支援、シスエラ、コンテニュー

「応援、しなくちゃね」

 ピンク色の石を先端にあしらったステッキを構える天さん。何だか、魔法少女。

 だがそんな彼女に隙を与えないかのように、兎蛍さんが大きく息を吐く。

 今度は氷の針じゃない。咄嗟にそう判断できた。

 連なるつらら。地面から隆起するように。

 床から突き上がる氷の棘が天さんに襲い掛かった。波のようにうねってトリッキーな動きで迫ってくる。

 やばい。あれはかわせない。「虫眼鏡」の検索で安全なこちらまで引っ張るか。

 しかし天さんは顔色一つ変えなかった。彼女の態度に僕は妙な安心感を覚えてしまった。あ、緊急じゃないんだな。


「サミュエル」

 ステッキが剣に変わった。一振り。立ち上がる劫火。鮮やかかつ豪快な炎だった。一瞬で氷の棘を融かす。しかし氷の棘は波状攻撃を仕掛けてきた。天さんは続けて応じる。

「アイザック」

 金属音のような鋭い音。氷の壁が天さんを守る。同じ属性同士が打ち消し合ったのか、氷の棘の攻撃が一度収まる。天さんが剣を構えながらにっこり笑う。

「トワ、シエラ、サミュエル、アイザック。四手打たせたのは見事だね」

 ユーリとかも見る? 天さんはどこからか二本の棒を取り出したかと思うとそれを振った。双剣に変化する。この人はいったいいくつの技を持っているんだ? 

 しかしさっきの加藤さんといい、すずめさんといい、PV上位勢は色々な登場人物の能力を使える。その分、技の幅も広い。そんなことを考えていると、僕の隣で結月さんがつぶやいた。

「私や飯田さんは、主人公が複数だったり、主人公がいくつもギミックを持っていたりするから『使える登場人物の能力』がひとつでも何とかなるの。でも、その能力の数がさらに多ければ……」

「ぶっ壊れ性能ってことですね」


 天さんがそんな僕たちの会話に応えるかのように振り向いて、目線を投げてくる。ウィンク。余裕だなあの人。

「アイザック」

 その一言を残して、舞うように。

 手の中の道具がいつの間にか一本の剣に変わっていた。バレリーナのように回転しながら剣をひと振り。再び鋭い音。まばたきの後には兎蛍さんの足下が凍っていた。

「足元を、封じます」

 天さんの丁寧な言葉。

「シエラ」

 すると手の中にあった剣が再びステッキに変わった。


「戦うのは私じゃない。私はあなたを救えない。あなたはあなたが助けるしかない」

 無情な言葉のように聞こえた。だが続けられた一言に僕の心は救われる。

「でも、あなたがあなたを助ける手助けは、できるかもね」

 ピンクの石がついたステッキをひと振り。不思議な光が兎蛍さんを包む。変化はすぐに訪れた。


 兎蛍さんの姿勢が崩れる。足元を凍らされているので膝はつけないが、がっくりと項垂れ体を抱きかかえている。震えている。わなないている。痙攣している。小さな口から、言葉が漏れる。

「わ、わたし、は……」

 それに応えるように天さんがつぶやく。

「あなたは『King Arthur』の一員」

「え、えでぃたー……に……」

「そう。『エディター』に負けるような子じゃない」


「何が起きているんですか?」

 隣にいた結月さんに僕は訊ねた。彼女は笑顔で答えてくれた。

「『シエラ』は魔力を高めてくれる能力なの。今、天さんは兎蛍さんの能力を高めている」

 なるほど。加藤さんの『殴りプリースト』に似ている気がした。でも加藤さんは「対象の能力を高めようとしたものが跳ね返り、結果自分の能力を高める」のに対し、天さんのシエラは素直に「対象の能力を高める」。ベクトルが違うだけ。でもその違いは大きい。そして、加藤さんが狐女の攻撃にびくともしなかったのと同じように。

