空と炎と竹と嘘と

 暴れる、巨神。

 ほとんど蝿叩きだった。虫のように小さい、動き回る生き物を叩き潰そうとするかのような、そんな動き。

 僕たちには回避しかできない。あの巨体を撃破する術。栗栖さんなら何とかできそうだけれど……。


 巨神の攻撃の他にも、襲い掛かってくるキツツキの群れ。巨躯の狼の襲撃。

 キツツキの突撃はほとんど流星群だった。あるいは鋭い魚群。しかも方向性の変わる、縦横無尽な群体。僕たちの中で一番戦闘力が高い栗栖さんでも……かわすのがやっと、というところだ。

 しかし栗栖さんには転移魔法がある。

 突撃を食らっても巧みに方向を変えさせ回避する。途中、無限ループさせられることに気づいたのか、転移魔法の魔法陣をいくつも重ねてキツツキの群れの攻撃を封じた。これで大丈夫かと思いきや……。

 群れの中の数匹がランダムに方向性を変える。するとそれについていくかのように群れが分岐し、再び襲い掛かってくる。行く先を阻まれたり目標に回避されたりする度に群れが分裂するようだ。そうして分裂した群れはどこかでまた一つになり……巨大な、キツツキの川へと逆戻りする。

 複雑な動きだった。栗栖さんも必死で回避する。

 タイミングを見て火炎魔法などで巨神を攻撃する。効いてはいるのだろうが決定打ではない。事実剣を振るう巨神の勢いは衰えない。


 そこに来て、巨大狼の突進。

 まるでイノシシみたいだった。口を開き、鋭い牙を突き出しながら、食いかかる。

 こちらの相手は僕たちがしていた。すなわち結月さん、僕、メロウ+さん。

 断言すると、メロウ+さんがいないとやられていた。

 僕の首から下げたネックレス。メロウ+さんはそこから腕を生やすことができる。まず、黒狼グレイルの結月さんが駆け回って距離をとる。そして突撃してきた狼を……メロウ+さんが腕で受け止める。

 細い腕ではなかった。デフォルメされたような大きく、だが女性のようにしなやかな腕。その腕で狼の鼻っ面を押さえつけ、捕まえる。結月さんが踏ん張って突進に耐える。僕の首から伸びた腕が巨大狼をねじ伏せる。この行程がなければ僕と結月さんは逃げ回るしかなかった。しかしメロウ+さんが押し倒してくれるから。

「お腹を見せた!」

 黒狼グレイル結月さんが飛び掛かる。巨大狼の柔らかい腹を引っかき、食いちぎる。効いているようだった。巨大狼は悲鳴を上げる。だが。

 すぐさま身を捩って起き上がる。危ない。接近戦なので巨大狼の鋭い爪が僕たちを襲う。結月さんが華麗に回避してくれるが……僕としては毎回息が止まりそうなほど怖い。事実何度か止まっていたと思う。

 結月さんの上で不安定に揺れる僕を「脳筋ゴリラ」の赤坂さんが支えてくれる。何なら振り落とされた僕を掬いあげて結月さんと連携をとって再び乗せてくれたりする。瓦礫をつかんで投げつけ巨大狼を牽制したり、結月さんが攻撃に転じている時は巨大狼の腹の毛をつかんでしがみつき、結月さんが攻撃しやすいようにしている。

 

 突撃メンバーは大活躍をしていた。しかし。それでも。

 キツツキの群れも、巨大狼も、巨神も、少しも揺るがない。ずっと攻撃を仕掛けてくる。このままじゃ、消耗してしまうことは明らかだった。


 転機が訪れたのは唐突だった。

 無頼チャイさん。ずっと空を飛んで僕たちの様子を見ていた。どうやら翼などがなくても自在に空を飛べる能力らしく、キツツキの群れを回避し、巨大狼を上から観察し、戦略を練っているように見えた。それはナナシマイさんも同じだった。

 結界、だろう。

 キツツキにも巨大狼にも認知されていない。杖を構えて座り込み、じっと敵を観察している。ぶつぶつ何かをつぶやいている。

 動いたのは無頼チャイさんだった。

「失礼。先程は私がキツツキを相手にしておりましたが……」

 華麗な着地で、巨大狼の前に立つ。結月さんが叫ぶ。

「危ない!」

 しかし無頼チャイさんが手をかざすと。

 彼を中心に緑の何かが生えた。あまりに一瞬の出来事で認知できなかったが、よく見てみるとあれは……竹? 

