にとっては脅威ではありませんが……〉


「日諸さんみたいに登場人物ごとに特性が出ている作家には厄介かもな」

 飯田さんがB.O.N.D.に命令する。

「H.O.L.M.E.S.と連携しろ。弱点や攻略法は?」

 すぐさま眼鏡型端末からH.O.L.M.E.S.が答える。


〈コピーに少々時間がかかる模様です。スライム状の『素体』が対象の全身を覆うことでコピーとしているようです。全身が包まれなければ、おそらく『部分的な』コピーになるのかと〉


「とことん接触を避ければいいんだな。判別方法は?」

〈『カクヨム』フィールド内に生成されたウィルスですので、VR装置を通じてのフィードバックがありません。つまり体温という尺度が存在しないため、熱感知をすればどちらが偽物かは判別できるかと〉

「なるほどな。飯田氏のH.O.L.M.E.S.が頼りだ」

 うつむく日諸さんとは対照的に、飯田さんが顔を上げる。

「で、こいつを『デリート』するには?」

〈スライム状の敵でコアがありません。おそらく徹底的に破壊すればよいのでしょうが手間がかかります。『ペン』を用いた校正記号を使うことを推奨します〉


「物書きボーイの出番か」

 飯田さんが顎でくいっと偽物を指す。

「校正記号。分かるな?」

 分かる。『寄生型エディター』戦。敵だったエディが出してきた巨大な岩石を「バツ」を書くことで削除した。あれをすればいいのか。


 偽物に近づき、「ペン」で「バツ」を書く。直後、日諸さんに組み敷かれていた偽物が霧のように消えた。立ち上がる日諸さん。


「さて、どうする飯田氏」

 日諸さんが室内にある二カ所のドアを見る。

「飯田氏が来た方には何があった?」

「何も。機械室みたいなところだった。いくつかH.O.L.M.E.S.に弄らせたけど特に収穫はなし。ただここはどうやら『イビルスター』の中らしい。言われなくても分かるか」

 すると飯田さんはポケットから薄いカードのような端末を取り出すと一振りした。途端に立体映像が浮かび上がる。見た感じ……球体のダンジョン。


「『イビルスター』内部だ。H.O.L.M.E.S.に可能な限り探知させた。僕がいたのはここだ」

 飯田さんが球体の一か所を指差す。そこからドアが繋がって……どうやら僕たちのいたところに続くらしい。僕の視線を感知して、立体映像の中に『危険物収容所』という文字が浮かんでくる。


「察するに君たちを閉じ込めていた透明の壁はエネルギーの暴発を防ぐ壁だな。『カムイ』が効かないわけだ。で、このドアの先が……」


 立体映像の中。僕たちがいる部屋の先。あの「女」が消えていったドア。

 その向こうには長い廊下が続いていた。その廊下はまるで蟻の巣のように上下左右に入り組んでいて、左右はともかく上下はどうやって移動するんだと思ったのだが、しかし『イビルスター』基地内の各所に繋がる廊下であることは間違いないようだった。飯田さんが続ける。


「『イビルスター』は球形をしている。で、あのドア……僕が出てきた方じゃない方のドア……の向こうには、見ての通り廊下。この廊下を、脇道を気にせず直進すると、ぐるりと回って僕がいた部屋に辿り着く」


 なるほどそのようだった。道は入り組んでいるが直進すれば一周してこの部屋に戻ってくる。


「……となるとあの女はどこに?」

「女」というワードに首を傾げる飯田さんに、日諸さんが簡単に事情を説明する。するとH.O.L.M.E.S.が返してくる。

〈敵『エディター』の本体である可能性が高いです〉

 飯田さんが首肯する。

「同感だな。その女を叩く必要があるらしい。で、だ。僕がいた部屋にもドアが二つあったんだが……」


 立体映像の中を示す飯田さん。

「片方のドアは開かなかった。そのドアの向こうに何があるかH.O.L.M.E.S.に探知させたところ、どうやら『イビルスター』基地の深部に繋がる廊下があるらしい。のえるさんが言っていたんだが、この『イビルスター』の進路を変えるか爆破するかしないと数時間後に『カクヨム』フィールドは……」

