通達、及び進撃開始。
「カクヨム」より通達
僕がメロウ+さんの部屋から帰ってくると、会議室は何やら騒がしくなっていた。
みんなそれぞれ自分のウィンドウを見てあれやこれや言っている。僕は通知を確認した。
〈「カクヨム」運営からユーザーの皆様にご報告〉
そんな通知が来ていた。表題を見た時から既に嫌な予感はしていた。
……ハッキリ言おう、あまりいい内容じゃなかった。
感想や意見を述べるのも躊躇われる。ただ単純に、送られてきた文面を記載しよう。
*
平素より「カクヨム」をご利用いただき誠にありがとうございます。
先日発生いたしました「カクヨム」内サイバーテロ事件についての続報です。
「カクヨム」運営は事態の収拾を目指し最大限の努力を重ねてまいりました。
結果、以下の状態にあるアカウントはクラッシュしている場合でも復旧できることが判明いたしました。
・四肢に欠損のあるアカウント
・胴体ないしは頭部に重傷を負ったアカウント
・アカウントの欠損度合いが三十%未満のアカウント
・胸部心臓部にあたる「コア」が破壊されていないアカウント
現在「カクヨム」運営が認知している範囲によるとクラッシュしたアカウントの二十%が上記条件に当てはまり、復旧見込みです。
その他の条件に当てはまらなかったアカウントの復旧に関しましては続報をお待ちください。
また、『エディター』により破損、ないしは改変させられた作品につきましても、以下の通りの対応を取ることが確定いたしました。
・「カクヨム」システム層下部にある作品の情報を無制限で復元します。
・下書き、及び連載中の作品につきましては部分的に復元します。
「カクヨム」システム層に関しましては以下の通りご認識いただけますと幸いです。
現在、「カクヨム」システム層は第二十一層まで形成されており、「システム層下部」とは層全体の二十%に当たる層です。
・「カクヨム」アニバーサリーコンテスト「01」から投稿している作品は「カクヨム」システム第一層に存在します。
・「カクヨム」アニバーサリーコンテスト「02」から投稿している作品は「カクヨム」システム第二層に存在します。
・「カクヨム」アニバーサリーコンテスト「03」から投稿している作品は「カクヨム」システム第三層に存在します。
・「カクヨム」アニバーサリーコンテスト「04」から投稿している作品は「カクヨム」システム第四層に存在します。
現時点で「カクヨム」システム層下部に該当するのは上記条件に合致する作品のみです。
その他の作品に関しましては続報をお待ちください。
*
「ほとんどの作家と作品が復旧されないじゃないか!」
誰かが叫んだ。僕も同感だった。
「完全に後手に回ってる……」
「今まで死んだ作家はもう戻ってこないのか?」
「怪我人程度なら治せるって話しかしてないよな?」
「俺、第五層以降にしか作品ないよ……」
多くの作家が絶望に打ちひしがれていた。
だが顔色のいい作家も少なからずいた。
『エディター』騒動で体の欠損ができてしまったアカウント、システム層下部に作品があったアカウント、そういう人たちは安堵のため息をついていた。作家同士の処置がなくても運営がアカウントを治してくれるのであればそれに従う方が確実だ。ヒーラーも仕事が減っていいことに繋がるし、怪我人は手厚い看護が受けられると保証されたのでいいことに繋がった。強いて言えば、これだけが「カクヨム」運営の功績と言えるだろう。
だがショックを受けている作家の方が多かった。
そりゃそうだ。二十%は救える、と言われたということは、残りの八十%は切り捨てられるリスクを背負ったのだ。
しかしどうやら、そのリスクだけを憂いているわけではないアカウントが二名いた。
一人は僕と一緒にすずめ姉さん奪還作戦に従事した作家、亜未田久志さん。
もう一人は、「King Arthur」幹部、『円卓の騎士』の一人である幕画ふぃんさん。
二人とも沈痛な面持ちだった。僕は声をかけようとした。そこに飯田さんがやってきた。
「物書きボーイ。今のこの報告を受けて作家の態度が大きく二つに変わることが推定される。一つは『復旧してもらえるなら怖くない』という態度をとる作家。もう一つは『八十%も切り捨てられるリスクがあるなら自衛以外の手段はとらない』という作家」
言っていることは分かった。だから僕は頷いた。
「けれどさっきの遺跡を見たな? あの数の『エディター』だ。半分に割れている場合じゃない。一致団結して向かわないと勝ち目がない。そこで協力してほしい」