「……つまり、『エディター』に対する抵抗力を上げている?」

「そういうこと」結月さんが小さく耳を動かす。「あの子、立ち直りそう」

 僕は結月さんの目線を追った。氷の城の真ん中で、兎蛍さんが震えている。背後に伸びる尻尾が、みるみる小さくなっていく。毛が抜け、萎み、霧散していく。


「コアを壊す時に、あなたの何かを壊しちゃったら、大変だから」

 天さんが穏やかに告げる。「立ち上がって。『King Arthur』」

「なか……むら……さん……」

 兎蛍さんが、目に微かな光を宿し顔を上げる。天さんが慈愛のまなざしを注ぐ。

「あなたは私の大切な仲間」

 兎蛍さんの尻尾が消えていく。

「もう、大丈夫だね」

 天さんが能力を解除したことが分かったのは、兎蛍さんの足下の氷が消えたからだった。

 膝をつく兎蛍さん。が、すぐに顔を上げ、真っ直ぐなまなざしを天さんの方に向ける。荒い呼吸。だが確かな呼吸だった。

「助かりました……」

 瞳には、強い力。

 アカウント兎蛍さんがこちらに戻ってきた。



 一方、砂漠さん側。

 =Now Loading=

 砂漠さんの頭上にそんな表示が。しかしどうやら砂漠さんは倒れているらしい。近くには、ナイフを持った佐倉さん。背後には白い尻尾。虚ろな目。表情一つ変えていない。

 やばい。砂漠さんいつの間にかやられていたか? 治療が必要か? 僕が「ペン」を取り出そうとすると、結月さんが止めた。

「大丈夫だよ。砂漠ちゃんは無事」

 その言葉を合図にしたように。

「はい、コンテニュー」

 すっと立ち上がる砂漠さん。

「……あ、間違えた。continue」

 発音にこだわるんだな……。砂漠さんは埃を払いながら顔を上げる。

「何が起きたんですか?」

 結月さんが答える。

「佐倉さんが魔力の籠ったナイフで砂漠ちゃんを攻撃した」

「それは見ていれば何となく分かります」

「で、砂漠ちゃんがシステムエラーを起こして再構築した」

「は?」

 開いた口が塞がらない僕を無視して、向こうで砂漠さんがぼやく。

「私に攻撃が無意味なんてことも忘れさせるなんて『エディター』の影響力は大きいんだねぇ」

 ま、私もついさっきまでカードにされていたけど。

 彼の髪の毛がぴくぴく動いたことで僕は彼にも獣耳があったことを思い出す。

 砂漠さんの近くに立ち尽くしていた佐倉さんが首を傾げる。状況の不可解さを認知するだけの知能は残されているのだろう。


「あいつは防御力が高い『King Arthur』でも屈指の防御力を誇る」

 気づけば幕画ふぃんさんが僕の近くに来ていた。腰の黒剣を撫でる。

「基本的に『何をしても無意味』だ。シスエラことシステムエラーなんだ」

「どういうことですか?」

 訊ねた僕に、今度は幕画ふぃんさんの傍に控えていたMACKさんが答える。

「『カクヨム』のシステムにエラーを起こさせることでアカウントが消される度に再構築させる」

「何ですかそれ……」

 唖然とする僕に結月さんが微笑みかける。

「『カクヨム』側にエラーを起こさせることで『消された』事実を『消す』。『カクヨム』が存在し続ける限り砂漠ちゃんは死なないってこと」

 つ、つまり、何回やられても復活する、不死鳥みたいな能力? さすが『円卓の騎士』。性能が桁違いだ。


「け、けど攻撃手段は?」

 僕が訊ねると幕画ふぃんさんが笑う。

「もう終わった」

 声は少し遅れて出た。

「え?」

「もう終わった」

 繰り返す幕画ふぃんさん。すると砂漠さんが真っ直ぐこっちに戻ってくる。「植物園ビオトープ」の木々の合間を、まるで木なんて見えないとでも言うかのように、真っ直ぐ。


「な、何を……」と、驚く僕に、砂漠さんが小さく笑う。

「私の口から言うとややこしいから、ふぃんさんから言ってよ」

 幕画ふぃんさんが口を開く。

「砂漠はおそらく、佐倉海斗は『エディター』に勝てない、と言ったんだ」

 それが、どういう意味を? 

 僕の疑問を感じ取ったのか、MACKさんが言葉を引き取る。

「砂漠ちゃんのスキルは『ない』なんだ」

「ない」? ないってないんじゃないのか。

「やだなぁ、詳しく説明してあげないと初見さんは分からないじゃないか」

 砂漠さんが楽しそうに告げる。「それとも忙しい現代人は時短を求めるのかな?」

「じゃあ、丁寧に」結月さんが僕に説明してくれる。

「『ない』って言えばその逆になる。『ない』がつく言葉を発するとそれが逆の形で実現される」

 佐倉海斗は『エディター』に勝てない。

 それが、逆の形で実現されたら。

 佐倉海斗は『エディター』に勝てる。

 天さんの時と同じだ。砂漠さんも佐倉さんの性能そのものを弄って『エディター』に勝たせたんだ。そう気づいてすぐ、思い当たる。

「……そんな話、漫画でありませんでしたっけ?」

「あるね、昔から」幕画ふぃんさん。「いろいろな形で存在しているね、この手の話は。でもシステムにエラーを起こさせることで実現しているのは砂漠が初めてなんじゃないか?」


「ま、オリジナリティ……じゃなかった、originalityは既存のものの置き換えだからね」

 得意そうに、砂漠さん。

「これでおしまい、かな」


 気づけば、佐倉さんの背後からも尻尾が消えていた。きっとあの人にも何が起きたのか分かっていないのだろう。呆然と立ち尽くした佐倉さんは、僕たちに向かって一言、告げた。


「何かありました?」

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