最強の哲学魔法
落下していった『エディター』を見てのえるさんがつぶやいた。
「追撃するか……いや、でも『模倣型エディター』だしな……」
「あ、あのっ」
僕は意を決してのえるさんに話しかける。
「今のは……?」
「え? ああ【イデア】か」
悲し気なウサギが困ったように頭を掻く。
「俺の作品、『パーティー最後の1人は最強の哲学者⁉』っていうのに出てくるんですよ。『哲学魔法』ってのを使うキャラクターが」
「『哲学魔法』……?」
「ええ、まぁ、『哲学の思想を魔法にしてみた』みたいなやつなんですけど、さっきの【イデア】で言うと……」
と、のえるさんが魔法の絨毯に指で三角形を書く。
「『完全な三角形』なんて見たことないですよね? でも今ここに書いた適当な三角形は『完全な三角形ではない』ことは認識できる。見たことがないのに認識できる。何故か? どこかに『完全な三角形』という『三角形のイデア』が存在し、それを認識しているからこそ目の前の三角形が『偽物』であると気づける。つまり……」
わああ、話が複雑だ。小難しいぞ哲学。でも僕は一生懸命話をまとめる。
「『完全な何か』を認識しているから目の前の『何か』が『偽物』だと気づける……」
そう、その通り。とのえるさんは続ける。
「さっきの超能力を使う『エディター』で言うと、『完全な超能力』っていうのを認識することで『エディター』の超能力を『偽物だ』、つまり『
「哲学講義はいいけどさ」
ふわりと、砂漠さんが絨毯に乗ってこちらに来る。
「戦闘中だよ。目の前に集中した方がいいんじゃないかな」
下界。遺跡群のピラミッドにものすごい数の『エディター』が集まってきた。角ばったロボットのような姿、流線型のスリムな姿、いくつもの球体が集まってできた姿、様々な外見をした『エディター』が集まっている。
〈のえるさん!〉
不意に、すずめさんの声が聞こえる。インテリジェンスアシスタントシステムを通じて話しかけてきているのだ。
と、遠い遺跡群の入り口付近で爆発音がした。すずめさんたちだ。戦っているんだ。
〈のえるさんを救出したことで『エディター』の注意がそっちに逸れてる! 今のうちに奇襲を仕掛けるから、そのまま同じ場所で待機していて!〉
すぐさまのえるさんが返した。
「気をつけてくださいすずめさん! 敵は『模倣型エディター』です。強力な作家で向かうとコピーされます」
〈織り込み済みです。物書きくん!〉
「はい!」
事前の作戦通り僕は動く。ポケットから、テキストファイル。
〈――濃霧が辺りを包み込んだ。一メートル先はおろか、三十センチ先さえもおぼつかない。鼻孔を湿気た空気が支配した。肌寒い。小さな水の迷宮を、ほとんど手探りで彷徨う他になかった――〉
展開する。途端に下界が濃霧に包まれる。
「これは……?」
びっくりするのえるさんに僕は答える。
「この『ペン』で綴ったものは現実化します。手書きじゃないといけないんですが、『公開』ボタンを押さずに済むので、敵の逆探知もされないという……」
「でもこの濃霧じゃ敵味方の区別がつかない……」
「基本的に、機構が分からないものは『ペン』では作れないんですけど……」
と、断ってから僕は続ける。
「豆電球くらいのものなら、小学校の理科で扱うんで分かります。〈ペンライト〉を描写して、それを皆さんに配っているので……」
「光ってる人は敵じゃないっていう認識か」
「そういうことです」
「でも逆に、敵も『光ってるやつは作家』ってなりそうじゃ……?」
その疑問には砂漠さんが答える。
「そのための私。『~ない』で多くの敵を錯乱状態にする」
これもすずめさんの作戦通りだ。
「じゃあそのペンライト、俺にも一つ」
のえるさんに言われるままにペンライトを描写し、手渡す。これで味方全員にペンライトが行き渡った。
インテリジェンスアシスタントシステムを通じて、のえるさんが通信した。
