遺跡

 メロウ+さんの協力もあり、無事「King Arthur」の面々が大量の……そして大きな……魔法の絨毯を作った。「ノラ」および「King Arthur」のメンバーが乗り込む。


「るかは俺が守るからな」

 エディが勇ましく尻尾を振る。小さいくせに頑張るようだ。

 しかしその様子を、MACKさんがじっと見ていた。何か言いたそうにしているけど……。MACKさんの視線に黒いものを感じて僕は押し黙った。


 アラビアンな模様が描かれた絨毯の上に乗る。ふわっとした乗り心地で、これが彼方まで飛んでいくなんて想像もつかない。


「行くぞ」

 幕画ふぃんさんが黒剣を振り上げ前方を示す。


 途端に絨毯が徐々に速度を上げ、一気に「カクヨム」フィールドを駆け抜けていった。まず森の木々の間、次に大きな川、続いて山……ここは『寄生型エディター』ことエディと戦った場所だ……を乗り越えていった。問題の遺跡とやらは、十分もしない内に見えてきた。


「『カクヨム』黎明期からあるオブジェクトが遺跡になったんだよね」

 すずめさんがぽつりと告げる。

「あの頃は色々足りないところのあるサービスだった」

「初期からのユーザーだったんですか?」

 僕の問いに、すずめさんが答えた。

「まぁね。私が私らしく生きられる場所だから」


 やっぱり、と思った。

 全力で創作に向き合っている。図書館の屋上で彼女と向き合った時の感覚は本物だった。あの時は本当に怖い思いをしたが、でも今は……心強い。


「H.O.L.M.E.S.、のえるさんと交信を試みろ」

 飯田さんが眼鏡型端末に話しかける。少しのノイズの後、小さな声が聞こえてくる。


〈……ださん? ……いい……飯田さん?〉

 途端に僕の近くにいたセーラー服のアカウント……何だかしょんぼりした小柄な水兵さんみたいな……が飯田さんの傍に飛びついてくる。

「のえるさん! 僕です! 大丈夫ですか?」

〈……で、こう……を試みて……す〉

「聞き取りにくい。H.O.L.M.E.S.、音声をクリアにして何を言っているのか分析しろ」

〈承知しました〉


 途端に、鮮明になった音声が聞こえてくる。


〈聞こえますか? 『イビルスター』の脱出ポッドから通信しています。現在危険な状況。ポッドから出られません〉

「ポッドの中にいるんだな……?」

 飯田さんが眼鏡型端末に指を這わせる。


「H.O.L.M.E.S.。望遠レンズだ。遺跡群を探索しろ。機械的なオブジェクトは?」

 しばしの沈黙。


〈発見いたしました。遺跡群最奥地。倒壊したピラミッド内部です〉

「着地の時にピラミッドを破壊しちゃったんじゃないかな?」

 小柄な水兵が訊き返す。飯田さんが答える。

「かもな。H.O.L.M.E.S.、現在地点からポッドまでの距離は?」


〈およそ十キロメートル〉

「なかなかあるな」

 続けて飯田さんが訊ねる。

「ポッドまでの間にいる敵の数を推定しろ」

〈算出中……〉

 またも沈黙。

〈算出完了。およそ五千〉


「五千?」

 飯田さんが大きな声を出す。

「多すぎだろ。もう一度算出しろ」

〈複数回推定いたしましたがおおよそ五千です〉


「ホットスポットは?」

 ホットスポット。おそらく「敵が集中している」と思われる場所だ。


〈ほぼ均等に遺跡群に散らばっていますが、中央ピラミッド周辺に多く存在します〉

「のえるさんのいるピラミッドか?」

〈……救難信号の出ているピラミッドです〉

「何でそこに集まっている?」

〈推定します……〉


 一瞬間を置いてH.O.L.M.E.S.が答えた。

〈おそらく救難信号を傍受しています。信号に反応して『エディター』たちが集まっていることが推定されます〉


「そんなテクノロジーを持っているのか?」

 と、訊き返してすぐ飯田さんが口に拳を当てる。

「『公開』ボタンを逆探知できるからな。それくらいの技術は……」


「急がなきゃ!」

 小柄な水兵が飯田さんに縋る。しかし飯田さんは前方を見据えたままつぶやく。

「ミッションはのえるさんの救出だけじゃない。五千もの『エディター』の処理も必要だ。こっちに侵略してきたらただじゃ済まない」

「でものえるさんが……」


 水兵さんに飯田さんが短く告げた。

「救出自体はすぐにできる」

 涼やかな目だった。眼鏡の奥の眼が光っている。

「救出の手は打てる。だが問題は救出だけじゃない。落下を続ける『イビルスター』。そこから出てくる『エディター』。これらを何とかしないと、また困難がやってくる」


 水兵さんが唇を噛む。

「必ず助けられる?」

