ギルド長の宝箱

「つっかえねぇなぁ!」

 山羊男の絶叫。あっさりと倒されてしまったギルド長の作品に怒りを覚えたらしい。


「こうなりゃ……」

 山羊男の合図で分身たちが一斉に集まる。玉座の前。円卓の上。

 残りの数はざっくり二クラス分……くらいか? 百体もいない。


「俺が探している間の時間稼ぎだっ! くそっ!」

 五秒でいい! 

 山羊男のそんな声を合図に、分身たちが一斉に飛び掛かってきた。


「加藤さん! 敵がまとまってる!」

 すずめさんの声で、メイスを構えていた加藤さんが僕たちの前に着地した。すずめさんの声が続く。

「『椅子』で! 全部駆逐して!」

「任せて!」


 わー! と子供たちがやってくる。瓦礫の隙間、僕たちの隙間を縫って児童たちが加藤さんの元に集まる。


「横陣にー、ひらけ!」

 加藤さんの指示で子供たちが横一列になる。みんなワクワクしている、というか、ウキウキしている、というか、あまり戦場に似つかわしくないというか……。


「椅子召喚!」

「椅子しょうかーん!」


 子供たちの手に、椅子。襲い掛かってくる山羊男の軍団。緊迫の場面だが、やっぱり椅子なんだよなぁ……。


「ファイエル!」


 一斉に椅子の投擲。どかどかどか。煙。非常に間抜けな絵だが、しかし襲い掛かってきた山羊男の分身は全て撃退されている。


 残された分身が怯む。加藤さんは追撃の手を緩めない。


「囲い込むよ! 鶴翼の陣にー、ひらけ!」


 足音を、揃えて。

 子供たちがV字型に展開する。再び加藤さんが叫ぶ。


「椅子召喚!」

「椅子しょうかーん!」


 再び現れる椅子。


「ファイエル!」


 投擲。椅子の雨。


 残ったのはコメディチックな煙。もわもわ。どうやら「椅子」は余計な破壊をしないらしく、着弾点が大きく壊されることはなかった。どこまでも優しい性能だな、「椅子」。


 こ、これで終わりでいいのだろうか……。

 あまりの呆気なさに肩透かしを食らったような気分になる。いや、単純に加藤さんの性能が高すぎるんだが、それにしても、あの数を一瞬で。


「あいつが本体みたい!」

 加藤さんの示す先。


 奇妙な箱の前でぎょっとした顔の山羊男がいた。醜い声で、絶叫する。


「くっそおおおおおおお!」


「——さぁ、さよならの時間だよ」


 静かな、優しい、すずめさんの声。

 銃声。


 地の底から響くような、大声。


 ああああああああああああああ! 

 そう叫んでいる。


「お父様ああああああああああああああ!」


 ボロボロと、崩れていく。


 山羊男の体。醜悪な断末魔。目に涙を浮かべ、眉を口を、表情を歪め、縋りつくように手を差し伸べ、身を捩り、背を反らせながら、男が崩れていった。


「くだらねえな」


 南雲さんが、酒を飲んだ。「弱い奴は死に方も選べねえ」


 すごく、あっさりしていたが。


『暴走型エディター』を攻略した。後には何も残っていなかった。他の『エディター』には残骸があったのに対し、『暴走型エディター』は完全に消え去っていた。跡形もなく、塵さえ残らず。