 沈黙した。言われなくても分かる。


「となると、遠回りだが飯田氏のいた部屋の向こう側を目指して基地内をぐるりと一周する他にないんだな?」

「そうなる」

「他の作家さんたちはいないんでしょうか? ビッグスリーの皆さんもあのトラクタービームみたいなのに吸い込まれていたと思うんですけど……」


「どこかにいるかもな」

 もしかしたら君たちみたいに囚われているかもしれない。つぶやく飯田さんに日諸さんが続く。

「『イビルスター』のギルド員である作家もいるだろうしな。各地で作家と連携して、基地最深部を目指すしかない」


「じゃ、早速あのドアの向こうに行くとして……」

 三人で、女の消えたドアの方を見る。

「あの先に何がいるか気になるよな」

「なる」

 三人でゆっくりドアに近づく。

「H.O.L.M.E.S.、ドアの向こうは感知できるか?」

〈分析中……〉


 少しの間の後、すぐに。


〈熱反応のある対象と熱反応のない対象とを確認。双方戦闘しています。おそらく片方は作家でもう片方は『エディター』です〉


「早速お仲間が加わりそうだ」

 飯田さんがB.O.N.D.とM.A.P.L.E.を準備する。日諸さんも「カムイ」を使えるよう身構えた。僕も「ペン」を構える。


「開けるぞ」

 飯田さんがドアの横のパネルに触れた。途端にドアが開く。


 直後、銃声が聞こえてきた。咄嗟に床に這いつくばる。日諸さんが立ち上がり、「カムイ」で盾を形成した。


「守りは任せろ。敵の確認を頼む!」

「オーケー」

 飯田さんが立ち上がる。H.O.L.M.E.S.に指を這わせ銃声のした方を見据えた。僕も立ち上がって飯田さんの見つめた先に目をやる。


 無機質な電灯が照らす、白い廊下。

 壁がところどころ破壊され、瓦礫が障壁を作っている。

 障壁の後ろから銃撃をする人影。

 鋭い爪のようなものを振るう影。

 二つ影があった。銃撃をする方の人影は紫色の髪の毛をしていて、爪を振るっている方の影は黒毛の獣型だった。銃撃をしている方はおよそ人間らしい動きをしているとして、どうも獣型の方が様子がおかしい。野性的だが、どこか機械的でもあり……? 


「急に出てきてびっくりわね!」

 甲高い声。だがどこか少年っぽい。つまりはどうも性別的には男性っぽいのだが、見た目は紫色の髪をした女の子だ。そんな子が随分と立派な銃を構えて……爪を振るう影に何度も弾丸を浴びせている。しかし放たれた銃弾は全て野獣の爪に挟まれ、弾かれ、無効化される。野獣の方も攻撃を仕掛けているのだが、どうにも紫色の子には当たらない。ギリギリのところでかわされている。


「どっちが『エディター』だ?」

 日諸さんの問いに飯田さんが答える。

「怪獣みたいな方」

 すぐさま日諸さんが拳を構える。

「助太刀するか?」

「いや、察するに紫の髪の子、『イビルスター』の作家だ。能力が分からない」

「でも助けないとまずそうですよ?」


 などと僕たちが話し合っている間に、紫の子が銃撃をしながら僕たちと獣との間に滑り込み、すっと庇うように手を広げた。振り返りもせずに、告げてくる。


綺嬋ちーちゃん!」

「ちーちゃん?」

 僕が鸚鵡返しをすると紫の男の子(?)が答えた。

「私の名前わね!」

「ついでにそこの猫のお化けみたいな奴の名前も聞いていいか」

 飯田さんの言葉に綺嬋さんが返す。

「あいつも私わね!」

「なるほどな」日諸さんが一歩前に出る。


「あいつも『模倣型エディター』か」


 などというつぶやきにも耳を貸さず、綺嬋さんが駆け出す。瓦礫に身を隠しながらの銃撃。身動きは華麗だが獣の方が速い。飛んでくる銃弾を水滴でも払うかのように弾き飛ばす。


「なかなか厄介そうな作家だな。おうい、タイトル。タイトル教えてくれ」

 飯田さんが綺嬋さんに叫ぶ。すると紫の彼が返す。


「『今宵二人は、レッドゾーンを超えて』……!」

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