招集、及び混迷。
コレクション
乗り心地は、とてもよかった。
綺嬋さんの運転が上手い。いや、もしかするとこれも作品の能力で今乗っている透明の車を手足のように動かしているだけなのかもしれないが、本当に乗り物に乗っているストレスが一切ない。かなりの速度は出ているのだが揺れが少ないし加速も減速もスムーズだから本当に滑るように移動する。途中、脇道がいくつもあったがどうやら無視していいもののようで、綺嬋さんは安全の確認のため減速することはあったが止まりはしなかった。透明の車もどき、は流れるようにして『イビルスター』の奥へと進んだ。
「『エディター』騒動の後すぐ、我々は結集し、『エディター』の討伐を始めたわね。SFジャンルが好きな作家というだけあって、機械やプログラミングに詳しい作家もいて『カクヨム』がフィールド全体を闘技場設定にする前から早くも『エディター』をプログラムで攻撃していた作家もいたわね」
運転しながらつぶやく綺嬋さん。僕たちは黙ってその話を聞く。
「『イビルスター』、なんて名前も後から勝手についたわね。我々が名乗ったことはほとんどなくて、余所の作家たちが勝手に呼んでいるのをもらってきた感じわよ」
「名前の由来とかってあるんですか?」
僕の質問に綺嬋さんがちらりとこちらを見る。
「基地の雰囲気がスターウォーズの『デススター』みたいだから、というのが主な理由らしいわね。この基地を作った作家さんもスターウォーズ趣味があったみたいで特に拒みもしなかったから名乗ることになったわよ」
「そのデススターが今真っ逆さまに落ちているんだ」
日諸さんがつぶやくと、綺嬋さんがびっくりしたような顔をした。
「落ちてる? 落ちてるってこの基地がわね?」
「ゆっくり降下している。『カクヨム』フィールドに向かって。このままだと激突する」
飯田さんの冷静な言葉にまたも綺嬋さんはびっくりした。
「それ本気で言ってるわね? ギルド長がやられたとは言え、この基地は何重にもセキュリティが敷かれているわよ。基地のコントロール権が奪われているとは思えないわね」
「基地から大量の『エディター』が出てきて『カクヨム』フィールドに降っているのは?」
飯田さんが眼鏡を外して胸ポケットに入れる。それから、トランプのカードのような薄い端末を取り出して一振りする。即座に立体映像が立ち上がる。
「イビルスター」の基地から降り注ぐ、大量の『エディター』の映像だった。ちらりと一瞥した綺嬋さんがつぶやく。
「……こんなことになってるなんて知らなかったわね」
「『イビルスター』的にはどういう状況だと認識していたんだ?」
日諸さんがそう訊ねながら脚を組む。
「基地内に『エディター』が大量発生しているという認識わね。ギルド長が偽物で、内部から手引きをして基地内に『模倣型エディター』を呼び込みまくったという認識わよ。九十%近くの作家がコピーをとられて偽物に苦しんでいるわね。どの作家が本物か分からないからみんな疑心暗鬼わよ。外部の作家が事態の収束に向けて助力してくれるらしいけど詳しいことは知らないわね」
外部の作家、に心当たりがあった。日諸さんも、そして飯田さんもそのようである。代表して日諸さんが訊ねる。
「その外部の作家、というのは?」
綺嬋さんが答える。
「六畳のえるとか言う……」
飯田さんと日諸さんが目を合わせる。あの、のえるさんだ……。
「彼は副ギルド長と話すと救援を呼ぶために地上に降りたわよ。ただその時に攻防があって、敗退した我々はトラクタービームの権限を奪われてしまったわね。それで基地外のそこかしこからオブジェクトが吸収されて、今基地内は『模倣型エディター』に加えて『謎の転送物』もあっててんやわんやわね」
あんたたち、何者わね?
