強欲の遺産
「さてさて、本体の方は始末したが……」
愉快そうに、飯田さんが笑う。僕は床に落ちた〈
「さすが〈強欲〉だな。死んでもまだ『自分のもの』か」
飯田さんの見つめる先。
二人のアカウントが背後に白い尻尾を伸ばしたまま立ち尽くしていた。どうやら〈
記憶が正しければ、あのアカウントは兎蛍さん。僕はアカウント情報を参照する。
「兎蛍(うさほ)です。和風ファンタジーと煮込みうどんが好きなイラストレーターです。主に長編、気まぐれに短編。感想頂けたらとても嬉しいです。早く書く自信はあんまりないので煮込みうどんのように温かく見守って下さい。小説家になろう、ノベルアップ+でも活動しています」
なるほど、和装のような不思議な格好にも納得がいく。
その隣にいるのは佐倉さん。同じように、アカウント情報を参照する。
「小説家になろう、アルファポリス、エブリスタでも活動をしています。少しずつ作品を公開する予定です」
読めない。情報が少なすぎる。洋装のような不思議な格好。ファンタジー民らしいと言えばらしいが……何かを隠している感はある。
二体とも白装束の女が生やしていたような白い尻尾を生やしている。目は虚ろ。何を見ているのか分からない。そして何をしようとしているのかも分からない。ただ立ち尽くして、ぼんやりと相対しているアカウントを見つめている。
対峙しているアカウント。
中村天人さん。ミドル丈ドレス。色は自在に変えられるのだろうか? さっきは赤いドレスだった印象だが、今は漆黒のドレスになっている。かと思えば、髪を撫でた瞬間、再び色が変わり……濃いブルー。そしてまた髪を撫でると……何だ? スケルトン? でも中の体のラインが赤く……半透明の衣服に身を包んだ赤い体。まるで、クラゲみたいだ。
続いて砂漠の使徒さん。パッと見た感じは本当にその辺のお兄さん……カーキ色のパーカーにジーンズ。気になるところがあるとすれば……獣耳? 結月さんと同じだ。だが結月さんほど大きくないというか、ミディアムヘアの一部が盛り上がって耳になっているような雰囲気だ。それ以外は本当に普通のお兄さん。あのままコンビニに行っても誰も驚かないだろう。
二人とも呑気に準備運動をしている。この隙に攻撃されたらどうなるのだろう……という僕の好奇心を探知したのか、幕画ふぃんさんが笑う。
「あいつらも、『円卓の騎士』だ」
腰の黒剣に手を添える幕画ふぃんさん。
「敵が視野に入った段階で戦闘態勢だ。あの準備運動は、言わば陽動だな……引っかかる気配は、ないようだが」
虚ろな目をした兎蛍さんと佐倉さん。何をする気配もない。そんな様子を見て、まず中村さんが口を開く。
「来ないなら来ないで全然いいよ」
優しい笑顔。心底、慈愛に溢れる。聖母のような、温かさ。きっとあの人の書く作品は、愛に溢れているのだろうな。そんなことを僕は思った。
「Preparatory exercise……終わっちゃうぞー」
砂漠の使徒さん。唐突に英語。多分、意味は「準備運動」。発音がいいのは専用のソフトを入れているからだろうか。
「ねぇさ、天さん提案なんだけど」
砂漠さんが徐に中村さんの方を見る。
「どっちかがどっちかを巻き込んで攻撃しちゃうと困るからさ……何とかseparateできない?」
「ルー大柴みたいなしゃべり方するんだよね。砂漠ちゃんって」
分かるかな? と首を傾げる中村さん。しかし砂漠さんは構わず続ける。
「龍人出してよ。あいつならいい感じにやってくれそうじゃん」
「えー、どうしようかなぁ」
と、つぶやいた中村さんの隣に。
唐突に白衣の男性が表れた。本当に、唐突に。まるで今までそこにいました、とでも言いたげに……だがワープでもしてきたかのように、その男は姿を現した。
背は高い。どことなく世捨て人のような……何にも関心がなくて何にも関心を持っているような、奇妙な雰囲気を纏っている。そして不思議なことがもう一つ。
隣にいる中村天人さんがフリーズしている。
「フリーズしている」ことが分かったのは中村さんが「どうしようかなぁ」の「なぁ」の口の形のまま硬直しているからだ。口元に手を当て、楽しそうに、だがハッキリと、固まっている。その横に突如現れた男性。
「僕の力が及ぶかどうかは分からないよ」
白衣の男性。フリーズしている中村さんには見向きもしない。彼は静かに笑うと、砂漠さんの方に振り向いた。
「でも砂漠ちゃんに頼られたら……やってみようかな」
と、今度はその男性がフリーズした。「やってみようかな」の「かな」の口のまま硬直したのだ。次の瞬間。
「さすが龍人!」
隣にいた中村さんが動き出す。両手を口元に当てきゃっきゃしている。しかし無反応な白衣……龍人さん。砂漠さんが笑う。
「ちゃちゃっとやってよ。龍人」
すぐさま。
