傷つけてしまった過去を背負って

「おい」

 巨大な怪物と化したエディが低い声で告げる。

「ここは俺が引き受ける」


「状況が全く分からないんだが……」

 のえるさんがつぶやく。

「一旦任せていいのか?」


「太朗くんどうなの?」

 すずめさんが飯田さんに訊く。飯田さんは訳もなさそうに笑う。

「るかちゃんの『Paradise』が効いてる間、こいつはこっち側だ。裏切らない」


「るかに傷ひとつでも付けたらお前を食いちぎるがな」

 じろりと鋭い眼光を飯田さんに向けるエディ。飯田さんは笑顔を返す。

「そしたらまたチワワに逆戻りだ」


 そうこうしている内に敵が増え始めた。銃を構え突撃してくるロボット。何かを発射するつもりだったようだがエディの方が速かった。ごうと音を立てて飛び掛かり、前腕で引き裂き薙ぎ倒し、何度も何度も踏みつけ、ただのガラクタにしてしまう。


「エディやりすぎ……」

 呆然とするるかさんを前に、飯田さんが「やりすぎなくらいがいいさ」と告げた後、続けた。


「物書きボーイ。シェルターだ。こいつもるかちゃんが傍にいた方がやる気が出るだろ。頑丈なやつ作って、そこにるかちゃんを匿うぞ」

「分かりました」


 単純な〈壁〉だと破壊されることが分かっているので三重構造くらいの頑丈なシェルターを描写した。戦局が分かるように覗き窓も作る。るかさんをそこに匿う。ついでに、予備の「シェルターを描写した」テキストファイルを持たせて、破壊された時の備えとした。


「エディ! このシェルターさえ守り切ればお前の勝ちだ」

「お気遣い痛み入る」

 ミサイルやレーザーを浴びながらも敵を薙ぎ倒し、食いちぎり、切り裂くエディ。とりあえずここは任せてよさそうだ。


「のえるさんを狙って敵が集まるってことは、のえるさんが動き回れば敵を撹乱できるってこと?」

 すずめさんの言葉にのえるさんが答える。


「その可能性は高い。逃げ回ろうか」

 地上にいた全員が、近くに止めていた絨毯に飛び乗る。すずめさんがスカイスーツでホバリングをしながら話しかけてくる。


「各地で戦っている作家の応援に行こう。敵も撹乱できるし減らすこともできる」

「それいいね」

 のえるさんが唱える。


「【アウフーベン】……対立する二つを融合する」


 途端に山ほどいたのえるさんの分身が消えていった。僕がぽかんとしているとのえるさんがにっこり解説する。


「対立する二つの概念をひとつにまとめ上げる魔法なんだ。今、陽キャの俺と陰キャの俺とがいたから、まとめ上げてひとつの『俺』に戻した。もちろん自分以外にも適用出来て、応用の幅は広いよ」


 ビッグスリー、だからだろうか。かなり入り組んだというか、状況によっては最強になり得る能力を持っているなと僕は思った。


 個人的な感想だが、火力のすずめさん、数で圧倒する加藤さん、テクニカルなのえるさん、といったところか。「ノラ」はこのビッグスリーに守られているようだ。


「H.O.L.M.E.S.、周囲に支援が必要そうな作家はいるか?」

 飯田さんの問いにすぐさまH.O.L.M.E.S.が答える。

〈三時の方向、アカウント『亜未田久志』様と『幕画ふぃん』様が苦戦している様子です〉

「三時の方向だな。よし、行くぞ」


 僕、のえるさん、加藤さん、砂漠さん、飯田さんを乗せた絨毯が真っ直ぐに飛んでいく。その横にはスカイスーツで飛ぶすずめさん。背後からはエディが大暴れする音が聞こえてくる。


