止まれ止まれ止まれ止まれ……

「飯田氏!」

 日諸さんが叫んだ。だが遅かった。


 飯田さんの動きより「日諸さん」の動きの方が速かった。ドアから少しだけ伸びていた飯田さんの首が、蹴鞠のように飛んだ。


 思わず目を覆う。慣れない。人が傷つく場面は、色々な戦闘に参加しても、作戦に従事しても、やっぱり、慣れない。


 恐る恐る指の隙間から「日諸さん」を見た時、僕は彼の手刀が綺麗に伸びているのを見た。鋭利な触手のように見えたそれは、やはり飯田さんの首を的確に撥ねていた。


 しかし。


 撥ね飛ばされた飯田さんの首が、床の上で消えた。入り口から覗いていた体もすっと消える。コピーの「日諸さん」が慌てた様子で周囲を見渡す……。


「サプラーイズ」

 どこかから飯田さんの声。

「……どっちが驚いたのかはさておき」


 と、その声を合図にしたかのように、部屋の各所に「飯田さん」が現れた。あのいやらしいニヤニヤ顔が、計六体……。


 日諸さん……僕の側にいる方……がホッとした顔をする。


「さすが飯田氏」

 不用心に顔を出すような奴じゃなかったな。日諸さんはそうつぶやいてから手刀を構える。

「こっちもこの壁の破壊を試みる! 飯田氏はその『俺』を……」


 しかし言い終わるのより先に「日諸さん」が動いた。

 六体いる飯田さんは完全に無視して、部屋の一角に突進する。次の瞬間、日諸さんの手刀が空間を切り裂いた……と思うと、そこから七人目の飯田さんが出てきた。今度こそ、ひどく慌てた様子で。


「量子ステルスブランケット見破るなんてありか?」叫ぶ飯田さん。

「何ですかあれ」僕の質問に日諸さんが答える。

「透明マント。あれやりたい放題なんだよな……」


 しかしのんびりしたこちら側とは対照的に一気に危機的状況に陥った飯田さんは慌てて撤退を試みる。


「おかしいだろ。日諸さんに索敵能力は……あるな」飯田さん。

「あるんですか?」またも僕の問いに日諸さんが答える。

「『カムイ』で探知はできる。でも……」


「例えば『タケキ』と『リザ』同時行使はできないよなぁ?」

 飯田さんが床を転がりながら訊ねる。日諸さんが応じる。

「できない! 俺に限らず基本的に作家は『登場人物の切り替え』はできるが『登場人物同時行使』はできないはずだ!」


 僕は「カクヨム」の規約を思い出す。確かに、PVが増えれば能力行使の選択肢は増えるが同時行使ができるとは書いていない。


 こちら側の日諸さんが目に見えて焦る。

「何か様子がおかしい……!」

「H.O.L.M.E.S.!」

 飯田さんの声に穏やかな声が応じる。

〈分析完了しました〉

「新手の『エディター』か?」

〈『模倣型』の新型です〉

「特徴は?」

〈作家をコピーします。その際に作品を読み込んでいます。作品に出てくる登場人物の能力を複数同時に行使できるようです〉

「つまり『タケキ』と『リザ』が同時に使えるんだな?」

 サプラーイズ。こんな時でも彼はふざける。


 飯田さんは何とか体勢を立て直すと、眼鏡型端末に指を這わせH.O.L.M.E.S.に指示した。


「ホログラムにシャドーイングさせろ!」

「ホログラム?」あの何体も出てきている飯田さんのことか? するとまたしても日諸さんが答える。

「7Dホログラムって言って、触ったり嗅いだりできる虚像なんだけど……テントウムシ型のブローチから立ち上がるんだ」


 部屋の各所に立つ飯田さんの足下を見る。確かに小さなボール状のロボットがいる。ははぁ。言っちゃえば影分身か。その分身にシャドーイング、つまり本体と同じような動作をさせろ、ということは、簡単に言えばただの目くらましだ。