フリーズしていた龍人さんが動き出し、中村さんが硬直……ぴょん、と跳ねたまま空中でフリーズ……する。
「少し時間をかけようと思っているよ。すぐに終わったら、楽しくないからね」龍人さん。直後にフリーズ。
「じっくりたっぷり楽しもう!」中村さん。直後にフリーズ。
「天さんは素直だね。そういうところが好きだよ」フリーズ。
「龍人ったら……」フリーズ。
「さぁ、このゲームを始めて……終わらせようか」フリーズ。
「ゾクゾクしちゃう!」フリーズ。
「きっと楽しいよ……そうだな、一万年待った甲斐はあるかもしれない」フリーズ。
「待ちきれない……」フリーズ。
「天さんと……龍人が……会話しているところ……何回見ても面白いんですけど……」
腹が捩れそうなほど笑い転げている結月さん。「ノラ」のメンバーで事態を把握しているのはどうやら結月さんだけのようで、他のメンバーは全員ひどく冷めた目で、結月さんを見ている。
「あの、花さん」赤坂さんが心配そうに訊ねる。「もしよければ、何が起きているか説明してもらっても?」
「えー、いいけど」笑い過ぎて泣き出しそうな結月さん。
「天さんってさ……ぷぷっ」
説明の途中に笑いだす始末。駄目だこれは埒が明かない。そう判断した飯田さんがMACKさんに訊ねる。
「あれさ、もしかしてだが」
飯田さんには飯田さんの仮説があったらしく、それをMACKさんに訊ねているようである。
「あの二体のアカウントさ、同一ユーザーが操作してるな?」
「そうだよ」事も無げに、MACKさん。
「中の人が二つのアカウントを使い分けてる」
額に手を当てる飯田さん。
「『エディター』騒動に乗っかったな? 本来規約違反だろそれ」
「え、ちょっと待って下さいよそれ……」
僕は会話に割って入る。
「じゃあ、中村さんこと天さんと龍人さんの会話って……」
「本人と本人が話してる」げらげら笑う結月さん。
「爆、笑」メロウ+さんが真顔で一言。「それ正気?」
「か、会話とは……」と僕が呆然としていると、結月さんが解説を入れてくる。
「天さん、自分の作中の龍人が好きすぎて、龍人名義のアカウント作っちゃったの!」
自分の作品が好きになるのは分かる。そりゃ好きじゃなきゃ書けないだろうしな。そして作中人物を好きになることも分かる。そりゃ愛着も湧くだろうからな。けどその作中人物名義のアカウントを作るのは完全に頭おかしいだろ。しかもそのアカウントと自分が会話してるって……会話とは? 対話とは? もはやこの問題は「自分とは?」に帰結しそうなところがおそろしい。
と、硬直した天さんの隣で。
「僕は静かに始めて静かに終わらせようと思っているよ。だから君たちも、静かにしていてくれると嬉しいな」
相対している二体のアカウント、兎蛍さんと佐倉さんに告げている。二人とも、反応はない。だがその無反応を肯定的に受け取ったのか、龍人さんが両手を広げる。
「
その一言が、部屋中に響き渡った瞬間に。
部屋は石造りだった。つまり石畳、レンガの壁。それらの隙間から、たくましく。
草や木々が伸びてきた。タイムラプスでも見ているかのように静かに、確実に、だが素早く、緑が生い茂る。鼻孔に若木の匂いが満ちた。そして、砂漠さんと天さん龍人さんとの間に。
木と草の壁ができた。その壁は真っ直ぐに波のように生い茂り、兎蛍さんと佐倉さんをも分断した。天さん龍人さん対兎蛍さん、砂漠さん対佐倉さん、という組み分けになった。
「さっすが龍人」砂漠さんが、嬉しそうに。「……命の誕生って意味ではやっぱり(ピー)」
「こらこら、砂漠ちゃん」龍人さんが呆れたように。フリーズ。
「未成年もいるからよくないんだぞ」天さん。フリーズ。
「天さんは配慮ができる素敵な女性だね」龍人さん。フリーズ。
「やめて龍人……」フリーズ。
「僕が素直なのは君もよく知っているだろう?」フリーズ。
「ありゃあ、やべーな」
飯田さん。驚きのあまり言葉が大分砕けている。
「クレイジーすぎてあれだけでチーズバーガー三個分くらいカロリーあるぞ」
「実力は確かだ」幕画ふぃんさんがその場に座り込む。
「後は二人に任せておけばいい。言われた通りこちらは治療に専念しよう。物書き少年はアカウントの修復もできるんだったよな?」
「あっ、はい」
僕は慌てて「ペン」を取り出す。
治療筆記をしながら。
僕は二人……もとい三人の行方を見守る。
交互にフリーズを繰り返すアカウント。コンビニの雑誌コーナーでも物色していそうなアカウント。その二体が和装とも洋装ともとれない姿のアカウントに向き合っている。
「さぁ、ゲームスタートだ」
そう放った直後に、龍人さんがフリーズした。
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