庭へ
「挑むか」
巨神が問うてくる。無頼チャイさんが応じる。
「謹んで」
巨神の目に激しい光が宿った。
「では参ろう」
振りかぶる。手にはスモールソード。スモール、と言ってもこの巨躯に対してのスモールだ。僕たちからすれば身長ほどもある大剣である。
それを、一振り。
砦が壊れる。僕は結月さんの背中にしがみついた。
無頼チャイさんや、ナナシマイさんは……。
飛び散る瓦礫を足場にして、華麗なジャンプで飛び回っていた……ほとんど忍者だ。
「物書きくん! 修復描写だ!」
結月さんの指示を受けて僕は「ペン」で綴る。巨神に破壊された壁や階段が、みるみる元に戻って行く。
「その作家はどのような能力なんですか」
無頼チャイさん。いつの間にか僕たちの目の前に着地している。結月さんが応じる。
「彼は作家じゃない」
「作家じゃない?」
やはり僕たちの目前に着地したナナシマイさんが訊き返す。
「じゃあ、今のは?」
「これです」僕は「ペン」を示す。
「これで綴ったことが『カクヨム』フィールドに反映されるんです」
「それは便利ですね」無頼チャイさんが帽子を脱いで頭を撫でる。
「我々のするタイピングとは何が違うのでしょう?」
「その辺の詳しい話は後!」
結月さんが低く構える。臭いで分かるのだろう。警告を発する。
「あいつ、まだ来る!」
再び粉砕される壁。巨神が顔を覗かせる。
「参ろうぞ」
巨神の声。重く響く。
「ここじゃ狭い!」
結月さんが叫ぶ。
「どこか広い所へ!」
「砦の周りの庭が広いです!」
國さんが球体バリアの中から叫ぶ。
「そこに連れ出せれば……」
「確かに、そちらの方が私も戦いやすそうですね」
無頼チャイさんが一瞬床を見てから顔を上げる。
「先程はこちらの能力を特に活かせないままやられてしまいましたから」
「國ちゃんを守ることで手いっぱいだったからね」
落ち着いた声のナナシマイさん。バリアの中で國さんが声を漏らす。
「すみません……」
「いいんですよ。あなたは未来だ」
無頼チャイさんが僕たちの方に……國さんの方に振り返る。
「大事なのは未来です。未来に何を残せるか」
「それに、國ちゃんはまるっきり戦えないってわけでもないしね」
「☆」が、八個。ナナシマイさんは國さんに向かって確認する。
「能力行使時間が四時間」
「はい」國さんが恥ずかしそうに俯く。
「自信を失くさないで。ここぞという時に使えばいいんだから」
「はい!」
『King Arthur』も、いいギルドなんだな。
僕はふとそんなことを思った。飯田さんの説明では、「☆」の力で作家を絞め上げているような、そんなギルドのイメージだったが……悪辣なのは、ギルド長だけだった、ということだろうか。
「庭に連れ出すとなると、一度この砦から引きずり出す必要がありますね」
無頼チャイさんがシルクハットを傾けながらつぶやく。
「一度『挑戦』すれば、どこまでも追いかけてくる敵なんですよね?」
僕は思い付きを口にする。
「栗栖さん、庭に転移できませんか? さっき回廊を渡る時に一応目にはしてますよね?」
「できると思う」
ロッドを構える栗栖さん。
「そっか。こっちが庭に出てしまえば……」
結月さんが顔を持ち上げる。
「あいつも庭に出る!」
バリアの中で國さんが拳を固めたところで、栗栖さんがロッドを掲げた。
「行くよ」
一瞬で、眩い光に包まれる。
次に目を開けるとそこは砦の下、芝生の広場だった。広い。バスケットコート二面分くらいはある。砦や城が大きかったからいまいち広さが実感できていなかったが……こうして下りてみると広い空間だ。
しかし、直後に。
砦の壁が大破する。頭上から瓦礫が降り注いでくるが、栗栖さんが魔法陣を展開してそれらを無害な場所へ転移させてくれた。白い陣形が消えた跡、見えたものは、やはり巨神の体だった。
その足。
神木、と呼ばれるレベルの大木と同じくらいの大きさがあった。その上に続く巨大な体。大きな布の隙間から見える腹筋は割れており、さらにその上に厚い胸板が見えた。頭には狼を象ったような冑。鍔がキツツキになっているスモールソードを掲げ……こちらに、一振り。
巨大な一撃だった。
一振りで回廊の一部が抉れるようにしてなくなった。芝生の地面に叩き付けられた剣先が地割れのような溝を作る。
僕たちは咄嗟の判断で左側に退避した。飛んでくる瓦礫や土くれ。栗栖さんがある程度防いでくれたがやはり小さなものは僕たちに降りかかる。頭を守る。
「厄介なのはあいつだけじゃないんだよなぁ」
