閑話、及び日常。
風と草原
「King Arthur」の城を出た。
総勢百名前後。それ以外の作家さんたちの多くは『エディター』の犠牲になってしまったらしい。
城を出た後、全員で黙祷を捧げる。
戦って死んでいった作家たちへ。
作品を守り通した作家たちへ。
世界を生み出した作家たちへ。
広い草原。僕たちは一度ここで休息をとることにした。
負傷したアカウントの治療。
挙動がおかしかった作家の動作確認。
戦いへの労い。
全員それぞれの役割を果たした。僕も「ペン」を使ってできる限り作家を治療した。
やがて、それらの作業もひと段落した頃。
「もう一休みしようか」
すずめさんの提案で、作家たちがその場に座り込んだ。
何とはなしに、城の方を見る。
あの城は誰が作ったのだろう。
おそらく、だが、多くの作家が様々な物を描写して、ひとつひとつ組み上げたんだろうな。その労力は計り知れない。何せあれだけ大きな城なのだ。
ふと、「ペン」を見る。
これはすごい。改めてその性能を実感する。
普通の作家がたくさん手を動かして作り上げなきゃいけないものを、単純に文章を書くだけで……手書きという制限こそあれ……現実化できる。
複雑なものも、機構を知っていれば作り出せる。
大きな負傷も、治った描写や、元気な状態の描写をすればなかったことにできる。
古のツール、という人がいた。
昔、作家はこれで小説を書いていたらしい。
昔、作家の命とも言える道具がこれだったらしい。
昔、小説家の象徴と言えばこれだったらしい。
「ペン」。僕にこれをくれた人のことを思い出す。
あの人は今、どこにいるのだろうか。
何をしているのだろうか。
続けて、「虫眼鏡」も出してみる。
すずめさんが探索中に見つけた道具。これもやっぱり古いツールらしい。
多くの作家がコマンド入力で、「文字のみ」の検索しかできないところを、「ペン」による入力で、「カクヨム」フィールドの任意の範囲内から任意の対象を手元に持ってくることができる。
初めてこれを使った時。
結月さん対〈
そして「ハサミ」。
「King Arthur」城の奇妙な宝箱にあったツール。
山羊男は必死にこれを手に入れようとしていた。「お父様に……お父様に……」そんなことをつぶやいていたのを覚えている。この「ハサミ」を何に使おうと思っていたのだろうか。この「ハサミ」はどんな意味を持つのだろうか。
古のツール。これらの使い道は?
疑問は多い。分からないことだらけだ。
「見て……」
ある作家が指をさす。
僕たちの遥か前方で、「King Arthur」の城がボロボロと崩れていった。まるで『エディター』が崩れ落ちていくかのように。消し炭のような色になり、塵のように細かく、煙のように立ち消えていった。
後には何も残らなかった。
僕たちは草原に立ち尽くしていた。
僕たちは「ノラ」だ。あの城に思い入れはない。でも「King Arthur」の人たちは違うだろう。思い入れも、大事なものもあっただろう。自分の作品を反映させたものもあったかもしれない。自分だけの世界があったかもしれない。
それらが、儚く崩れ落ちる。
どんな気分だろう。きっといい気分では、ないんじゃないかな。
風が吹いた。涼しい風だった。みんなを撫でていった。
何となく、懐かしい匂いがした。
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