「すずめさん! こちらからも攻撃を仕掛けていいですか? この状況下なら少しくらいお手伝いできそうなので!」
一瞬の間の後すずめさんが答える。
〈お願いします! のえるさんがいるなら心強い!〉
「よーし、ひと仕事するか」
毎日をやっていこうな。そうつぶやくのえるさん。ウサギの着ぐるみみたいな姿でぐいぐいと肩を回す。
「やりたいことをやるにはやることをやろう。これ低空に下ろせる?」
「はい」
僕は絨毯に手を当てる。僕の指示に従って、絨毯が高度を下げた。
下。濃霧の中に、蠢く何か。『エディター』であることは間違いないが、こちらから姿を目視できないというのが何となく気味が悪い。
しかしのえるさんは臆することなく告げる。
「ピラミッドの上につけてください」
言われるままにピラミッドの上空にのえるさんを運ぶ。するとのえるさんが、自分の心臓の辺りを押さえるようにしてつぶやく。
「【アンチテーゼ】」
まばゆい光。そして次の瞬間に見えたのは。
「YO! みんな元気してるぅ? 出会えた
ぴょんぴょこ飛び跳ねるやたらに陽気なウサギが現れた。見た目的にのえるさんの分身であることは分かったが……キャラクターが違い過ぎる。
と、のえるさんがため息交じりに告げる。
「【アンチテーゼ】は、要するに『対立概念』のことで、これを哲学魔法に落とし込むと『対象と逆のものを産み出す』魔法になります。それを自分にかけたので……」
「のえるさんの真逆の分身ができる」
僕の言葉にぴょんぴょこウサギが反応する。
「そういうこっとぉ! え? 俺たちマジバイブス感じね?」
本体のえるさんが悲し気につぶやく。
「本当は【
「あは。俺マジ賢くね?」
のえるさん……本体の方……がため息をつく。
「うるさい早くしろ」
「うわお前マジ早漏ー。そうやって急かすからモテないんだぞ」
「うるさい早くしろ」
「こいつノリ悪くなーい? マジ陰キャかよな。ウケるー」
「うるさい早くしろ」
「ところで君すごくね? 『ペン』で書いたものが本物になるってマジ?」
「うるさい早くしろ」
「わーったって。ったくしょーがねーなぁ」
と、パリピのえるさんが自分の胸に手を当てる。
「【アンチテーゼ】」
まばゆい光。次の瞬間現れたのは。
「人生ってどうしてこう……」
のえるさん本体と似たような分身が現れた。僕が目をぱちくりさせているとのえるさん本体がつぶやく。
「【アンチテーゼ】で生み出した真逆の分身が自らに【アンチテーゼ】をかけると、逆の逆、つまり元の状態の分身が現れます。この魔法は『対立している二つの項目』に限った考え方なので、分身そのものに魔法を使わせないといけないのが難点ですが、真逆の分身も俺の分身なんで一応哲学魔法は使えるんですよね……使わせるまでが大変だけど」
な、なるほど……。逆の逆だから一巡して本体の分身。悲しく萎れたウサギの着ぐるみが二体、そしてやたら明るいパリピウサギが一体、絨毯の上に。
「何でそんな暗い顔してんの? 明るく楽しくハッピーにやっていこうぜ!」
「お前何が楽しくてそんな飛び跳ねてんだよ。ウサギか」
「いやウサギなんだけどね……」
「あはは。お前それマジウケる」
「ウケてなさそうなのに『ウケる』とか言うなよ。疲れるだろ……」
「疲れてるお前を見て俺も疲れそうなんだが……」
「あの、これ」
僕は思わずつぶやく。
「要するに二パターンの分身軍団を扱えるってことですよね。統率が大変そう」
すると本体のえるさんが手を振る。
「大丈夫大丈夫。陽キャの扱いは『みよしさん』で慣れてる」
「みよしさん……?」
「あ、俺ラジオもやってるんですよ」
照れくさそうに、本体のえるさん。
「パーソナリティが俺で、合いの手、相槌、相方担当の『みよしさん』って人がいて」
「はぁ」
「そいつが女の子連れてタコパとかバーベキューとかしちゃう奴なんで、まぁ毛色は似てるというか、何というか」
