憤怒

〈提案できる作戦は全て協力者が必要です〉

 M.A.P.L.E.。飯田さんが、僕の書いた「ドア」に手を掛けながらつぶやく。

「最少人数で挑みたい」

〈最少人数は二名です。推奨されるアカウントは『無頼チャイ』様、『栗栖蛍』様〉

「じゃあその……ミスターハッターと、蛍ちゃん、一緒に行こう」

〈結月花様の方にも援護がいた方がよろしいかと〉

「メロウ姉さんがいればいいだろ」

 ネックレス。僕は首から下がったそれを握る。するとメロウ+さんも返してくれたのだろう。掌に、温かい感触。

「葵ちゃん『脳筋ゴリラ』でこのドア見張っといてくれ。ラビットくんとオーシャンくんは調子よくなるまで待機していてくれ」

 ラビットは兎蛍さん、オーシャンは佐倉海斗さんだろう。まったくこの人はすぐに適当なあだ名を……。

「レイニーガール、収納ガールは最後の切り札だ。最悪僕たちがあの『暴走型エディター』をどうにかする。残りの『参照型エディター』たちの討伐を君たちと、ミスター南雲で片付けるんだ。あの『暴走型』さえどうにかすればミスター南雲は復活するはずだからな。ミズお星さまは……」

