制圧、及び拉致。

魔法と科学はそんなに違わない

「どうする? 戦う意志がないんだろう?」

 のえるさんが幕画ふぃんさんと亜未田久志さんを示す。しかしすぐに二人が返す。

「意志はある。ただ作家が敵に回ると……」


「そういう時は助け合おう。大丈夫だよ。みんないるから」

 加藤さんがぐっと拳を握る。

「『エディター』相手なら戦えるんでしょ。マインドコントロールばかりが敵じゃないよ。さっきみたいに単純なミサイルとか、ビームソードとか、来るかもしれないし」


「力になりたいとは、思う」

 亜未田久志さんが唇を噛みしめた。

「だがすまない。やはり罪の意識が抜けない」


「自分と向き合って」

 すずめさんが優しく告げた。

「きっと何か見つけられるから」


 飯田さんが周囲を見渡してつぶやく。

「H.O.L.M.E.S.、周囲に援助が必要なアカウントは?」

 すぐに報告が返ってくる。

〈四時の方角。無頼チャイ様が苦戦している模様です。笛吹ヒサコ様と時雨様が援護に向かっていますが、我々の方が近いです〉


「ミスターメルヘンがピンチか。確かあいつ聞いたところによれば心理戦仕掛けるタイプだったよな?」

「『嘘に引っかけた数だけ狼を召喚できる』という能力がありました。他にも色々ありましたけど……竹を生やすとか。火の玉をぶつけるとか」


「敵が機械系なら嘘は意味ないし、竹や火の玉で何とかなる感じでもないしなぁ」

 この絨毯修復できるか? と飯田さんに訊かれたので、僕は穴の開いた絨毯に修復のテキストファイルをぶつけて直す。


「向かおう。ここにも敵が集まってきた」

 のえるさんの発言で周りを見渡す。確かに重たい足音がいくつも聞こえてきた。長居は禁物だろう。


「ここに私残ろうか」

 加藤さんがメイスで肩を叩きながら歩き出す。

「亜未田久志さんと幕画ふぃんさん援護して。マインドコントロール系が出たら、私が真っ先に叩くから」


「伊織姉様がコントロールされたらどうするんだよ」

 飯田さんの問いに加藤さんが笑った。

「なめないでよ」

 しかし飯田さんは缶バッジ型防犯グッズM.C.G.U.R.K.を渡す。

「H.O.L.M.E.S.と連携させておく。何かあったら呼んでくれ」


 加藤さんと亜未田久志さん、幕画ふぃんさんを残し、他の面々は絨毯に乗る。

「無頼チャイさんの援護へ!」

 すずめさんの一声で僕たちは飛んでいった。H.O.L.M.E.S.の示す、無頼チャイさんのいるところへ。



「『ジャック』……ヒィーホォー!」

 火炎球が爆ぜた。霧の中が一瞬明るくなる。無頼チャイさんだ。戦っている。しかし相手にしている敵は……。


 巨大な、ロボット。

 拳だけでドラム缶ひとつくらいはありそうだった。頑丈そうな装甲。特殊な合金なのだろうか? 不思議な輝きを放っている。手には……ライフル式の光線銃。


 幾筋かの閃光。敵が狙撃しているのだ。無頼チャイさんは『ピーターパン』の能力で浮遊してそれをかわしているようだが……。


「『ジャック』……ヒィーホォー!」


 再び火炎球。煙が立ち込め、一瞬ロボットが見えなくなったが……。


 機械音。一歩一歩前進している。止まる気配はない。


「敵の攻撃はかわせるが、こっちの攻撃も効かない……膠着状態だな」

 のえるさんの一言に、飯田さんが戦局を見つめて返す。

「そもそも魔法って、『漠然とエネルギーぶつけました』みたいな攻撃が多いから、重厚な装備を持つSF系の敵には不向きなのかもな……」


 と、砂漠さんがつぶやく。

「私が『~ない』系で強引に優勢にしてもいいけど……」

 しかしそこですずめさんが片手を上げた。メットの中の口元は微笑んでいる。彼女の視線の先……濃い霧の中を、何やら大きな筒状のものがトコトコと近づいてきていた。あれは……砲台? 


「よいしょ、よいしょ」

 霧の彼方から姿を現した人物。それは鎧のようなパワードスーツに身を包んだ、ヒサ姉こと笛吹ヒサコさんだった。両手で肩に金属の筒を担いでいる。


 スチームパンク! ヒサ姉の作品は魔法と機械が融合した世界の作品だ。もしかしたらSFとの相性は……いい? 

 しかし彼女が担いでいる大きな筒……いや、細い筒がいくつも束ねられている……あれは……? 


