蟲
霧の中を進んでいくと、地面の色が変わっている箇所を見つけた。目を凝らす。絨毯だ。僕たちが乗っているのと同じ。でもこちらは、ズタズタになっている。攻撃を……?
直後、十メートル先の地面が爆ぜた。それも連続で。爆発の波が一直線になってこちらに来る。やばい、掃射だ。そう思った次の瞬間。
何かが飛び上がって頭上の何かを破壊した。落下してくる何か。地面にぶつかる衝撃と砂埃に僕たちは頭を覆った。掃射の波が止まった。発射元が叩かれたのだ。
「……お怪我は?」
顔を上げる。霧の中に立ち尽くしていた童子。兎蛍さんだった。
右手には何かの基盤といくつかのコード。落下したのはどうやら戦闘機か何かの一部らしかった。嘘だろ……戦闘機素手で破壊したのかよ……。
「絨毯に乗って移動していたら空爆を受けました。この辺り一帯に複数の戦闘機がいます。僕と佐倉とおたくの諏訪井さんとで対応していますが、なかなか数が減らな……」
と、再び掃射。爆発の波が一直線にこちらに来る。今度はすずめさんが反応した。霧の彼方に向かって、グレネードを一発。爆発。四散した戦闘機が音を立てて落下してくる。
「いくついる?」
のえるさんの問いに兎蛍さんが答える。
「捕捉できてません! この状況下ですから」
「H.O.L.M.E.S.!」
飯田さんが叫ぶ。
「敵を捕捉しろ。何機いる?」
するとH.O.L.M.E.S.がすぐに答えた。
〈七機……十機……十四機……〉
飯田さんが慌てる。
「待て待て。増えてるのか? 三人で対応していて、今も二機撃ち落としたのに?」
と、霧の向こうからアカウントが一人走ってきた。帽子姿のアカウント。佐倉さんだ。
「『イクシード』に引っかかりがあると思ったら……皆さん」
帽子を脱いで頭をぺたりと撫でる佐倉さん。状況を報告してくる。
「どうやら『参照型エディター』です。参照しているのは『機械に巣食う蟲とそれを撃退する遊撃軍』という設定の物語のようです。戦闘機は遊撃軍、そして増える敵は……」
と、佐倉さんの言葉を待たず、地面に落下していた戦闘機の一部が動き出す。
破壊された断面。そこが蟲の複眼のような多面体に侵食されている。多面体が脈打つ。心臓のように。不規則で、でもどこか機械的な、気味の悪い動きをする、確かに蟲の死骸のような、機械の残骸だった。
「撃墜した傍から蟲に支配されてどんどん敵が増えます! でも撃墜しないと戦闘機がレーダーでこちらを捕捉して一方的に攻撃してきますし、霧も意味がないというか、このまま戦局を展開されたら、他の作家も……」
「みんなこちらに攻撃できない!」
砂漠さんが叫んだ。途端に鳴り止む銃声。
「……これで一旦は真空状態に……」
と、砂漠さんがつぶやいてすぐ。
音がした。かなりの高い音。稚拙な例えだが「黒板を爪でひっかくような」。頭上から聞こえてくる。僕は顔をしかめながら上空を見上げ、目を凝らした。
よく見てみると、僕たちの周りの霧だけ薄っすら色が濃い。もしかして、これは、僕たちが大きな影に包まれている……?
「あれが蟲たちの本体みたいなんですよ」
兎蛍さんが耳に手を当てる。
「めちゃくちゃ大きいんです。気味が悪い」
僕たちの上空に浮かんでいたもの。
ところどころ棘のような、アンテナのような何かが飛び出た……。
紫色の繭だった。見ようによっては、ずんぐりした毒々しい幼虫。
「……どうも『カクヨム』のプログラムに多少干渉できるくらいに強い敵らしいね」
砂漠さんが絨毯に乗ったまま姿勢を変えた。小さな獣耳を立てている。うるさく感じないのか?