 突然生えたしなやかで巨大な竹に巨大狼の進路は阻まれた。と、いうより受け止められた。視界を遮られているので狼がどんなリアクションをとったのかは分からない。だがとりあえず突進は防げた。

「……『織姫』」

 無頼チャイさんがつぶやく。続けて。

「『ジャック』……ヒィーホォー!」

 紳士然とした無頼チャイさんの唐突な叫び声に驚いたのだが……もっと驚いたのはその威力。

 火炎だった。もはや業火。

 竹が燃え上がった。一瞬で、激しく。次に見えたのは毛皮が燃える巨大狼だった。


「この火力で、先程はキツツキたちを相手していたのですがね」

 無頼チャイさんがシルクハットをかぶり直す。

「焼いても焼いても次が出る。じり貧でして。で、追い詰められた挙句、あの巨神でしょう? 苦戦しましたよ。ナナシマイさんもあの巨大狼を相手に苦戦していたようですし……でも思えば、逆にすればよかったのですね」

 火だるまになった巨大狼は何度も転びながら地面に体をぶつけ、擦り付け、火を消す。やがて消火し終えた後に、唸る……と思いきや。

「さっきのよりは骨がありそうだな」

 低い、腹の底からひねり出したような声でそうつぶやく。あの狼、人語を解すのか……。そんな感想を抱いていると。

「しゃべれるのですね。それは都合がいい」

 と、無頼チャイさんがシルクハットのつばを撫でた。

「……ところで、尻尾に施しました私の工夫にはお気づきですかな? あなたの感度を狂わせる魔法なのですが」

 巨大狼が見て分かるくらいにぎょっとする。くるりと身を翻し尻尾を見る。だが。

 犬が尻尾を追いかけ回すとどうなるかくらい分かるだろう。その場で壊れたおもちゃのようにくるくる回り続ける。巨大狼もそう……とまではいかなかったが、歯痒そうに尻尾を見ていた。すると。


 無頼チャイさんの傍に一匹の狼が現れた。黒狼グレイル結月さんとほぼ変わらないくらいの、立派な狼だ。何事だ? 僕が混乱していると、無頼チャイさんは次々に言葉を紡いだ。

「お口の中に仕込みましたプレゼントにはもうお気づきでしょうか。歯を蝕む呪いなのですが……」

「顔にもおひとつ……肉を食う虫をですね」

「背中に腕を生やしているのですが……」

 その度に巨大狼は口から何かを吐き出そうとしたり、顔を必死に引っかいたり、地面に背中を擦り付けたりしている。しかし僕の側から見て口にも顔にも背中にも何もない。要するに無頼チャイさんのハッタリだ。彼は嘘をついている。

「貴様何をした」

 巨大狼がそう問う。しかし無頼チャイさんは平然と述べる。

「何もしていませんよ」

 そうこうしている内に。

 彼の近くには四匹の狼が姿を現していた。巨大狼もその様子に気づき言葉を投げかけてくる。

「その獣は」

「あなたも獣でしょうに」

「どこから出した」

 すると無頼チャイさんはふと振り返り、いきなり僕を示した。

「そこの少年ですよ」

 ぎょっとする。巨大狼の目線が僕に突き刺さる。それだけで僕は、内臓を全部吐いてしまいそうなほどの恐怖に包まれた。


 こいつ何言ってるんだ。僕に狼を出す能力なんて……あるな。「ペン」を使えばいい。僕「ペン」を使ったか? 知らない間に? あるいは「ペン」の故障……なんて疑念に包まれていると。

 無頼チャイさんの傍にもう二匹、狼が現れた。どれも黒狼グレイルに負けない体格どころか、最初に現れた一匹より次に現れた一匹の方が体が大きい気がした。

「さてさて、合計六匹。少年たちを乗せた狼も含めれば七匹。加えて私」

 無頼チャイさんがぐっとシルクハットをかぶり直す。

「参りましょうかね」


 それからはあっという間だった。

 無頼チャイさんは空間転移ができるらしい。地面や壁をめくるようにして移動していた。おまけに飛翔能力。縦横無尽だった。

 空から地面から壁から、巨大狼にちょっかいをかける。狼にとってそれはかなりのストレスらしい。そりゃ、飛び掛かろうとしたタイミングで足をつかまれたり、空から背中を蹴られたりしたら鬱陶しいだろう。やがて巨大狼は無頼チャイさんに的を絞った。着地のタイミングや低空飛行のタイミングを見て飛び掛かろうとする。しかしそれを。

