影者討伐隊

「『日本にダンジョンができたのを、俺以外誰も知らない件』」

 ふわりと空気が揺れた……気がした。いや、実際に揺れていたかもしれない。國さんのスカートが少し膨らんだ気がしたからだ。

 僕は腕の中の道裏さんをそっと座らせると、一言告げた。

「この中へ。安全です」

 即席でシェルターの描写をし、手書きのテキストファイルを展開する。小さな箱型の建物ができた。戸を開け、道裏さんを隠す。

 さて。安全策はとれた。

 水色のパーカー姿の彼女を見る。さっきまでの怯えた表情が完全になくなって、勇ましい、ハッキリした目線を目前の巨神にぶつけている。


 彼女の両脇を無頼チャイさんとナナシマイさんが固める。髪の毛が赤く染まっているナナシマイさんが一言。

「四時間も使えれば足りるんじゃない?」

「四時間内で終わらせます……!」

 やっぱり。スカートがふわりと揺れている。澄み切った、綺麗な声で一言。

灯璃とうり……」

 僕は訊ねる。

「今のは……?」

 無頼チャイさんがシルクハットを掲げる。

「國さんの作品の主人公です。彼女はまだ、PV数が少ないから主人公の能力しか使えませんが……」

 ナナシマイさんがオペラグローブを整えながらつぶやく。

「いわゆる『主人公無双もの』なのよね。國さんの作品。主人公の能力しか使えなくても、それで十分っていうか……」

「彼女のネックは」無頼チャイさんがシルクハットをかぶり直す。「本当に、能力行使時間が短いことだけなんです。それを除けば、立派な戦力。そして……」

 これからの小説界を作っていく、未来です。


 無頼チャイさんのそんな言葉に応じるように、國さんが手を掲げる。

 するとどこからともなく黒いライフルが現れた。國さんはそれを手に取り、構える。パーカー姿の女子高生がライフル。ギャップに胸が疼いた。

 銃声。ボルトアクションなのだろうか。一発ごとに装填。だが速い。ほぼ連続した銃撃が巨神の足に当たる。

 しかし、巨神からすれば豆粒程度の塊が当たったに過ぎない。無反応。しかし僕は着弾点を見る。

 ほぼ同じ場所に当てている……。穴が深い。そして銃痕が一つしかない。発射は計六発ほど。六発全弾同じ場所に当てたのか。

「足じゃ駄目か」

 小さなつぶやき。國さんは慣れた手つきで弾倉を入れ替える。

「ちょっと距離とります……!」

 そう告げた次の瞬間には遥か後方にジャンプしていた。彼女の視界にはおそらく……巨神の顔面。


 巨神が腕を振るった。大きな剣が音を立てて國さんを狙う。何度も振り回される剣。叩き付けたり、振り払ったり。しかし彼女は華麗な立体起動で……何だろう? 魔法か何かを使える設定なのだろうか……それをかわすと、再び地面に着地し、膝をついて真っ直ぐに銃口を巨神の顔に向けた。


 國さんが連続してつぶやく。

「どんなに体が大きくても」

「どんなに体を鍛えても」

「脆い場所がある……弱い箇所がある!」


 銃声。今度は巨神が反応する。右目を押さえて悶絶したのだ。ぐらりと巨躯が揺らぐ。國さんが素早く銃を下げ、スリングで肩にぶら下げる。

 それからすっと、右手を掲げ。

「みんな、目を瞑って!」

 白状しよう、僕は好奇心に負けた。

 國さんが何をするのか気になって目を瞑らなかった。そしてそれを少し後悔した。

 眩い閃光。

 飯田さんのM.A.P.L.E.に負けないくらいの激しい閃光が走り、光球が勢いよく巨神の顔面に向かって放たれたのだ。

 あれは、やっぱり、魔法……? 

 巨神がまた揺らぐ。顔面に光弾を受け大きく仰け反ったのだ。その隙を國さんは見逃さなかった。再び手を伸ばす。

 今度はオレンジ色の光線だった。しかし、ビームのようなものではない。

 鞭……? 縄……? その光線は大きくしなって巨神の足に巻き付いた。國さんが……細い腕のどこにそんな力があるのか分からなかったが……ぐいっと腕を引く。


 ビームが足を掬った。巨神がバランスを崩す。後ろに大きく転倒したのだ。当然砦が巻き込まれる。大きな音を立てて石造りの塔が崩壊した。土煙、砂煙。しかし國さんが両手を大きく広げると、それらの塵も一気に巻き上げられ、上空へと消えた。ぽつりと國さんがつぶやく。

「十五分経過……『☆』半分の時間……!」


 そうか。國さんは能力行使の時間が短いから常に残り時間を気にしながら戦わないといけないんだ。『King Arthur』は「☆」の数が極端に多い人から能力行使の時間を分けてもらえるギルドだったが……ギルド長が殺された今、その恩恵にあずかれる人はもういないのかもしれない。


