神様
結月さんが床を蹴る。
移動していた。かなり高速で。結月さんの背には僕。國さん、道裏さん、赤坂さんは栗栖さんが魔法で宙に浮かせ、スライドさせるようにして移動していた。僕が別働なのは……襲撃を受けた時、別々になっていた方が行動しやすい、という理由からだった。僕の首にはネックレス。メロウ+さんと通じている。
「あっちです」
國さんが示す。大回廊。広い庭を囲むように廊下があって、中央に大きな砦が聳えていた。砦への入り口は一つらしい……僕たちが〈
ぐるりと進んでいく。獣型
「『エディター』の臭いが濃くなってる……!」
戦闘が近いようだ。僕はいつでも応戦できるよう「ペン」を構える。
ふと、不安が頭をよぎる。
戦闘になる。戦う人はいる。栗栖さんが幅広い対応をしてくれるはず。でもブレーンがいる。飯田さんはいない。結月さんは
「大丈夫。安、心」
僕の不安を察知したのか、ネックレスからメロウ+さんがささやく。
「みんないるから」
不思議だった。その一言で、自分が強くなれた気がした。
回廊の、反対側。
砦の入り口。ボブカットを揺らしながら國さんがつぶやく。
「あの奥です。きっと、上の方……」
渡り廊下の向こう。重たそうな鉄扉が開いている。その奥に石階段。ずっと上に続いている。
「ワープはできない。目標地点を捕捉できないから」
栗栖さん。ロッドを構えている。
「歩いていくしかないんだね」
「私、歩きます。道裏さんと國さんを守ってあげてください」
「分かった」
栗栖さんのその一言で、道裏さんと國さんをすっぽり覆う泡のようなものができる。
「すずめさんの『トバリ』ほど強くはないけど、時間稼ぎにはなるだろうから」
ゆっくりと階段を上っていく。
途中、申し訳なくなった。結月さんは僕を乗せたままで階段を上ってくれている。疲れないだろうか。すると僕の気持ちを察したように、結月さんがつぶやく。
「大丈夫。大丈夫だから、試してみてほしいことがある」
結月さんが小さな歩幅で階段を上りながら続ける。
「國さん。ナナシマイさんだっけ? あともう一人、『円卓の騎士』がいるんだよね?」
「はい。います」小刻みに頷く度にボブカットが揺れる。
「名前を。もしかしたら『虫眼鏡』の検索で引っ掛かるかも」
そうだ。そうじゃないか。
救出なんか行かなくても最初からそうすればよかったんだ。検索で引っ掛ければその場にすぐそのアカウントが来る。僕は「虫眼鏡」を出した。するとそれを見た國さんが慌てた様子で僕を止めた。
「私を召喚したのもそれですか?」
「召喚、っていうか『検索』ですけど」
僕の言葉に國さんが縋りつくような調子で告げる。
「召喚はやめてください。多分、連れてきちゃう」
「何を?」
と、聞いた僕の目前で、唐突に、壁が弾けた。爆弾が破裂するように。バットでスイカを粉砕するように。
「あれ、あれ、あれ……」
球状のバリアの中で。
ほとんど尻もちをつくようにして國さんが震える。小さく細い指で僕たちの前方を示していた。砂煙の向こう、見えたものは……。
狼の頭のような……冑? 手には剣。鍔のところが鳥の形に……キツツキか? スモールソードだった。切ることも突くこともできるような。長い布を身に纏っている。ギリシャ神話にでも出てきそうだ。そしてその、巨躯。何メートルあるのだろう。この砦はかなり高いはずだが、その砦の中腹過ぎに当たるこの階でも、胸から上を覗かせている、そんな存在だった。彫刻のような堀の深い顔立ち。僕たちの全身をまるまる映してしまいそうなほど大きな目がこちらを見る。
「汝……」
重たく低い声。腹の底に響く。あ、これはまともにやりあっちゃ駄目なやつだ……直感的にそう思う。だが結月さんや栗栖さんは違ったらしい。
「マールス」
栗栖さんがつぶやく。僕は訊ねる。
「何ですかそれ……」
すぐに返ってくる。
「神様だよ……農耕と、戦の」
「囚われないで!」
國さんが叫ぶ。
「捕まったらずっと逃げられない!」
「どういう……?」
と、僕が訊きかけた時に巨人が口を開いた。
「汝……挑むか」
「挑んでは駄目!」
國さんの叫びに、救出メンバー全員が硬直する。
「で、でも、挑まないと倒せない……!」
結月さんが姿勢を低くする。
「『参照型エディター』の臭い……きっと、大したことない! 見た目だけだ!」
「『参照型』だからたちが悪いんです!」
國さんが叫び続ける。
「私たちはファンタジーの住民だから! 中にはモンスターや、人外もたくさん……」
「そんなことは分かってる!」