「亜未田さん……占いくんが苦戦するってよほどだな」

 飯田さんがぽつりとつぶやく。するとそれに呼応するように、砂漠さんが。

「幕画ふぃんさんが苦戦するのもよほどだよ」


 来る戦闘に、僕の手は微かに震えていた。



 H.O.L.M.E.S.の導きに従って霧の中を飛んでいくと、やがて人影が見えた。どうやら複数人の作家がいるようだが……様子がおかしい。


虚空跳躍ファントムジャンプ……!」

 亜未田久志さんが縦横無尽に跳び回っている。おそらく高速移動の能力。強化された身体能力のアクロバットも組み入れて、華麗な回避を続けている。しかし敵らしき姿が見当たらない。そして周りの作家の数を見て思う。そんなに窮地か……? 


 だが黒剣と鎧で身を固めている幕画ふぃんさんを見て気づいた。幕画ふぃんさんが攻撃をしていない。それに、周りの作家たちの様子がおかしい。どういうわけかお互いに殴り合っているし、幕画ふぃんさんにも襲い掛かっている……! 


「H.O.L.M.E.S.、何が起きてる?」

 飯田さんの問いに答えが返ってくる。

〈マインドコントロールをされている模様です。被害状況は二十名。亜未田久志様と幕画ふぃん様以外の作家全員が支配下にあります〉


「下手に近づかない方がいいな。停止」

 絨毯が止まる。飯田さんは続けてH.O.L.M.E.S.に指示を飛ばす。

「マインドコントロールの本体はどこだ? そいつを叩く」

 H.O.L.M.E.S.がすぐさま応じた。

〈分析中……〉


「『イビルスター』から降ってきた『模倣型エディター』ってことはSF作家の模倣だろ? 魔法の類じゃない。何らか攻略法があるはずだ」


 しばしの間の後、H.O.L.M.E.S.が報告した。


〈敵はマイクロボットのようです。分子サイズのロボットが鼻孔や口から体内に侵入。血管に入り込むことで脳に到達。電気信号を発し支配するようです〉

「……ってことはH.O.L.M.E.S.。ハッキングできるな?」

〈可能です〉

「無効化しろ」

〈承知しました〉


 と、異常行動を起こしている作家たちに明らかに変化が出た。

 自分の手や体を見つめ、呆然としている。中には倒れ込む作家もいた。どうやら支配から解放されたようだ。


 僕たちもゆっくり戦場に近づく。しかし、幕画ふぃんさんが僕たちの姿を確認するや否や、大声で叫んだ。


「来るな! 敵はまだいる!」

 と、ほぼ同時に。

〈警告! 地中から攻撃!〉


 H.O.L.M.E.S.の警告の直後、鋭い金属の棘が僕たちの乗っていた絨毯を貫いた。地面からの攻撃だ。H.O.L.M.E.S.の警告もあって、僕たちは寸でのところで回避し地上に転げ落ちたたが、絨毯が串刺しになったまま動かなくなった。


「敵は固体液体気体、自在に姿を変えられる!」

 亜未田久志さんが叫ぶ。

「球状の液体から噴射された妙な霧を浴びたら作家たちがおかしくなった! 気を抜くな。まだどこかに何らかの形で……」


「なるほどな。マイクロボットが結合して自由に形状を変えられるのか」

 転がり落ちた飯田さんが起き上がりながらつぶやく。彼とは対照的に、華麗に着地したのえるさんがつぶやく。


「液体化もできるってことは、分裂したり合体したり……?」

 亜未田久志さんが応じる。

「可能です! どこから何が来るか分からない!」


「ターミネーター2ね」

 飯田さんが服に着いた土埃を払う。

「僕は3のお姉ちゃんが好き」


「余裕かましている場合じゃない!」

 幕画ふぃんさんが剣を逆手に構えたまま叫ぶ。

「またマインドコントロールをされたら打つ手がない!」


 しかし飯田さんは余裕だった。

「H.O.L.M.E.S.、本体は捕捉してるな?」

〈はい、既に〉

「相手がSFだとやりやすいな。こちらへの攻撃プログラムを破壊しろ」

〈実行済みですが、マイクロボット全機の処理は不可能でした。どうやら複数の制御ポイントを元に管理しているようです。プログラムを改変できなかった制御ポイント一機が攻撃を仕掛けてきます〉