「ミズお星さまって私?」ナナシマイさんが首を傾げる。

「そう、君。君は様子見て援護射撃してほしいな。おい物書きボーイ。『潜望鏡』だ」


 またそうやって僕を使って……。しかし「潜望鏡」は社会科見学の一環で大戦時の資料を漁ったことがあったので知っていた。原理も何となくだが想像がつく。描写する。


「こっち側からの干渉はできて向こうからの干渉はできないみたいな装置があればいいんだが……物書きボーイにそんなことは望めないな」

 悪かったですね使えなくて。

「蛍ちゃん、ミスターハッター。これを。M.C.G.U.R.K.だ」

 飯田さんは缶バッチを二人に手渡す。

「M.A.P.L.E.が算出した安全経路を随時M.C.G.U.R.K.で知らせる。こいつの指示通り動いてくれ」

「分かった」栗栖さん。

「承知しました」無頼チャイさん。


「私たちがやることはアカウントの救護だ、物書きくん」

 獣型黒狼グレイルの結月さんが告げる。

「まず砂漠ちゃんを復旧する! 砂漠ちゃんの『~ない』で全アカウントを回復!」

「M.A.P.L.E.、アカウント『砂漠の使徒』に至るまでの経路に邪魔な存在は?」

〈五体です。内二体は錯乱アカウント。三体は『エディター』です〉

「花ちゃん少なくとも三体と戦闘になるぞ。いけるか?」

「『白銀の狼』なめないで!」

「恋愛小説だろう」

「でも自慢の作品だから!」

「物書きボーイ守りながらの戦闘だぞ」

「メロちゃんいるし!」

「急に弱気だな」

「そっちだって頭も腕も三倍ある奴に挑むんだから覚悟くらいしときなさいよ!」

「まぁ、僕は最悪ほら、逃げるし」

 逃げるのかよ。まったくこの人頼りになるんだかならないんだか……。

「逃がしません」無頼チャイさんの無情な一言。

「逃げたら転移させるから」栗栖さんの無慈悲な追撃。


「まぁ、ほら……僕にはM.A.P.L.E.もP.O.I.R.O.T.もいるし、M.C.G.U.R.K.だって防犯には使えるし」

「飯田さんの『防犯』は過剰防衛なんですよねぇ」

「脳筋ゴリラ」状態の赤坂さんがつぶやく。

「やり過ぎなくらいやっておかないと反撃されるだろ」

 加害者側のセリフだろそれ。


 ドアの取っ手を握りしめる飯田さん。

「せーのでいくか?」

「了解!」構える結月さん。飯田さんが口を開く。

「せーの……」

「で!」

 足踏み。飯田さん大慌ての閉扉。

「『せーの』って言ったら『せーの』で出るんだろ!」

 結月さん反論。

「『で』で出るんでしょ!」

 呆れたように飯田さん。

「花ちゃん在住地バレるぞ。それ大阪の文化だろ。道理で獣みたいな格好してると思った」

 まぁ、僕も「せーの」派だった。僕の文化圏では飯田流であった。

「どっちで出るの? 『せーの』なの? 『せーので』なの?」

「三、二、一で出よう」

「了解!」

 三、二、一。

 ドアが開かれる。突撃。結月さんが駆け抜ける。

 僕のすぐ後ろで飯田さん、栗栖さん、無頼チャイさんが動き出した。だが彼らの軌道を追うことはできず。


 結月さんが一直線に砂漠の使徒さんが倒れているところに駆けていく。目の前には錯乱したアカウントが二体、ここまではM.A.P.L.E.の予測通り。

 さらに前方に。斧を振るうミノタウロス。弓を構えたケンタウロス。そして……何だあれは? 

 五本の足。山羊か羊かの。車輪のように生えている。中央にはライオンの頭。回転しながら動き回っている。ゴキブリみたいに不規則な動き。何だあれ? 何だあれ?  

「ブエルだ!」

 結月さんが叫ぶ。

「悪魔の一種! もしかしたら強い!」

「両脇の牛と馬も……」

 するとネックレスから声が。

「ああいうのは任せて。一、任」

 ぬっと、僕の胸元からメロウ+さんが姿を現す。

「精神操作はあいつらだけの特権じゃないんだからね」

 ゆらり、とメロウ+さんが手を動かす。

 すぐさま効果が表れる。

 ミノタウロスが真横に斧をぶん投げた。ケンタウロスがあらぬ方向に矢を放つ。


「危ない!」

 飯田さんの声。多分斧か矢が飛んでいったのだろう。

「M.A.P.L.E.の予測にないことしないでくれるか?」

「あは。ごめんごめん」悪びれないメロウ+さん。

 そうこうしている内にも結月さんは一直線にあの気持ち悪い生き物……悪魔ブエルへと向かう。飛び掛かるのか? メロウ+さんがどうにかするのか? 分からないまま結月さんに身を任せる。どうするんだ? どうやってあの気持ち悪いのを……。

「B.R.O.W.N.!」

 結月さんが叫ぶ。

「期待してるよ!」

 すると揺れるロザリオが答える。

〈あまりお力にはなれないと思いますが〉

 走っている状況下だからだろうか? 不安定に揺れる中年男性のような声。H.O.L.M.E.S.やM.A.P.L.E.の声に比べるとどうしても頼りないというか……大丈夫かこれ? 


 しかしそんな僕の不安なんて、馬鹿にするかのように。

 瞬く間にバリアが展開された。球型の、薄い光の膜。

「突進する!」

 結月さんの勇ましい声。進路にあの悪魔。中央にあるライオンの顔がぎょっとしたような気がした。

 襖を破くような、というか。

 大きなポスターを思いっきり引き裂いたような、というか。

 とにかく鼓膜を引っかく雑音。思わず耳を塞ぐ。しかし僕の目の前では、あの奇妙な悪魔ブエルが、ごっそりと半球型に、抉れていた。

 すぐに察する。


「飯田さんこれ、アンチウィルスアイテムっていうか、電磁バリアじゃないですか!」

 僕の声に、飯田さんが遠くで応じる。

「ああ、そんな機能もあったかもな」

 おそらく回避ルートを辿りながら必死にあの阿修羅狼に近づいているのだろう。息が切れている。まったく悪びれてないところが彼らしいのだが。

「飯田さんのことだからそんなことだろうと思った!」

 僕の下で結月さんが叫ぶ。と、次の瞬間僕は上空に放り投げられた。ふわりと浮かんだ空中で、僕は結月さんが人型黒狼グレイルに変身するところを見た。

「一丁上がり!」

 たくましい腕で削れた悪魔を殴り倒す結月さん。首からはロザリオ。どうやら電磁バリアが張れるのは一瞬のことらしい。しかし僅かな間でも展開できれば十分だった。僕たちの戦力を考えれば。