「狙い、ばっちりです!」

 霧の彼方から声。姿は見えないけれどおそらく「King Arthur」の時雨さんの声だ。するとヒサ姉がどすんと大筒を地面に置き、土台のようなものを下に噛ませ、筒の先端を敵のロボットに向けた。


「回すよー」

 ヒサ姉が筒の中腹にあった箱のようなものに手を当てる。すると、束ねられた筒がぐるぐると回転し始めた。


「撃ちます!」

 時雨さんの声。すぐさま、連続した爆発音が響き渡った。

「が、ガトリング……?」

 あまりの音響に耳を塞ぎながら僕は訊ねる。するとすずめさんがホバリングしながら答えてくれた。


「魔力をコントロールしてオルゴールを回す、っていう場面が『いかカノ』に出てくるからね……その応用かな。銃身を回転させて、後は狙撃手に撃ってもらって」


 雨霰と撃ちつけられる銃撃に、敵巨大ロボットの装甲がみるみる破壊されていく。敵も光線銃で応戦しようとするが、無頼チャイさんがすぐさま叫ぶ。


「『織姫』っ」

 敵銃器の真下から竹群が発生し、銃口を上に弾きあげた。無意味な光線が天に向かって放たれる。その間もヒサ姉と時雨さんのガトリングガンが敵を襲い続け、敵はどんどん惨めな鉄塊と化していった。


「物理攻撃に訴えればよかったのですね! では……『フック海賊団パイレーツ』ッ!」


 と、無頼チャイさんが唱えた直後、霧の彼方から怒号が聞こえてきた。揃いも揃って男性の、それもならず者らしい雄叫びばかり。紳士然としている無頼チャイさんには似つかわしくない、実に品のなさそうな連中が集まってきたが、彼らに向かって無頼チャイさんは叫ぶ。


「砲撃ッ!」

「聞いたか野郎共ッ! 砲撃ぃ!」


 パイレーツ。海賊、だからだろう。

 大砲にラッパ銃、マスケット銃での一斉射撃が行われた。どれほどの威力があるのかは疑問だが、少なくとも大砲の攻撃は敵ロボットの膝を砕いた。バランスを崩した上体に、叩き込むようにヒサ姉と時雨さんがガトリングを撃ち込む。


 ある程度敵の装甲が崩れたところで、時雨さんが飛び上がった。手を構える。魔法だ。パーカーのフードがふわりと揺れる。

「探知します……!」

「はーい」

 それに続くようにヒサ姉が走り出す。鈍重、とは言え、パワードスーツで強化されている分、力強い足取り。


 すぐさま時雨さんが叫んだ。

「見つけました! 背面上部、首筋のラインに動力源があります!」

「おっけぇ」

 ヒサ姉は無頼チャイさんが生やした竹群から一本の竹をへし折り、竹槍のようにした。ギシギシと、ヒサ姉の着ている鎧が軋みながら作動する。強化された脚力を使って大きく跳びあがったヒサ姉は、手にしていた竹槍を構えるとちらりと下を見た。


「あれだねぇ」

 膝をついているロボットの背面。首筋に見えたボックス装置のダクト部分に、ヒサ姉は一息に竹槍を突っ込んだ。決着は一瞬でついた。


 火花の散るような微かな音が聞こえたかと思うと、膝をついていたロボットの体に力がなくなった。そのまま大きな音を立てて倒れ込む。ガトリングや大砲で破壊された装甲の屑の中に、巨躯が沈んでいく。そのまま消し炭のように消えていく……『エディター』の最期だ。


 ガトリング砲の周辺に集まっていた海賊たちの怒号。勝利の雄叫び。無頼チャイさんがパチンと指を鳴らすと、海賊たちは叫びながらも姿を消していった。しばしの間、静寂。


「よっこらせ」

 ヒサ姉がガトリング砲の元に駆け寄り、再び担ぎ上げる。どうやらこの遺跡群での戦闘をあれひとつで戦い抜くつもりらしい。時雨さんもヒサ姉の後に続いて歩き出す。鎧姿のスチームパンクレディと、パーカー姿の女子高生。妙なバランスだ。


「……あのガトリング砲って、魔法なんですか、科学なんですか?」

 特殊な機構を用いた銃器なのだから科学、とも取れそうだが、すずめさんの言うところによると魔力をコントロールして機構を動かしているようだし、魔法のようにも……? 


 すると僕の疑問に答えるように、すずめさんが笑う。

「魔法と科学は、そんなに違わないよ。結局は人の『あんなこといいな』だから」


 それを言い出したら元も子もない気も……とはいえ。


 無頼チャイさんのピンチは脱した。他のアカウントを助けに行かなければ。


「よいしょ、よいしょ」

 如何にも重たそうな、ガトリング砲の砲台を担いで。

 ヒサ姉が歩いて行った。その後に続く時雨さん。無頼チャイさんも彼女たちと行動を共にした方がいいと踏んだのだろう。シルクハットに手をやりこちらに一礼すると、そのまま霧の彼方へ飛んでいった。飯田さんがH.O.L.M.E.S.に訊ねる。


「援助の必要なアカウントは?」

〈六時の方角にいます。諏訪井加奈様です〉

「じゃ、行くか」


 僕たちも絨毯に乗って動き出した。濃い霧の中を、一直線に飛んでいく……。

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