「『マザー……マザー……メザメヨ……メザメヨ……』そう言ってる。私の『~ない』が無効化されてる」
「あの音が言葉に聞こえるんですか?」
のえるさんも長い耳を押さえ込んで不快そうな顔をしている。砂漠さんが答える。
「私の作品のシャロールは『話術』で他の生き物と会話もできるので。あの大きな蟲、マザーっていうのかな。ずっと『メザメヨ』って言ってる。その言葉に呼応して、残骸たちが湧きあがってる」
「あの本体壊せないの?」
すずめさんが訊くと佐倉さんが頭を掻いた。
「さっきから何回かトライしてるんですけど、周りの戦闘機やら残骸から発生した蟲たちやらが邪魔して、どうにも……」
「諏訪井は?」
飯田さんが訊ねる。すると兎蛍さんが困ったような顔をした。
「初手で敵の爆撃を受けてどっかに飛んでっちゃって……佐倉の『イクシード』が言うにはもう少ししたら来るそうですけど……」
「あ、来る」
佐倉さんがつぶやいた。続いて叫ぶ。
「九時の方角から突進! 頭を覆って!」
言われるままに頭を覆う。直後、巨大な鉄の塊が吹き飛ばされてきた。
地面に叩きつけられたそれは、地表を大きく抉ってそのまま静止した。しばらく様子を見る。多面体に侵食されない。
「……いくら、機械に巣食うって言ってもよォ」
霧の彼方から声がした。懐かしい声。共に『寄生型エディター』と戦った声だ。
「電源がなけりゃ、動けねーんじゃねぇかァ?」
多分、怒っているのだろう。そう言えば『寄生型エディター』戦でも結構感情的になって突撃していく節のある人だった。でも実力があるから、多少の反撃じゃ動じないし、こうしてすぐに戻ってくる。
「『
諏訪井さんだ。そうつぶやくのが聞こえた。
「充電させてもらったからよ。そいつはもう、機械じゃなくて鉄屑だ」
「わお、昂ってるね」
飯田さんが絨毯の上に座る。
「後は若い者同士ってところかな」
〈敵機数二十三〉
H.O.L.M.E.S.が報告を上げてくる。しかし飯田さんは手を振る。
「大丈夫大丈夫。諏訪井が全部吸い上げる」
と、言い終わらない内に。
諏訪井さんが消えた、と思うと、そこかしこで爆音がした。明らかに機械の壊れる音。それがまず地表、そして徐々に上空へと……上がっていく。音源が上がるにつれ、空から雨のように鉄屑が降ってくる。
「ど、どういう……」
爆音。降り注ぐ鉄塊。
「どういう能力なんですか、あれ!」
するとのえるさんが押さえ込んでいたウサ耳を元に戻しながら答えた。
「シンプルです。充電しただけ身体強化ができる。倒した敵機から電気を奪って身体能力を強化してるんでしょうね。それと、これは多分、ですけど……」
「大分怒ってるから、続きがあるね。きっと使える能力は使ってくると思う」
すずめさんが
「ひとつひとつ説明してあげるね。多分私の救出でPVが増えて、使える能力の数が増えてる」
するとその言葉を裏付けるかのように。
「『
諏訪井さんの絶叫に続いてすずめさんが解説を入れてくれる。
「聞いたまんま。透明化するの」
元から霧で見えないのだが……あえて使うのだからきっと、レーダーに対してもステルス機能があるに違いない。
「『
続いてすずめさん。
「一定エリア内に問答無用でこちらで設定したルールを強制する。エリアの選択には限度があるけど、この一帯くらいは抑えられるんじゃないかな。私も武器使えなくなっちゃったけど」
しかし砂漠さんが困った顔をする。
「『メザメヨ、メザメヨ』……マザーさんには効いてないみたい。やっぱりあれは物理的に破壊するしかないんじゃないかな」
「さてさて一気に行くぜぇッ」
しかし本体のことなど意に介していないのだろう。見えない諏訪井さんの声が響き渡った。
「『
すずめさんが笑う。
「そのまんまだよ。身体能力を十倍に引き上げる。ノーリスクで」
「まずは片っ端からッ……!」
諏訪井さんのそんな言葉を合図に、まるで打ち上げ花火のように。
爆発音のシャワーだった。諏訪井さんが次々に無力化された戦闘機を破壊しているのだ。動けない敵を攻撃する理由はシンプルに「充電」のためだろう。壊した機械から電力という電力を奪っているのだ。そうして十倍だった身体能力がさらに引き上げられ……あるいは、充電で引き上げられた身体能力がシンプルに十倍に……。
「上がっちゃうぜッ!」
ほぼ、絶叫に近い。
多分身体能力に伴って肺活量や声量も上がっているのだろう。雄叫びのような声が聞こえた。そしてその直後。
「『
「あーあ」
飯田さんが肩をすくめる。
「僕は知らないぞ」
すずめさんがくすくす笑う。
「『魔王』に精神のコントロール権を渡す代わりに身体能力を何百倍にもできる能力。やり過ぎちゃうと魔王に体を乗っ取られるけど、その辺りコントロールできれば身体能力強化系ではぶっちぎりの性能」
えええ……。
元々「充電」で強化された能力を「十倍」にしてるのにさらに「何百倍」にもって……。
引き上げられた能力値にゾッとしたのも束の間、すぐに飯田さんの
「今の悲鳴だよ。『ギャアアアアア』だって」
砂漠さんのそんな言葉を聞かなくても、何となく分かった気がした。
腹の底に響き渡るような音がして、何かが着地した。
霧の彼方。
おそらく「それ」の着地点。頭上に手を掲げた人影がいる。
禍々しいオーラ。まさに魔王。
掲げられた片手には、人の頭くらいはありそうなキューブ形の何かが握られていた。
空き缶が潰れるような音。すぐさま人影が頭上のそれを放る。僕たちの足下に転がってくる。何だろう、と思っているとH.O.L.M.E.S.が告げる。
〈敵コアの破壊を確認〉
握りつぶされたマザーのコア。まるで縋りつくように幾たびか脈動して、そして止まった。消し炭のように崩壊していく。
するとそんな様子を確認するかのように、人影がゆっくりと、霧の彼方から歩いてくる。
見覚えがある。
してやったり顔の、諏訪井加奈さん……!
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