すると陽キャのえるさんが陰キャのえるさんと無理やり肩を組む。
「俺たちマジ親友だから」
「この暑苦しい感じは『みよしさん』にはないんだよなぁ……」
「そこはほら、俺の真逆だから、『みよしさん』じゃないし……」
「せっかく三人いるんだしさ! そこの子たちも入れたら五人じゃん? 大富豪しねぇ? 俺トランプ持ってるからさ!」
「俺の分身のお前が何でトランプ持ってるんだよ。俺持ってねぇぞ」
「そこはまぁ、ノリとテンション? 的な? ウェーイ」
陽キャの方疲れるな……。そう思っていると本体のえるさんが手を叩いた。
「だーっ、もう遊ぶのは後だ! いつも通りやってくれ。数で押すぞ」
と、分身のえるさん二人が近くにあったピラミッドの頂上に飛び降りる。
絨毯の上にいる本体のえるさんが手を挙げる。
「やってくれ」
「Oh , yeah! 【アンチテーゼ】」
と、陽キャのえるさんから陰キャのえるさんが増える。
「うるせーんだよ。【アンチテーゼ】」
と、陰キャのえるさんから陽キャのえるさんが増える。
「うっしゃぁっ、【アンチテーゼ】」
「……【アンチテーゼ】」
「ウェーイ! 【アンチテーゼ】」
「お前は何か掛け声がないと哲学魔法が使えないのか。【アンチテーゼ】」
「こまけーこと言うなって。【アンチテーゼ】」
「あんま飛び跳ねてると後で全員ポップコーンにするからな【アンチテーゼ】」
みるみるのえるさんが増殖していく。
やがてピラミッドの頂上付近をすっぽり覆えるほどのえるさんが増えると、彼らは一斉に近くにいた『エディター』……砂漠さんの「~ない」で錯乱状態にある『エディター』……に手を向け、一言告げた。
「【
霧の中、だから分かりにくかったが。
のえるさんの近くにいた『エディター』が霞み始めた。最初は、霧のせいで見えにくいだけかと思ったが……明らかに、消えている!
「【
陰キャのえるさんの後に陽キャのえるさんが続く。
「お前の存在マジ怪しくね? 空気かよ。ウケる」
ダメだ。陽キャの方はノリが軽すぎて何言ってるか分からない。僕は本体のえるさんに求める。
「通訳してください」
すると、彼は照れたように笑って応じてくれる。
「哲学者デカルトの『我思う、ゆえに我あり』って言葉は知ってると思うんですけど、あれって要は『全てのことを疑ってかかった結果、疑い続ける自分だけは疑いようがない』っていう結論なんですよ。逆に言うと、『自分以外の存在は全て疑わしい』になるんです。これを哲学魔法に落とし込むと、『対象の存在を疑って、疑わしいものは消し去る』ことになるので……」
「自分以外消える」
ははぁ、なるほど。恐ろしい魔法……。
下でパリピのえるさんが叫ぶ。
「ウェーイ! 俺にかかればこんなもんよ。楽勝楽勝マジ楽勝」
「あいつ本気でうるさいな……」
本体のえるさんがつぶやく。と、僕たちは魔法の絨毯から安全地帯になったピラミッドの上に降り立つ。パリピと陰キャがそれぞれ目前の勝利を噛みしめていた。さすがビッグスリー。あの数の『エディター』を難なく葬った。
しかし、そんな僕の尊敬など気にしてないかのように、のえるさんが上空を見上げた。
「危険なんです、あれ」
彼の見上げた先。
落下を続ける、『イビルスター』。
「止めに行かないと。それには人手が必要で。俺はこうして降りてきたんですけど、まだあの中に作家さんが……。急いでここを片付けて、上に行かないと!」
と、各地で爆発音が聞こえた。霧の彼方にペンライトと思しき輝き。
「援護に行きましょう」
のえるさんの一言に大量ののえるさん、それから僕と砂漠さんが頷いた。全員一斉にピラミッドの段差を降りていく。
霧中の戦闘、開始。
僕は「ペン」と「虫眼鏡」を構えた。
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