綺嬋さんの言葉に僕たちは曖昧な目線を合わせる。
「のえるさんの伝手の者だ」
日諸さんがつぶやく。
「ある意味じゃ『救援部隊』だ。この基地へのアクセスは不本意だったけどな。多分、他にも仲間が運び込まれている。のえるさんが運び込まれるところも見た」
「のえるさんと副ギルド長がどういう話をしたのか知らないのか」
飯田さんの問いに綺嬋さんが答える。
「私は現場班に割り振られたわね。ブレーンの方がどういう決定を下したのかまでは知らないし知る必要もないわよ」
言っとくけど、と綺嬋さんがハンドルに置いた指を立てる。
「私は『イビルスター』の『シゴワ』わね」
「何ですかそれ」
「『ジェダイの騎士』みたいなノリわよ。言っちゃえば『イビルスター』の中でも力のある作家わね」
「『円卓の騎士』みたいなものか」
飯田さんがつまらなそうにつぶやく。
「最初から強い作家が味方にいてくれるのは心強い」
「『イビルスター』は割と作家の自由を重んじるギルドだったから、『シゴワ』の他にも色々な言い方が存在するわね。『銀河神風隊局長』とか『SLOW一番隊隊長』とか『赤い彗星』とか……」
最後のは著作権的にいかんし特定の一人しか指してないだろ。そうは思ったが口にしない。
「呼び方が統一されてないとしんどくないですか……?」
僕の問いに綺嬋さんは笑う。
「共通の対象を指していることは何となく分かるわね。逆に言うとそれ以外の単語は厳格に定義されているから『訳の分からん単語=ギルドトップ作家たち』くらいの認識はあるわよ」
それにしても今の基地落下の話はちょっと気になるわね。
と、綺嬋さんがハンドルを握っていた手の片方を前方にかざした。途端に四角い窓のようなディスプレイが表示される。
「こちら綺嬋。ADAMブロックのA7エリアにいた『エディター』と交戦したわね。その際に『救援部隊』を名乗る外部の作家を三人確保。のえるとかいう作家の件もあるから一度面を通しておきたいわね。あと耳に入れておきたい情報もあるわよ。今からそちらに向かうわね」
するとディスプレイから低い男性の声が聞こえてきた。
「次のセキュリティをパスせよ」
途端に、僕たちの走っている廊下が赤く染まった。ライトが白色系から暖色系に変わったのだ。
「ちょっと揺れるわよ」
綺嬋さん。と言った直後に右に急ハンドル。僕たちは遠心力で左側に投げ出されそうになった。思わず大きな声が出る。
「な、な、何を……」
慌てる僕に綺嬋さんは申し訳なさそうに応えた。
「少し変わった軌跡認証わね。一定のルートを通らないと彼の元にはたどり着けない仕様わよ」
「それって……」再び右に急ハンドル。
「どんな……」左に急ハンドル。
「ルート……」不意に百八十度回転。ジェットコースターのようにがんがん振り回される。こんなの映画でしか見たことないぞ。
「アクセスを試みる作家の頭に信号が送られてくるわね。その信号を解読しないとルートは分からないようになっているわよ。解読には五段階の復号を試みないといけないことになっているわね。しかもルートはアクセスがある度に変わるわね。同じルートは絶対通らないわよ」
「完全にやり過ぎだと思うんだが……」
揺さぶられるのに必死に耐えながら、日諸さん。
「同感」
飯田さん。彼は振り回されるがまま、体をあちこちにぶつけている。
「もう少しで終わるわね。我慢するわよ」
まるで洗濯機の中に入れられたかのようだった。右に左に真後ろに。ほとんど絶叫マシンだった。何か起こる度に何かしらの悲鳴を上げていたと思う。
そんな嵐のような道中を経て僕たちは、広い空間に辿り着いた。薄暗い……というかほぼ真っ暗だ。空間の割に照明が少ないから足下しか見えない。しばらく走ってから、ゆっくり速度を落とす綺嬋さん。停車。僕たちの心も停車する。
荒い息を整える。心臓を吐き出しそうだ。日諸さんも飯田さんもミキサーに入れられたかのような表情。顔のパーツが吹っ飛んでいきそう。飯田さんに至っては首があらぬ方向に曲がっているような気さえする。いや、僕の首が曲がっているのか……? あれ、日諸さんも……? もう訳が分からない。
気持ちを落ち着かせる意味も込めて一度周囲を見渡す。白い床。でかい壁。少ない照明。奇妙な形をした柱が正面にいくつか。
ん? 柱?
いや、これは……?
大きな……足?
見上げる。
その先に見えたのは……。
呼吸が止まる。脳の中に天使の梯子が下りたかのようだった。
ロボットだ。目の前のこれ、ロボットの足だ。
赤い爪先。巨大な鉄の塊みたいな踵。大型トラックのタイヤみたいなジョイント。それで接続された足首。さらにその先にくっついている、ごつごつと武骨な脚……!
さっきとは別の意味で心臓の鼓動が速くなる。やばい。こういうの好きな男子、多いんじゃないかなぁ……!
ここはおそらく
と、唐突に僕たちの前方、停められた車の正面に、ホログラムが立ち上がった。メカメカした眼帯で左目を覆った、何だか仰々しい軍服を着ている男性の映像。
綺嬋さんが映像を示した。
「紹介するわね。副ギルド長こと『シゴワ』最高峰、ちありやさんわよ」
「諸君、我が
ちありやさん、と呼ばれた眼帯の男が両手を広げる。
「歓迎するよ。良ければ我がコレクションを見てくれ」
途端に、薄かった明かりが、一気に強くなる。
目がくらむ。でも、目の前に広がる。
大量のロボット。五十機はあるんじゃないだろうか。
全て壁際に一列に並べられている。
脇には整備用と思しき足場が組まれている。
動力源に繋がっているような大きなコードがいくつも。
そして反対の壁には巨大な銃が並んでいる。
形状から、
他にも武器がいっぱい。
あれはビームサーベル?
あれはククリナイフ?
あれはウィップ?
あれはシールド?
およそ男子の夢と思しきものが全て詰まっていた。
さっきまでの脳みそシェイクはどこへやら。頭の中が興奮で真っ赤だった。
僕が熱のこもった目を正面に向けると、ホログラムのちありやさんと目が合った。彼が微笑む。
「気に入ってもらえて嬉しいよ」
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