 散々に荒らされた『円卓の間』。

 壁や床が破壊され、焼き尽くされ、瓦礫の山、作品の残骸、様々なものが散らかっていた。

 しかしやはり、山羊男は影も形もなかった。


「あいつ、何を探していたんでしょう?」


 僕の声に、結月さんが応えた。


「あれの鍵じゃない?」


 あれ。

『円卓の間』の玉座、その脇に置かれていた。

 鈍色の箱。とても豪華な品がしまわれているとは思えない、質素な箱。

 ファンタジーにありがちな、綺麗な箱でも、木製の箱でも、鍵穴の大きな箱でもない。

 言ってしまえば金庫。四角いから「箱」と呼べるが、どうやって開けるのかも分からない。


 あれの鍵。

 多分多くの人が想像する「鍵」とは異なるのだろう。そもそも鍵穴が見つからない。開けられる箱なのだろうか。単なる四角い鉄の塊ということはないだろうか。


「試しにさ。実、験」

 メロウ+さんが首を傾げる。

「虫眼鏡で調べてみたら? 検、索」

「ワードは……?」

「『鍵』とかでいいんじゃないかな」栗栖さん。

「色んな鍵が引っ掛かっちゃいますよ。『宝箱の鍵』とかは?」赤坂さん。

「もっと絞り込もう」すずめさんが、スカイスーツを解除して、パンツスーツ姿になった。

「『ギルド長の宝箱の鍵』。これで検索してみて」


「分かりました」

「ペン」で〈ギルド長の宝箱の鍵〉と綴る。「虫眼鏡」で覗く。即座に。


 紙切れのようなものが出現した。カード、とも言えない厚さ。本当に紙切れ。ヒラヒラしている。僕はそれを拾い上げた。これが、鍵? あの山羊男はずっとこれを探していたのだろうか。


「薄い隙間があるよ!」

 加藤さん。子供たちはいつの間にかいなくなっていた。

 彼女は箱を具に調べたらしい。

「ここに差し込むんじゃない?」そう、指差している。


 箱の、正面。

 上面と正面の繋ぎ目。僅かな隙間が空いていた。


「あの宝箱の中身なんて見たことない」

「何が隠されているんだろうか……」

「『作品に影響を与えるもの』とうかがっていますが……」

「『エディター』とか出てきませんよね?」

「ミミック的な?」

「ゾクゾク……!」

「ワクワク……!」

「ゾクゾ……間違えた。楽しみだね」

「『気』は感じません」

「皆さんいるから安心です」

「予言ができない。未知です」

「一応、構えておくか」

「怖いですね……」

「くだらねえ」


「King Arthur」の面々。どれも宝箱には積極的な姿勢を見せていないようだ。


 僕は検索結果の「鍵」を持って宝箱に近づく。ミミックの可能性はある。罠の可能性もある。でも僕には作品がない。何かあっても影響は最小限にできる。


 それにみんながいる。


「ノラ」突撃メンバー、そして「King Arthur」の方々を信頼しながら僕は箱に手をかけた。


 例の隙間に、「鍵」を差し込む。


 微かな音がした。何かがはまったような。途端に抽斗のように、宝箱の正面が伸びる。おそるおそる、引っ張り出す。中が見えた。


「『ハサミ』……?」


 宝箱にあったもの。


 それはよくある、どこにでも売っていそうな、「ハサミ」だった。


「古いツールだね」

 加藤さん。僕の次に宝箱に対して積極的な姿勢を見せている。

「ですね」

 僕は「ハサミ」を拾い上げる。

 しばらく、見つめる。


「物書きくんが持っておいたら? 『ペン』といい、『虫眼鏡』といい、古いツールに縁があるんだよ。きっとそういう、運命」


 加藤さん。

 何だか占い師みたいなこと言うな。

 そんなことを思っていると飯田さんが笑った。


「伊織姉様は占いもできるぞ」


 そうなんだ……。やっぱブラジル人の名前分かるんじゃないかな。


 僕はそっと「ハサミ」をひっくり返した。特に何もない。本当にただの「ハサミ」。


「収納」


 そう告げると、「ペン」や「虫眼鏡」と同じように「ハサミ」も消えた。


 途端に、役割を果たしたように。


 宝箱が音を立てて崩れた。


 ガラガラと。似つかわしくないくらい大きな音を立てて。


 その場にいたみんなが、崩れ行く箱を見つめていた。


 箱は綺麗になくなった。『暴走型エディター』のように、跡形もなくなった。


 誰も何も言わない。


 後には奇妙な、静寂があった。静寂だけがあった。


「終わったね」

 すずめさんが告げた。

「終わりました」

 僕が応えた。


 全員で揃って『円卓の間』を去った。


 下に降りたら、生き残った作家さんの治療をしないと。

 僕はそんな使命感に包まれていた。

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