いつになく真剣な飯田さんだった。僕は額を寄せた。
彼の作戦は、実にシンプルだった。
*
「諸君!」
飯田さんが声を張り上げた。
「運営からのコメントは一旦置いておこう。ピンチを迎えている作家たちがいる。彼らの救出に向かう!」
一斉に声が上がった。
決意の叫びと、反対の呻き。
「リスクがある!」
誰かが叫んだ。
「私は行かない!」
すると他の作家が叫び返す。
「こういう時こそ助け合わなければ!」
それに賛同する声。
「俺は行くぞ!」
途端に議論が始まる。
「自分の命を賭けてまで助けに行くのは双方のためにならない!」
「こんな状況だからこそ作家同士手を取り合わねば!」
「運営側が安全は保障しないって言ってるんだぞ?」
「逆だ。一定レベルまでなら治すと言っている」
「ま、こういう展開だ」
飯田さんが僕の耳元に口を寄せる。
「一つ頼む」
と、飯田さんが左手の腕時計を展開してM.A.P.L.E.を出した。掌を天井に向け、
あまりの大音響に全員が飯田さんの方を……ひいては僕の方を向く。僕は口を開いた。
「僕はまだ『小説』を書いたことがない」
ありのままの、事実だった。
「当然ながら作品がシステム層下部に存在するなんてことはないです。しかも僕は作品がないから能力がない。戦う術は、この『ペン』と『虫眼鏡』だけ。回復や物の生成、検索には秀でますが、敵を攻撃したり、やっつけたりする能力は持ってない。でも……」
僕は喉を鳴らした。
「でも僕は困っている作家さんがいるなら助けたい。救難信号が出ています。遺跡からです」
僕は飯田さんがテーブルの上に展開していたウィンドウを示した。
「力が、必要なんです。もう一度言います。僕はまだ『小説』を書いたことがない」
でも、僕は。
そう、続ける。
「僕は僕にできることを一生懸命やります。僕には『ペン』があります。致命傷を受けても僕の筆記で回復させることができることは証明されています。僕には『虫眼鏡』があります。逃げ遅れた作家を回収することや、襲い来る敵から武器を奪うことができます。僕は頑張ります。だから……!」
もう一度、喉を鳴らした。
「力を貸してください。僕も貸します。貸した分だけ返せ、とは言いません。一部でいい。どうか、力を」
沈黙。
しかし重たい空気を破ったのは、赤髪の少女だった。
「私、行きます」
道裏星花さんだった。小さい手を真っ直ぐ伸ばして、懸命に僕のことを見つめてくれている。
するとメイルストロムさんがため息をついた。
「私も行きます。私は能力行使の時間が短いので、できることは限られますが、それでも」
二人の声をきっかけに、ぽつぽつと「King Arthur」の面々から声が上がった。
多かれ少なかれ意見はあるようだったが、しかしどれも参戦を表明する声だった。
僕は安堵した。
「『ノラ』でのえるさんの救助に反対する者は?」
飯田さんが声を張った。するとそれに香澄るかさんが応えた。
「私は行く! だからどうか、みんなも!」
「るかが行くなら俺も行く」
エディが小さな尻尾を振り上げた。るかさんがひょいとエディを抱き上げる。
「私も私にできることをします。物書きくんのように」
と、「ノラ」からも声が上がる。
まずは日諸さんだった。
「るかさんが行くなら俺たちが行かないわけには……」
続いて結月さん。
「みんなのるかちゃんを守ってあげなきゃね」
そういうわけで、三々五々、ではあったが。
基地にいる作家全員が出陣を決意した。もちろん慎重な作家たちは「事前にきちんと作戦を練ること」を条件としてきたが、それは飯田さんとしても好ましい条件だったので何の問題もなく飲み込まれた。
すずめさん、加藤さん、続いて生き残った『円卓の騎士』の面々が作家たちの前に立つ。
中村天人さんこと天さんが微笑んでつぶやいた。
「こういう時、何か掛け声があった方がいいのかな」
「じゃ、こうsuggestしよう」砂漠の使徒さんが拳を掲げた。
「全ての『作品』のために!」
全ての「作品」のために!
作家たちが声を上げた。
ファンタジーに、はぐれ者。こうして言葉にすると何だかすごく小さな規模のように思えたが、基地には活気が溢れていた。
早速頭の切れる作家たちがH.O.L.M.E.S.やM.A.P.L.E.のアシストを受けながら作戦を組み立て始めた。
僕はテーブルの上のウィンドウを見た。
遺跡。あそこで待っている作家は、どんな人だろう。
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