 しかしまたしても。


「日諸さん」はどの飯田さんにも惑わされることなく真っ直ぐ一体の飯田さん目掛けて突進した。手刀から陽炎のような何か。命を刈り取る揺らめきだった。


〈危険です!〉

 女性の声。M.A.P.L.E.の声だ。即座に、閃光フラッシュがたかれた。一瞬視界がホワイトアウトする。


 気づけば飯田さんの腕時計、M.A.P.L.E.はパワードグローブモードに切り替わっていた。続けざまに音響ソニック。敵の「日諸さん」が一瞬たじろぐ。


〈単純な接近戦では勝てません!〉

 M.A.P.L.E.の声。飯田さんが答える。

「奇遇だな。僕もそう思った」

 行動パターンを分析しろ! 飯田さんがM.A.P.L.E.を掲げて叫ぶ。即座に、パワードグローブの掌からレーザー光が射出される。

〈分析中……〉


 閃光フラッシュ音響ソニックにたじろいだ「日諸さん」が体勢を立て直し再び突進してくる。


〈分析完了。反映します〉

「ご苦労」


 その言葉とほとんど同時に、「日諸さん」の刃が飯田さんを狙って振り払われた。手刀。刹那の一振り。しかし、その神速とも言える速度に対して。


 飯田さんが反応した。あんたそんなに動けたのか、と言いたくなるような速度で間合いを詰めると、両手で「日諸さん」の手刀……つまり腕を丸ごと……受け止めた。そのままの勢いで肩にパワードグローブを添え、握る。


 強化された握力での握りつぶし。敵「日諸さん」が一瞬顔を歪める。


「あの人あんなに動けたんですか?」

「多分『筋力強化インナー』と『ブーストシューズ』を使ってる」

「何ですかそれ」

「電気信号を送れる下着と靴。外側から無理矢理電気で筋肉を動かして常人の三倍くらいの運動能力を発揮させるんだけど……」


「うわったったった……」

 バネが壊れたロボットのような動きで飯田さんが跳ねまわる。どうやら本人にも使いこなせていないようだ。


「H.O.L.M.E.S.がM.A.P.L.E.の分析結果を反映させてインナーと靴に指示を送るから、とりあえず常人の三倍は動ける。でも……」


「日諸さん」が飯田さんの前に先回りする。駄目だ。読まれてる。飯田さんの身体強化より日諸さんの作品の方が上なんだ。飯田さんが三倍だとしたら日諸さんは十倍以上動ける……。


 しかし飯田さんもやられっぱなしではないようだ。腰の辺りから細い何か……折り畳み傘か……を取り出すと、思いっきり「日諸さん」に叩きつけた。ゴムが弾けるような音。スタンバトン? 


 強い電撃を受け「日諸さん」が再びたじろぐ。飯田さんの追撃。傘を開くと先端から赤い霧が吹き出た。トウガラシスプレー? 


 連続の攻撃に「日諸さん」が思わず顔を背けた。その隙を見逃さない。


 右手で「日諸さん」の左腕を弾いた飯田さん。そのままM.A.P.L.E.で武装している左掌を、「日諸さん」の胸に叩き込んだ。すぐに叫ぶ。


「H.O.L.M.E.S.、M.A.P.L.E.と連携しろ! 電気ショックだ!」

 再び弾ける音。「日諸さん」が大きく仰け反って倒れる。飯田さんがそのまま「日諸さん」を床に押さえ込み、左手を胸に押しつけながら、叫ぶ。


「繰り返せ!」


 飯田さんのM.A.P.L.E.の下で、「日諸さん」が水から揚げられた鯉のように何度も何度も跳ねる……連続で心臓コアに電気ショックだ。


「止まれ止まれ止まれ止まれ……」


 その間もこちら側の日諸さんは何度も透明の壁に「カムイ」を叩きこむのだが、一向に壊れる気配はない。日諸さんが叫ぶ。


「飯田氏! 飯田氏の能力じゃ無理だ! 逃げてくれ!」

「そうか。じゃあお言葉に甘えて」


 最後に強めの一撃をお見舞いした飯田さんは飛び退くようにして身を引く。敵の「日諸さん」が陽炎を纏った腕を振り払う。


「おい、物書きボーイサボってるんじゃないか? 何とかしろこいつ」


 透明の壁越しとは言え張り倒したくなるようなことを平然と言ってくる。しかしこの場で何もしていないのは僕だけだ。日諸さんは壁を壊そうとしている。飯田さんは「日諸さん」を押さえ込もうとしている。僕は……僕は……。


 何とかしなくちゃ。


「持ち物」を確認する。持っているのは、メロウ+さんから預かった魔法の絨毯用の石が少し。それと「ペン」。もちろん「虫眼鏡」。それから……。


 それから。


 僕は自分の掌を見る。

 これがあった。


「ハサミ」……。

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