誤爆に注意
砂漠さんはすごく呑気に相対した佐倉さんのことを眺めていた。「攻撃してこないかなー」そんな歌でも歌い出しそうな雰囲気である。
動き出したのは天さんだった。
ゆっくりと歩み出し、両手を広げ、興味深そうな目で敵……兎蛍さんを見つめると、一言。
「楽しいゲームに、なるといいな」
直後。
「あ、やべ」
フリーズする天さん。動き出す龍人さん。
「楽しいゲームに、なるといいな」
すると龍人さんがいきなり両手を合わせ、女子高生のようなはしゃぎっぷりでこう述べた。
「さすが龍人! かっこいい!」
僕も含め多くの人間が混乱する。いや龍人ってお前だろ。しかし結月さんだけは事態を把握できているようで、ほとんど心臓発作のような状態で床に膝をつき笑い転げている。
「天さん……それ龍人の体だから……」
「あ、やべ」直後に龍人さんがフリーズする。動き出す天さん。
「さすが龍人、かっこいい!」
結月さん大爆笑。
「言い直さなくても……」
「あぶねー。誤爆するところだった」
してるだろ。僕も何が起きたか分かった。
天さんと龍人の中の人が「どっちが天さんでどっちが龍人か区別つかない」ことがあるのだ。天さんで龍人、龍人で天さんをやってしまう。
やるならちゃんとやれよ……。そんな感想を抱いたのは僕だけじゃないはず。
「これ私? 龍人?」
爆笑する花さんに天さんが訊いてくる。花さんが過呼吸になりそうな状態で答える。
「て、天さんだよ……」
「よかった。時々分からなくなるんだよね」
それ言っていいのかよ……。
「ま、とにかく兎蛍ちゃん」
天さんが相手を見つめる。
「寝る子は育つけど、寝過ぎる子は起こさないとね」
戦闘が始まったのは突然だった。
「トワ」
そう言い残した天さんが一瞬で消えた。
……いや、消えたんじゃない。
高速で駆け抜けたのだ。
ドレス姿とは思えぬ勢いで駆け抜けた天さんが兎蛍さんの目の前に姿を現す。直後に兎蛍さんが反応した。
細いため息のような、微かな音がひとつ。
天さんが動きを止め、目にも止まらぬ勢いでバク転しながら距離を取る。
天さんがいた場所。
そこには大きな氷塊ができていた。ほとんど人型。ドレスの前がくっついてる。ブラらしきものも見えた。頬が熱くなるのを感じる。
……もしかして、今の天さんは、と思い目を背ける。直視できない。実際彼女は両手で体を抱くような格好をしている。
指を鳴らす音。多分、天さんが着替えた。彼女の方を見ると、すずめさんが着ていたような、真っ黒なライダースーツ姿になっている。
「あれ? そういう感じだっけ?」
惚けた表情の天さん。ようやく笑いがおさまった花さんが告げる。
「気をつけて! 『エディター』の影響で能力がおかしくされてる! 作品が拡大解釈されたり曲解されたりして能力に異常が出る!」
「あ、なるほどね」
天さんが手を打つ。
「『雪女』のことを曲解されたのかな?」
天さんが見つめる先。
天さんの形に出来上がった氷塊。兎蛍さんが口笛を吹くようにすぼめた口から息を吐く。空気の凍る音がする。
直後に、飛んでくる。
氷の針。悪意がある。それらは真っ直ぐに天さんの足元を狙った。動きを取れなくする作戦だ。
「おっと」
鮮やかな側転やエアリアルでかわしていく。氷の針が床に刺さる。硬度もそれなりにあるらしい。
「いちギルド員がここまで成長してくれると助かるねぇ」
感慨深そうに、天さん。
「私が元に戻してあげるから、待っててね」
と、目を瞑る天さん。
「シエラ」
その一言で、戦闘態勢が変わったことが分かった。
「主一無適」
手を伸ばし、指で真っ直ぐ兎蛍さんを狙う天さん。その直後。
青色の閃光が指から放たれた。その光線は、真っ直ぐに兎蛍さんの背後にある尻尾の先を撃ち抜いた。
途端に、悲鳴。
痛い、という感じの悲鳴ではなく、苦しむような、もがくような悲鳴。
兎蛍さんがつぶやく。
「私……は……?」
〈尻尾が損傷を受けたことで、アカウントへの支配が弱まっています〉
飯田さんのM.A.P.L.E.が告げる。
〈損傷度を三十パーセントにすればアカウントの力の大半が戻ります。もしくは尻尾の根元にあるコアを破壊すれば尻尾は崩壊すると思われます」
「だそうだ。チラ見せレディ!」
飯田さんが叫ぶ。
「あの尻尾を削るか根元を叩くかするんだ! それで支配から解放される!」
「ふうん。そうなんだ」
天さんが飯田さんの方を見る。
「ところでさ、今私のこと『チラ見せレディ』って……」
と、くぐもった声の、兎蛍さん。ゆらりと立ち上がる。
再び口をすぼめる。細い息。飛んでくる針。
「失礼しちゃう!」
天さんが華麗なエアリアルで針をかわしながら話す。
「チラ見せなんかしてないんだから! 女性に向かってかける言葉じゃないでしょ!」
呆れたように、飯田さん。
「中の人見えそうだったぞ」
「それはよくないなぁ」
いきなり、龍人さん。空中で身を翻したままフリーズする天さん。
「天さん、君、淑女らしく振る舞わないと……」
「危ない!」赤坂さんが叫ぶ。兎蛍さんが氷の針を飛ばしてきた。
「ふふふ」
余裕の微笑みを見せて着地する天さん。気づけば龍人さんがフリーズしている、
「僕にその攻撃は……あ、やべ。間違えた。私にそんな攻撃は効かないんだから!」
この人本当自由だなぁ。僕は尊敬の念を抱くと同時にと同時に呆れる。こんな感情初めてだ。
「尻尾を削るか、根を叩くか」
ぐっと伸びをする天さん。
「どっちもしたくないなぁ。ここでもう一回」
シエラ。そう告げる天さん。手には……ピンクの宝石がついた、かわいらしいステッキ。
それを、真っ直ぐ、兎蛍さんに向ける。
「頑張って! 『King Arthur』!」
彼女のその声が、高らかに部屋に響いた。
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