贖罪、及び決戦の時。
イーラ
「急ぎましょう。まずいのかもしれない」
僕はM.C.G.U.R.K.片手にみんなに告げる。
「『祈りの間』までワープで行く?」
ロッドを掲げる栗栖さんに
「駄目だ! 飛んだ先に敵がいたら攻撃を受ける!」
「『祈りの間』直前まで飛びましょう」
僕は「ペン」を取り出す。多分、治療が必要な人がいるはず。
道裏さんがシェルターから顔を覗かせた。一瞬、彼女を連れていくか迷ったが……もしかしたら、何かの助けになるかもしれない。
「全員で行きましょう。『祈りの間』直前の廊下まで」
栗栖さんの近くにみんな集まる。彼女がロッドを掲げると、純白の魔法陣が展開された。光が僕たちを包む。次の瞬間には、『祈りの間』のドアの前にいた。
鉄の扉。頑丈そうな扉。これを開ける勇気は、僕にはない。だが無頼チャイさんが手を掛けた。
「参りましょう」
優しく、優雅な一言。とても戦闘前とは思えない。
鉄扉が開かれる。短い廊下。その先に見えたもの。
アカウントの残骸。
折れた剣、壊された盾、弦の切れた弓、石の砕かれた魔法の杖。
それらの近くに。
倒れたアカウント、手足のないアカウント、剣が胸深くに刺さったアカウント、黒焦げになったアカウント、白骨化したアカウント、様々な残骸が落ちていた。
塹壕。僕が書いた。壁。僕が書いた。
壁は無残に砕け散っていた。ほとんど原型を留めていない。塹壕にはアカウントの残骸、『エディター』の残骸、様々なものが落ちていた。
僕たちはドアを通り抜けるとそっと廊下の壁に身を隠し、様子を見た。
『祈りの間』、上座。
三面六臂の狼男。
身の丈四、五メートルはある巨大な化け物に、飛び掛かっているアカウントが二体いた。
すずめさんと、加藤さん。
様子がおかしいことは一目で分かった。
すずめさんは狂ったように銃を乱射している。
加藤さんもやったらめったらに椅子で殴りかかっている。
すずめさんの銃撃が加藤さんに当たり、加藤さんの振り回した椅子がすずめさんを打ちのめしていた。
一方で阿修羅狼は大暴れしていた。
瓦礫を投げつける。
剛腕でぶん殴る。
噛みつく。
丸太みたいな脚で踏みつける。
すずめさんも加藤さんも、そんな攻撃を受け、ボロボロになりながらも、負傷していることを忘れているかのような勢いで三面六臂の狼男に飛び掛かっていた。まるで錯乱状態だ。
そんな戦闘の近く。
幕画ふぃんさんとMACKさんが戦っていた。おそらく『参照型エディター』が引っ張り出したと思われるサイクロプスと。しかしこちらも様子がおかしい。
幕画ふぃんさん。黒剣を放り投げ、素手で殴りかかっている。
MACKさん。少女人形を放り出して自ら剣でサイクロプスに切りかかっている。
その近くに倒れている天さん。砂漠さんも仰向けに倒れている。二人とも震えている。足を負傷しているのだろう。何度も立ち上がろうとするが立ち上がれない。まるで壊れたロボットみたいだった。砂漠さんが叫ぶ。
「うわああああああああ!」
天さんも絶叫していた。しかし立ち上がれない。
他の生存アカウントを見る。
おそらく回復係であろう、聖職者系の姿をしたアカウント。
骸骨のモンスターに、素手で殴りかかり、噛みつき、暴れまわっている。
アーチャーっぽい、片腕を露出させたアカウント。
狂ったようにゴーレムの頭に頭突きを繰り返している。
壊れた鎧から肌を露出させた剣士。
折れた剣をぶんぶん振り回している。
爆発。僕たちが頭を覆うとその向こうに火炎魔法を連発する魔法使いが見えた。狙いもなく、四方八方に撃ちまくっているらしい。
何だこの状況は……。
僕は周囲を見渡す。飯田さん。飯田さんはどこだ……。
するとM.C.G.U.R.K.がしゃべる。
「物書きボーイ! あの三面狼の目を見たら駄目だ!」
その場にいた全員がM.C.G.U.R.K.に注目する。
「目を見るとおかしくなる! 発狂するんだ。僕はM.A.P.L.E.で目くらましができるから助かったが、他のアカウントは全員やられた。あの目に見つめられると発狂状態になるんだ! 怒りに身を任せてわけも分からず手近なものを攻撃し始める!」