「物書きくん!」

 すぐに白狼レティリエに変身する結月さん。周囲を見渡し作戦を立てられる戦略モードに入ったのだろう。僕は上半身から床に着地すると何とか「ペン」を構えた。目前には、砂漠さん。

 必死に治療筆記をする。

「あれ……? 私……?」

 テキストファイルが適用される少しの間を置いて、復旧される砂漠さん。頭を振って立ち上がる。白狼レティリエが叫んだ。

「砂漠ちゃん、繰り返して!」

「繰り返す?」

「『全員立ち直れない』!」

「全員立ち直れない」

「『武器も元に戻らない』!」

「武器も元に戻らない」

「『持ち主の元にも戻らない』!」

「持ち主の元にも戻らない」


 一瞬だった。おそるべし、システムエラー。


 混乱状態にあったアカウント。損傷状態のひどいアカウント。ほとんど死にかけのアカウント。それらが一瞬で、「立ち直った」。続けて破壊された武器たち。見る見る「修復」されていく。そしてまるで逆再生でもするかのように。剣が、弓が、杖が、斧が、槍が、盾が、それぞれの持ち主の元に、真っ直ぐに、「戻って」いった。


 ふと『祈りの間』上座を見る。

 すずめさん。頭を振っている。幕画ふぃんさん。一瞬の判断で黒剣を取りに行った。MACKさん。サイクロプスの強い一撃を剣で防ぎながら我に返ったようだ。加藤さん。落ち着いて椅子に座っている。

「あっぶねー。死ぬところだった」

 砂漠さんの近くで、天さん。いやあなた死んでましたけどね。


「砂漠ちゃん、ついでにバフだ!」

 結月さんが叫ぶ。

「『シャロール』使って!」

「わ、分かった!」

 立ち上がる砂漠さん。大声で、叫ぶ。

「みんな、『がんばれー!!!』」

 みるみる形勢が逆転していくのが分かった。

『エディター』と戦う作家たちの力が強くなっている。それは単純にフィジカルの面でもそうだし……メンタルの面でも、さっきより士気が上がっている気がする。

 実際敵を圧倒し始めた。剣で、魔法で、作家たちが『エディター』討伐し始める。勝利の叫びが各所から上がってくる。

 白狼レティリエ結月さんがつぶやく。

「『シャロール』の能力は『話術』」

「『話術』?」

 叫んでその通りにバフがかかる「話術」とは? そう思ったが僕の疑問を結月さんは察知してくれたようだ。くすくす笑っている。

「ま、砂漠ちゃんらしいってことで許してよ。作家界隈には、ゆるーく創作やっている人もいるんだから」

 まぁ、問題は……と、結月さんが砂漠さんの方を見る。

「これこれ。シャロールちゃんの(ピー)」

 砂漠さん、いつの間にか身長が縮んで女の子のような姿になっている。獣耳もハッキリ。心なしか顔も小さくなっている。そんな彼は両手を胸に……言いたいことは分かった。もう(ピー)いらないじゃん。


「飯田さん、こっちはやった!」

 結月さんが叫ぶ。

 すると僕が持っていたM.C.G.U.R.K.が応答する。飯田さんの声だ。

「そういう時はな、『いいニュースと悪いニュースがある』って言うんだ!」

「悪いニュースないもん!」

「こっちはあるぞ」

 一瞬、空気が凍る。M.C.G.U.R.K.を見つめる。

「目玉……一個しか潰せなかった」


 ロケット花火のような、音を立てて。

 何かが飛んでいった。石壁に泥玉をぶつけたような音がした。慌ててその方向を見る。ずるずると、落ちていったのは。


 ジャケットがずたずたにされ、満身創痍になった、飯田さんだった。

 傷だらけの顔を上げる。髪型も服装も崩れ、あのいやらしい感じが見るも無残になった飯田さんが、ふらふらになったボクサーのような顔で、手を掲げる。

 開く。乾いた音を立てて落ちる。ペン型防犯グッズ、P.O.I.R.O.T.。


「ま、一個は潰せたな」

 そう言い残して、彼は……項垂れた。意識を失ったのだと僕は理解した。

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