「この後も戦闘が続くことを想定すると、そろそろケリをつけたい……!」

 國さんの体がふわりと宙に浮かぶ。僕はそっと目を伏せた。スカートの中が、見えてしまいそうだったから。

「探知する……!」

 頭上から國さんの声。俯く僕の耳にナナシマイさんのからかうような声が聞こえる。

「國さんの作品の主人公はね、魔法で敵を探知したりできるの」

「私の帽子をかぶりますか」

 目隠しのためだろうか。無頼チャイさんが僕に気を遣ってくれる。だがそのことも何だか恥ずかしくて、僕は……申し出を拒む。

 そんな、悶々とする僕の上空で。

 國さんは魔法で探知をしたらしかった。大きな声で告げる。

「核があります! あれを狙えば、もしかしたら……!」

「やれそう?」ナナシマイさんの優しい声。國さんが応じる。

「いけます!」

「『☆』一つ分の行使時間で何とかなりそうだね」

 ナナシマイさんのそんな言葉に応えるように。


 まず、光の矢が降り注いだ。大きな、ちょっとしたモニュメントくらいのサイズはある光の矢が。巨神の手足を貫く。巨神が呻く。

「ぐぬう」

 しかしまだ余裕の雰囲気だ。頭上の國さんが立て続けに攻撃したのを……僕は何となく察知した。

 今度の魔法はハッキリとは見えなかった。ただぼんやりとした火球のようなものが真っ直ぐに巨神の胸に飛んでいったかと思うと……破裂した。

 大爆発。

 首をすくめるような炸裂が巨神の胸の上で起こった。巨神の体の一部……大理石の破片のような、白い塊……が砕け散る。大きく割り開かれた巨神の胸。その奥に見えたのは。

 どくどくと脈打つ、緑のマーブル模様をした丸い塊。

 あれが核か……と、思っていると。


 頭上から銃声。単発。だが重い一撃だった。命を刈り取るのには、十分そうな。


 巨神の胸にあった核の脈動が止まった。ひびのようなものが走ってバラバラと砕けていく。僕の隣にいた結月さんが、耳を動かして告げる。

「『参照型エディター』……崩壊してるのかな。朽ちていく匂い」

 ふわりと、僕たちの目の前に國さんが着地する。

 僕たちの方を向いて。巨神に背を向けての、着陸。

 彼女の背後では巨神ががらがらと音を立てて崩壊していった。


 安堵するような、解放されるような、声。

「あああ……」

『エディター』の手によって無理矢理作品の外に出された対象が、暴れるのをやめ、再び作品へと戻っていく。僕はそんな場面を目にしていた。


 巨神はほとんど、國さんに危害を加えることなくやられていった。剣を振り回しただけ。ダイナミックではあったが、しかし國さんの敵ではなかったようだ。一方的な戦いだった。これだけ戦えるなら、巨神なんて怖がる必要、なかったんじゃ……。

 そう思っていると國さんがにっこり笑って告げた。

「支えてくれる先達者がいるから、頑張れました!」


 そうか。

 僕は理解した。

 こうやって、先にこの道に入った人間たちが、後に入ってきた人間を導いたり、支えたり、寄り添ったりして、後続の人間が育っていくんだ。

 いつか僕も、誰かの道しるべになれたら。

 そんな淡い気持ちを僕は抱いた。僕の気持ちの向こうで、水色パーカー、ボブカットの國さんがすっと銃を消して、駆け寄ってくる。

「先輩たち、ありがとうございました!」

 無頼チャイさんとナナシマイさんが彼女を迎える。温かい場面だった。ほっと胸から、息が漏れるような。


 不穏な声が聞こえてきたのは、その時だった。

「……おい……おい……」

 どこからだろう。僕は慌てて周囲を見渡す。

 結月さんや栗栖さん、赤坂さんも声に気づいたようだ。きょろきょろと辺りを見渡す。すると、胸のネックレスから、メロウ+さん。

「物書きくん、背中。背、後」

 慌てて背中に手をやる。冷たい感触。丸い感触。結月さんが背後に近づく。

「取ってあげる」

 結月さんによって外されたそれが僕の手に渡される。

 どうやら缶バッチのようだった。黄色い下地に赤い文字で大きく「M」と書かれている。缶バッチにしては少しごてごてした……何やら基盤のようなものがついた……ものだったが、どうやら声はこれから聞こえてくるようだった。


「物書きボーイ。聞こえるか。おい」

「き、聞こえます……」

 僕は応じる。飯田さんの声だ。

「な、何ですかこれ……」

 と、訊ねると、飯田さんの声が答えた。

「缶バッチ型防犯グッズM.C.G.U.R.K.だ。発信機や通信機として使える。さっき二手に分かれた時に君の背中につけておいた。作戦が上手くいったかどうかを確認できるようにな」

 ま、そんなことはいいな、と飯田さんの声。落ち着いている。しかしその落ち着きが、妙な恐怖を僕たちに与えた。

「いいニュースと悪いニュースとある。どっちが聞きたい?」

 この手の質問か。僕は好きなおかずは先に食べる方だ。故に。

「いいニュースから」

 僕の声に飯田さんが答える。

「すず姉と伊織姉様が戦っている」

 なるほど、それは形勢有利になっているということか。そんな理解を僕はする。

「悪いニュースは?」

 僕の問いに飯田さんが……暗い調子で……答える。

「すず姉と伊織姉様が戦っている」


 それはある意味、すずめさんと加藤さんという非常手段を使わざるを得ない状況に追い込まれているということだと……僕は理解した。

 背中に嫌な汗が流れた。

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