 竹。竹が群生するのだ。基本的には無頼チャイさんを中心にして生えるらしい。竹の壁だ。竹はしなやかで固い。おまけに群生している。一本が折れても二本目三本目と巨大狼を阻む。そしてその竹を、無頼チャイさんはあっという間に燃やす。ヒィーホォー! と叫びながら。火だるまになる狼。のたうち回り、火を消している間に。

 六匹の狼が襲い掛かる。鼻、喉、腹、脚、各所に噛みついて首を振り、攻撃する。もちろん狼も巨大狼から反撃を受ける。殺される。しかし、ゾンビだった。死んだ傍から再び狼が姿を現し、攻撃する。飛び掛かる。引っかく。結月さんも隙を見て攻撃しようとするが、六匹の狼の連携が巧み過ぎた。やがて、結月さんがつぶやく。


「嘘、だ」

「嘘?」僕は訊き返す。結月さんが僕の方を振り返りながら続けた。

「嘘をついたんだ。で、その嘘を信じた分だけ狼が出たんだ」

 唐突に、結月さんが白狼レティリエになる。背中から落ちた僕と赤坂さん。立ち尽くしていると、白狼レティリエが告げる。

「尻尾、口の中、顔、背中。どれも自分じゃ確認できない場所だ。そこに『何かをした』という嘘。確認できないから信じるしかない。そして……」

 白狼レティリエが僕を見る。

「一人だけ『能力が分からない存在』、物書きくん。そんな存在の前で不可思議な現象が起きれば原因をそこに帰結するのは当然。けれど無頼チャイさんが言った『物書きくんが狼を出している』もやっぱり、『嘘』」

 すると狼が一匹消えた。煙のように、儚く。飛んでいた無頼チャイさんが僕たちの元に着地する。

「おやおや、いけませんよ種明かしをしちゃ」

「物書きくんが抱いた疑念も狼に変えたんだね?」

 結月さんが告げる。無頼チャイさんはおかしそうに笑う。

「失礼。何せ人手が……狼手が必要だったもので」


「そういうことか」

 巨大狼が体を起こす。気づけば……襲い掛かっていた狼の群れは、消えていた。

「ハッタリだったんだな」

 唸るような声。嘘がバレた。無頼チャイさんが笑う。

「おやおや、気づかれましたか」

 憎々し気に睨む巨大狼。

 全身には火傷、噛み傷、引っかき傷、先程まで恐怖の対象だった巨大狼はズタズタボロボロになっていた。僕はあいつにどこか憐れみさえ感じた。しかしそんな狼が、渾身の力で。

 狂ったように飛び掛かってくる。僕は一瞬身構えた。そこら辺のチワワでさえ飛び掛かられたら驚くのに、あんな大きな狼に……なんて思っていると、無頼チャイさんが平然と。

「学習しませんねぇ。こうですよ。『織姫』」

 竹。地面から突き上げるように。巨大狼の顎を打つ。そうしてひっくり返った狼の腹に。

「『ジャック』……ヒィーホォー!」

 火炎。それは火の玉だった。放物線を描き放たれた火炎球が巨大狼の腹を襲った。そして次の瞬間。

 爆ぜた。派手な音を響かせて火の粉が四散する。火だるまになった狼。だが今度は。

 起き上がらない。顎を打たれて脳震盪でも起こしたのだろうか。ぐったりしたまま動かない。そうしている間にも炎は体を舐め尽くす。それは勢いのある炎だった。どこか魂の輝きを思わせる炎だった。


「終わりましたな」

 その一言で。

 巨大狼が燃え尽きた。残ったのは黒焦げの巨体。当然のように、動かなかった。煙。焦げた臭い。僕は鼻を覆った。結月さんがつぶやく。

「勝った……?」

 無頼チャイさんが振り向き、シルクハットを脱ぎながら頭を下げる。

「勝利いたしました」

 どこまでも紳士的なその振る舞いが、薄っすらとした恐怖を孕んでいた。

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