「じょ、状況を……」
僕の声にM.C.G.U.R.K.が答えた。
「まず砂漠がやられた」
想像する。システムエラーを敢えて起こすことで戦闘し、ほとんど無敵状態の砂漠さんが、三面狼におかしくされ、飛び掛かる様子。
「次にあのアカウント二つ持ちのチラ見せレディ。二つのアカウントの内、女の方がおかしくなった」
「じゃ、じゃあ、龍人は?」
結月さんの声にM.C.G.U.R.K.が答える。
「中の人はレディの中に入ったままおかしくされた。アカウント切り替えができない。龍人とかいう奴は僕の隣でフリーズしてる。多分股間をバットでぶん殴っても起きない」
異変は徐々に起きた。そうM.C.G.U.R.K.は語る。
「周りのアカウントがおかしくなったんだ。弓使いなのに素手で襲い掛かったり、回復者が手近にいた味方のアカウントぶん殴ったり、そういう奇妙な挙動がだんだん広がっていって、おかしいな、と思ってM.A.P.L.E.に分析させたら……」
石壁の粉砕される音。すずめさんたちによる『エディター』との攻防が続いているらしい。
「あの三面狼、どうも対象のアカウントを怒り狂わせるらしい。影響下に置かれたアカウントはぶち切れ状態になり無茶苦茶に攻撃する。加藤さんが城の外で山羊男見かけた途端狂ったように椅子で殴りかかったって言ったな? 多分あれだ。秩序も何もあったもんじゃない。最初は、近づくと影響下に置かれるんだと思って、みんなで遠距離戦を仕掛けた。そしたら……」
轟音。壁の向こうを見る。石壁に叩き付けられたアカウント……。しかしすぐによたよたと立ち上がり、怒声を上げて『エディター』に殴りかかる。
「遠距離攻撃の狙いをつけた奴からおかしくなった。まずはすず姉」
想像した。
「突然ロングソードに持ち替えて切りかかった。すず姉を助けるために伊織姉様がフォローに入ってそこで、伊織姉様もとち狂った。椅子を出して殴りまくり。敵と言わず味方と言わず」
異変はだんだん広がっていって……と、M.C.G.U.R.K.は続ける。
「『円卓の騎士』の面々も、完全に頭がいかれちまった。今じゃあのザマ。多分片腕ちぎれても戦うね。実際周りはそういうアカウントだらけだし」
「飯田さんはどこにいるんですか?」
僕の問いにM.C.G.U.R.K.が答える。
「『祈りの間』入り口のドア分かるか? 純白レディが出てきたところだ。その前の塹壕に四人……龍人入れたら五人か……でいる。僕と、兎蛍さんと、佐倉さん、それからメイルストロムさん」
迂闊に手が出せない、とM.C.G.U.R.K.は続ける。
「兎蛍さんと佐倉さんは〈
爆発。火炎魔法が飛んできたようだ。僕たちは壁の後ろで身を寄せ合う。
「蛍ちゃんいるだろ? 転移魔法でこっちまで飛んで来い。ついでに『壁』を描写したテキストファイル持ってくるんだ。展開すれば少しの時間稼ぎになる。作戦練るぞ」
『祈りの間』、上座。
暴れまわるすずめさん、加藤さん、そして阿修羅狼。
サイクロプスに滅茶苦茶な攻撃をする幕画ふぃんさん、MACKさん。
壊れた脚で何度も立ち上がろうとする砂漠さん、天さん。
みんな発狂状態だ。怒号、罵声、雑言、様々な絶叫が飛び交っている。
僕は「壁」を描写する。
〈――レンガ造り。頑丈でちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れない。幅は十メートル、高さは五メートル。奥行きは二メートルくらいだろうか。かなり厚い。半円形を描いている――〉
半円形にしたのは横からの攻撃を防ぐため。四角形より衝撃を吸収しやすいと判断したからだ。テキストファイルを手にし、栗栖さんに合図を送る。
白い魔法陣。光。しかしすぐさま視界は暗くなる。
塹壕の中。アカウントや『エディター』の残骸が足元に散らばっている。そんな中に。
「やあ、物書き」
にこやかな飯田さん。でも頬や額には……戦いの跡を思わせる傷や泥があった。ジャケットもところどころ破れている。左手には……パワードグローブに展開された、M.A.P.L.E.。