「だからあれは……」
と、國さんが言葉を続けようとした時だった。話の途中で彼女が絶句する。
「無頼チャイさん! ナナシマイさん!」
彼女の目線の先。散乱した瓦礫の隙間。
人の手が見えた。脚が見えた。服が見えた。國さんが駆け寄ろうとしたが、栗栖さんがバリアを固定してそれを阻んだ。僕の首のネックレスからメロウ+さんが声を飛ばす。
「物書きくん! 救、出!」
「はい!」
「ペン」を動かす。まず瓦礫を退ける描写。粉々になった石の破片が宙に浮かんで散っていく。
露になった人影。赤いジャケットに身を包んだアカウントと……濃紺のドレスに身を包んだアカウント。どちらもかなりの損傷具合だ。
「名前は?」僕は國さんに問う。
「な、名前?」慌てた様子の國さん。
「名前が分からないと治療描写ができない! どっちがどっちだ!」
「赤いジャケットが無頼チャイさんで、ドレスがナナシマイさんです!」
治療筆記を試みる。不思議なことに、この間、石壁を粉砕した巨人はじっとこちらを見ていた。その余裕がどこか間抜けでもあり……恐怖でもあった。何をしようと無駄だ、と暗に示しているかのようで。
治療筆記が終わった。栗栖さんがすっとロッドを掲げて二人を宙に浮かせ、こちらに寄せる。大きな亀裂の入った階段。向こう岸に渡るのは、獣型
「無頼チャイさん! ナナシマイさん! 助っ人を連れてきました!」
不思議そうな顔をして立ち上がる赤いジャケット……こと、無頼チャイさん。濃紺ドレス、ナナシマイさんも立ち上がる。
無頼チャイさんが『円卓の騎士』の「御伽執事」であることは見て取れた。
真紅の上品なジャケットには金のボタン。同じく金のチーフ。背中には「King Arthur」のマークだろうか。二本の剣に大きな盾、アザミが飾られた紋章があった。頭にはシルクハット。紳士然とした姿だ。
一方のナナシマイさん。
濃紺のドレス。星座をイメージしているのかところどころに銀のドット。同じく濃紺のオペラグローブ。頭の上には銀のティアラがあった。まるで夜の女王のようだった。
僕の治療筆記に驚いているのか、二人とも自分の体を見て、一言。
「一体何が……」
「物書きくんはどんな状況からでも治療ができる……」
低い姿勢のままの結月さん。じっと巨人を睨んでいる。
「國さんの案内で救出に来たんだよ」
栗栖さんもロッドを構える。
「國さん。急に姿が見えなくなったと思ったら、ご無事でしたか」
無頼チャイさんが恭しく声をかける。國さんが不安そうな顔で答える。
「すみません。何か急に召喚されて……」
「検、索。さっきからそう言ってるでしょ」ネックレスからメロウ+さん。
ナナシマイさんが僕たちを見てつぶやく。
「……見ない顔だね。よそのギルド?」
國さんが答える。
「『ノラ』の方々だそうです!」
「さようですか」
二人とも優雅に体に着いた埃を払う。その余裕がどこか滑稽で……だが頼もしくあった。何なのだろう、戦闘中なのにこの空白期間は。
悠長な空気はなおも続く。
「『ノラ』の方々。この度は救出いただきありがとうございます。お礼と言いますか、ひとつご忠告を」
無頼チャイ、と呼ばれた赤いジャケットのアカウントがこちらを見もせずに告げる。
「あの神に……『参照型エディター』によってとある作家の作品から引っ張り出された戦の神マールスに、『挑むか』と訊かれた場合、覚悟がない場合は『挑まない』と答えてください。そうすれば戦闘にはなりません」
「じゃ、じゃあ『挑まない』を選び続ければいいんじゃ……」
と、言いかけた僕に國さんが割って入る。
「『挑まない』と城が破壊される! 『エディター』なんだよ?」
「『挑む』と選んだ場合……つまり、私たちのような場合ですが……」
「汝……挑むか」じりじりしたように、戦の神が問うてくる。
「……逃げられなくなります。ロックオンされる。どこまでも追いかけてくるしどこへ行っても攻撃してくる。どちらかが戦闘不能になるまで……先程は私たちが、戦闘不能になってしまいましたが」
「でもさ、その『ノラ』の子、どんな状況からでも治療できるんでしょ?」
ナナシマイさんが僕を示す。僕は頷く。
「名前さえ分かっていれば、何とか描写で救助できます!」
「じゃあ、答えはひとつだね」
ナナシマイさんがぐっと構える。姿勢の良い立ち姿のまま、シルクハットに手をやり敵を見つめる無頼チャイさん。
「『挑み』ましょうか……今再び」
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