 飯田さんが答える。

「任せろ……誰かが何とかする」

 人任せかよ。相変わらずいい加減だなぁ、この人。

 しかしそのいい加減な人は続ける。

「何か作戦がいるな……単純にぶつかっただけじゃ消耗するだけだ」


「じゃあ、こうしよう」

 すずめさんが一歩前に出た。

「一度絨毯を停めて」



 遺跡群。

 魔法の絨毯ではるか上空まで飛び上がった僕。大きな絨毯の真ん中に一人だ。こんな高いところまで来たのは初めて。ちょっと足がすくむ。でも、僕は僕にできることを。


「ペン」を出す。〈六畳のえる〉と綴る。すぐさま「虫眼鏡」で覗く。


「うわっ」

 小さな悲鳴を上げてウサギの着ぐるみみたいな人が僕の目の前に現れた。「ノラ」の基地で見たように、どこか哀愁漂うしょんぼりした雰囲気のウサギだ。この人が六畳のえるさん……? 

「何? 何これ?」


「詳しい説明は後です!」

 僕はインテリジェンスアシスタントシステムを起動する。仲間と交信だ。


「のえるさん、救出できました!」

 続けて僕はのえるさんに告げる。

「飯田さんから指示があります! 従ってください。これから遺跡にいる『エディター』たちを駆逐します!」


「飯田さん? 聞こえる?」

 のえるさんもインテリジェンスアシスタントシステムを起動したらしい。

「遺跡群にいる『エディター』について情報を共有するよ」

 僕も耳を澄まして話を聞いた。

「『模倣型エディター』だ。作家の能力、外観をコピーする。けど今遺跡にいるのは少し特殊な……」


 すると下から聞こえてくる、絶叫。『エディター』が目標がいなくなったことを探知したらしい。何だ? さっきから妙に高度な技術を……。もしかして単なる『エディター』じゃない? 


 しかし。

 僕はすずめさんの立てた作戦を知っていた。僕のいる、遺跡の遥か上空。そこに飛び上がってくるもう一つの絨毯。


「行くよー」

 砂漠の使徒さんだった。すっと息を吸い込んで、叫ぶ。

「『エディター』は同士討ちをしない!」


 途端に聞こえてくる、阿鼻叫喚の絶叫。轟音。爆発音。蟻のように小さな黒点が一気に蠢き始める。


 砂漠さんの「~ない」では逆のことが発現する。つまり「同士討ちをしない」と言えば「同士討ちをする」のだ。『エディター』同士が攻撃し合う様々な音が聞こえてくる。


「な、何が……?」

 混乱するのえるさんに僕は告げる。

「彼は『King Arthur』の方です。説明するのは、ちょっと長くなるんですけど」

 目をぱちくりさせるのえるさん。それから、ぽつりと口にする。


「ところで君さ……誰?」


 そうだった。

 新入りの僕は、のえるさんに面通ししてないんだった。


「あ、新入りの佐倉今里と言います。みんなからは『物書きくん』って……」

「どういう能力の作家なの?」

「作家じゃないんです。僕は『小説』を書いたことがなく……」


 と、言いかけた時だった。


 下で爆発音がした、と思ったら、その爆風に乗って何かが飛び上がってきた。


 人型。手から赤いエネルギーのようなものを出している。どうやらそのエネルギーで宙に浮いているようだ。ほっそりした体。しかし何かが巻き付いているようなデザイン。一目で『エディター』だと分かった。しかし今まで見てきたものとは様子が違う。


「あれが敵だ!」

 のえるさんが叫ぶ。

「『模倣型エディター』! 『イビルスター』の作家をコピーしている!」


 すると僕たちの少し低空で砂漠さんがつぶやく。

「あちゃー。やっぱ状態異常にならない奴がいたか」


「何ですかあれ? 何の能力……」

 と、言いかけた僕にのえるさんが告げた。

「超常人間だ! サイコキネシスが使える……マインドコントロールや、物や人を宙に浮かせたりも……状態異常だっけ? 多分自分のマインドをコントロールしている」


 いや、でも待てよ……? 

 と、のえるさんがつぶやく。


「数に押されて能力を使ってなかったけど、今迫ってるのはあいつ一体だし、やってみるか」


 すっと、のえるさんが手をかざす。何だかウサギの着ぐるみがハイタッチを求めているような姿だったが、しかし。


「【イデア】……その超能力は、模造品ミメーシスだ」


 途端にバランスを失い落下していく『エディター』。


 何だ? 何が起こった? 

 この六畳のえるって人……。


「ノラ」ビッグスリーの一人だよ。


 すずめさんの言葉が蘇る。

 このウサギさん、いったいどんな能力……? 

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