テキストファイルを展開する。僕たちを包む影が濃くなった。塹壕の向こうに壁が展開されたのだ。慎重に、塹壕から出る。
「そいつは?」
飯田さんが無頼チャイさんとナナシマイさんを示す。
「『円卓の騎士』の一人と幕画ふぃんさんの部下です」
僕が手短に説明する。飯田さんは國さんと道裏さんの方を見た。
「それで……レイニーガールに収納ガール。収納ガールは顔色が悪いなぁ。そういやミスター南雲は?」
道裏さんが目を瞑る。
「まだ暴れています」
「七つの大罪は六つ撃破している。それでも暴れているってことは、ミスター南雲はあの〈
「無頼チャイさんがいらっしゃいます。希望の光は……」
メイルストロムさんの言葉に飯田さんが被せた。
「戦力はあまり関係ないな。むしろ戦闘力が高いほどあの発狂状態が怖い。ほとんど無作為に周りのものを壊すからな」
「あの三面狼の目を潰すしかない」
結月さんの言葉に飯田さんが応じる。
「相手の目を見ずにか?」
「目が元凶なんでしょ?」
「いいか花ちゃん。冷静になれ」
飯田さんが珍しく、イライラした様子で続ける。
「こっちはまともに戦えるアカウントが少ないんだ。一か八かは仕掛けられない。外したら壊滅だからだ。確実な手を打つべきだ。まずは錯乱状態にあるアカウントの救出。それから作戦を練り直すべきだ」
「でもその最中にまた発狂するリスクがある。元凶を断たないと」
「原因が分かっているんだ。あの目を見ずに物書きボーイのテキストファイルをすず姉や伊織姉様にぶつけられればとりあえずは成功だ。魔王くんと人形くんもその流れで何とか出来るかもな。いや、優先度を考えるとまずは砂漠を回復させて「~ない」系でみんな回復させるか?」
結月さんが噛みつくような勢いで答える。
「暴れまわるアカウントや『エディター』がいる中でそんなピンポイントな救出はできない」
「やってみなけりゃ分からない」
「一か八かに出られないって言ったの飯田さんでしょ?」
「平行線だな。女の子と口論するのは好きじゃないんだ。勝っても負けても根に持つからな」
「私も飯田さんの口の利き方嫌い」
「喧嘩している場合じゃないでしょう」
僕が間に入る。
「優先順位をつけましょう」
「その優先順位の付け方で今争ってたんだけど?」
ちくりと、結月さん。
「じゃあ、どっちも優先しましょう」
半ば自棄になった発言だったが、飯田さんも結月さんも僕の方を見た。それから、ほとんど二人同時に告げる。
「飯田さん、M.A.P.L.E.で目くらましできるんだよね」
「花ちゃんは機動力あるから駆け回れるしな」
飯田さんが続ける。
「僕が三面狼の目を潰して?」
「私が物書きくん連れてアカウントの救出に回る?」
ありだな。
ありだね。
すぐさま、飯田さんはM.A.P.L.E.に指示を出す。
「M.A.P.L.E.。あの『暴走型エディター』の視線を予測しろ。回避ルートを探って定期的に
〈三十二通り提案できます〉
「僕一人でどうにかできるかつ僕が一番安全なものは?」
〈五通りです〉
「OK、じゃあ、シェフのお任せで……花ちゃん、これを」
飯田さんがロザリオを手渡してくる。
「H.O.L.M.E.S.用セキュリティアイテムB.R.O.W.N.だ。僕の『ホームズ、推理しろ』ではVPNより強固なネットワークシステムを作ってH.O.L.M.E.S.との交信を……」
「日本語で話して」
飯田さんが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……要するにアンチウィルスアイテムだ。あの『暴走型エディター』の影響を無視できるかは分からないが、何もないよりはマシだろう」
「ありがとう!」
結月さんは早くも
「物書きくん、一緒に行くよ!」
「おい、物書き」
飯田さんが僕に向かって告げる。何事か、と僕は振り向く。
「この壁よじ登れってか? ドア作れよ」
はあ、本当に人使いの荒い。
僕は「ドア」を描写する……。
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