 と、僕たちの乗っていた絨毯を貫いていた鉄の塊が引っ込んだ。

 H.O.L.M.E.S.が警告を飛ばしてくる。


〈四時の方角から攻撃〉


 H.O.L.M.E.S.のその言葉を合図に、のえるさんが静かに僕たちに手を回した。制されるままに身を引くと、鋭い金属片が蜂の大群のように襲い掛かってきた。H.O.L.M.E.S.の探知のおかげあってか、僕たちに被害はなくただ金属の群れが通り過ぎていっただけで済んだが、しかし亜未田久志さんと幕画ふぃんさんは沈痛な面持ちでいた。飯田さんがつぶやく。


「君らマインドコントロールを受けてるわけじゃないよな?」

 黙っている。亜未田さんも、幕画ふぃんさんも。

「さっきから鈍いぞ。そんな軟な作家じゃないだろう?」


 すると亜未田さんがつぶやいた。

「小川将吾の件でな……」

 気のせいだろうか。その言葉を受けて飯田さんの表情が曇ったように見えた。彼は幕画ふぃんさんにも続けて訊ねた。

「魔王くんは?」


「私は『King Arthur』の城で仲間を切ってしまった。MACKの救出時だ」

 僕は思い出す。『糸の間』でのこと。〈怠惰アケーディア〉の支配下にあったMACKさんは、糸で対象を操る攻撃を仕掛けてきた。幕画ふぃんさんはその攻撃を受け、操られ……仲間の一人を……作家を切った。


 亜未田久志さんの小川将吾の件、が何かは分からない。でも想像は出来た。幕画ふぃんさんの件から推測するに、彼もアカウントを破壊してしまったのだ。


 アカウントの破壊はリアルの殺人に繋がるリスクがある。多くのユーザーは安全装置を入れているが、稀にノーガードでVR世界に飛び込んでいる人もいる。傷つけた相手が安全装置を入れている人ならまだ助かる可能性はあるが、しかし入れていなかった場合は……それに仮に入れていたとしても……。


「殺してしまったんだ。私は」

 自分の手を見る幕画ふぃんさん。小さくだが、震えている。

「人を殺した。傷つけた。もう、殺したくない。マインドコントロールされた作家たちを見て、動けなくなってしまった。彼らを傷つけたら、リアルの人間が傷つく」


 亜未田久志さんも沈痛な表情を見せる。彼は『寄生型エディター』戦では活躍してくれたが、相手が作家になるとどうにも戦意が削がれてしまうようだ。気持ちは分かる気がした。僕だって『エディター』は敵だと思うが、操られた作家は傷つけたくない。


 すると僕たちのすぐ近くにすずめさんがやってきた。静かに、優しく、諭すように告げる。

「私だって、寄生されていた時に作家を殺したかもしれない。作家を傷つけたかもしれない。作品を破壊したかもしれない」

 すずめさんが宙に浮かびながら続けた。

「でもだからこそ、『エディター』の被害に遭っている作家さんたちを助けたい。失わせてしまった分も取り戻したい。あなたたちは、傷つけてしまった過去を背負って、躊躇ってしまうかもしれない。でもいつか、乗り越えて」


 すずめさんが自身の真横に銃口を向けた。鈍い音。銃声二発。すぐさまH.O.L.M.E.S.が告げた。


〈敵制御ポイントの破壊を確認。周囲安全です〉


 辺りは霧に包まれていた。僕が作った霧だ。視界は頗る悪い。遠いどこかで何かが爆ぜた。誰かが戦っているのだろう。すぐに駆け付けるべきなのだろうが、誰も動き出さなかった。


 幕画ふぃんさんが小さくため息をつく音が、聞こえた。

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