ナナシマイさん。頭上のティアラの傾きを直している。
「まず、あいつら」
彼女の見る先。
巨神の頭上。狼を象った鎧の上から。
大量に降り注いでくる、黒い何か。ある程度近づいてきたところで、ようやくそれが何かを認識する。
「鳥?」
「キツツキだ!」
結月さんが叫ぶ。
「鋭い嘴で突撃してくるつもりだ!」
ああ、なるほど。でも、この程度なら……と、安心している僕がいた。その安心を、裏付けるかのように。
栗栖さんがロッドを掲げる。白い魔法陣。かなり大型だ。僕たち全員をすっぽり覆えるような。続けて栗栖さんはその魔法陣の隣にもう一つ陣形を作る。
降り注ぐキツツキの雨。しかしそれらは一気に魔法陣の中に吸い込まれていく。そして隣の魔法陣から勢いよく、飛び出していく。
鋭い嘴の群れが巨神を襲う。しかし、巨神は。
意に介さん、といったところか。皮膚に鳥たちの嘴が当たっても顔色一つ変えていない。どうやらあまり効果のある反撃ではなかったらしい。
「ほう、そんなことが」
無頼チャイさんが興味深そうに栗栖さんを見る。
「便利ですな」
「いちいち攻撃ぶつけて相殺させなくていいっていうのは楽かも!」ナナシマイさんがきゅっとオペラグローブをつけ直す。
「これ、勝機あるんじゃない?」
「まだ油断してはいけませんよ」
無頼チャイさんが懐中時計を取り出す。
「キツツキの一手が無駄だと分かれば、次の手を打ってくることでしょう」
「次の手って……」
と、僕が言いかけたタイミングで。
「危ない!」
結月さんが跳ねた。もちろん僕も跳ね上がって退避する形になる。僕たちとは別の方向に転移したのだろう。栗栖さんの魔法陣の跡。そしてそれが消えた先にあったのは。
黒々とした毛並み。ちょっとした木と同じくらいの太さだ。だが筋張っている感じではなく……ところどころ盛り上がった、たくましい筋肉。
だらだらと垂れる涎。低い唸り声。僕は最初、
でかい。
最初に抱いた感想はそれだった。そして次に胸に込み上げてきたのは危機感。こんなのに襲われたらひとたまりもない、という直感だった。
巨大な狼。
大型クレーン車並みの大きさをした狼が現れた。ふと目線を上げてみる。巨神の頭にあった冑が、ない。
「これが次の手です」
いつの間に、しかもどこに退避していたのだろう。
無頼チャイさんが僕たちの傍に着地する。彼の視線を追いかけてみれば、ナナシマイさんがどこからか取り出した杖を振っていた。狼の脚を蔦が覆う。一瞬だけ、狼が鬱陶しそうな唸り声を上げる。動きを止めてくれているようだ。
「剣で大量のキツツキを指揮し、冑が巨大な狼に変化します。巨神は巨神で、剣を振るって攻撃してきます」
無頼チャイさんの丁寧な説明。ようやく状況が理解できる。
「つまり、さっきまであなたたちは……」
「國さんを守りながら実質三対二の状況で戦っていました。そこにあの、三面六臂の……」
三面六臂。
僕は思い出す。阿修羅狼男。〈
「形勢が不利になり、まだ年も若く、未来の小説界を背負うであろう國さんを守ることに注力していたら、不意に彼女が姿を消して……」
僕たちが國さんを連れて現れた、ということか。
「あの巨神は、どうやらあの三面六臂の狼男の配下にあるようなのです」
無頼チャイさんが言葉を続ける。
「おそらくですが、三面六臂の方を倒せばこの巨神も始末はつきます。しかしあちらは……かなり、手強い」
僕の中で不安が芽生えた。
『円卓の騎士』でさえ手強いと評する『エディター』。すずめさんや、加藤さん、飯田さんは大丈夫だろうか……特に戦力にならない飯田さん。
「ひとまず我々は、目の前の問題に注力しましょう」
無頼チャイさんがシルクハットを被り直す。
「このキツツキ……狼……巨神を、討伐しましょうか」
断続的な、音がして。
ナナシマイさんもこちらに退避してきた。巨大狼の脚にまとわりついていた蔦が引きちぎられたようである。同じタイミングで栗栖さんがワープしてきた。しかし近くに道裏さんと國さんがいない。
「彼女たちは?」
僕の問いに栗栖さんが答える。
「道裏さんの提案で異空間の中に。あそこにいれば危害は及ばない」
なるほど。収納ガールってわけか。これで防戦をとる必要がなくなった。
「後で血色がよくなる描写します……」
聞こえない、かもしれないが。僕は道裏さんのためにそう告げる。
「参りましょうか」
無頼チャイさんの、紳士な一言で。
僕たちの戦闘は始まった。
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