瞬殺

 巨大蝿撃破後。

 僕たちはすずめさんの様子を見に行った。大きな鉄塊があるおかげで視界が遮られていたので、僕たちは一度壁の後ろや塹壕から出て彼女の様子を見に行った。今頃戦っているのだろうか。複数で巨大蝿を撃破した僕たちと違って、彼女は単騎で豚に挑んでいる。苦戦してはいないだろうか。しかし、そんな僕たちの心配をよそに。


「遅かったね」

 切り落とされた豚の頭。頭頂部にはすずめさんの剣が突き刺さっている。力なく横たわっている豚の体。背中に開いた無数の穴から蛆も湧いていない。

 体も頭も動く気配がない。ぐったりと床に倒れ込んでいる。ウィルスだからだろう。血は出ないし肉もそこまでグロテスクではないが、首が斬り落とされた豚、というのは何だか見ていられなかった。しかし、どうやら。


 すずめさんは豚を討伐したようだ。一瞬で、歓喜の声が上がる。

「さすが、すず姉だな」

 黒狼グレイルの背の上で飯田さん。彼は赤坂さんに支えられながら狼の背から降りる。

 呆気なかった。すずめさんの手にかかればあの強大な『エディター』も瞬殺なのだろうか。呆然とする僕たちにすずめさんがくすくす笑った。

「弱かった」

 その一言。

 どうやら全て終わったようだ。僕は飯田さんの治療筆記を試みる。「ペン」を動かし続けると、飯田さんの顔色が少しずつよくなった。その場にいた全員を覆っていた張り詰めた雰囲気が一気に緩和する。緊張から沈着へ。敵は去ったのだ。


 しかし。緊張感が解けていない人物が一人。

 結月さんだった。ぽすんと、白狼レティリエに変わった彼女がつぶやく。

「おかしい……」

 彼女の目が警戒色にきらめく。

「倒したのに『エディター』の体がカードになっていない」

 すずめさん、気をつけて! 

 結月さんがそう叫んだ時だった。

 豚の体。首が斬り落とされた断面から大量の小蝿が発生した。まるで、黒い嵐のような勢いで。一気に蝿の群れが膨らんだ。

 結月さんの声に反応したすずめさんがスカイスーツを動かして飛び上がる。しかし遅かった。爆発する小蝿の群れがすずめさんを襲う。次の瞬間。


 大爆発。大量の火薬が炸裂したような大規模な爆発がすずめさんを襲った。

 爆炎の中から飛び出る影がひとつ。すずめさんだ。

 彼女は壁に叩き付けられた。壁が凹む。しかし僕たちは彼女の救出に向かうわけにはいかなかった。

 湧いた大量の小蝿。物体に近づくと爆発するそれらが一斉に僕らに襲い掛かってきたのだ。すぐさま栗栖さんが反応する。

「間に合った」

 冷静な彼女の声が聞こえた気がした。

 巨大な魔法陣が視界を遮っていた。かと思うと頭上に大きな魔法陣がもうひとつ生成され、僕たちに襲い掛かってきた大量の小蝿が放出されていった。空間転移だ。

 それでも数匹の小蝿が魔法陣を回り込んでこちらに来る。それらの蝿を。

「ア・トルネガ――!」

 Ai_neさんが竜巻で巻き上げた。天井にぶつかった蝿たちが爆発する。大小様々な石の破片が僕たちに降り注いだ。それぞれ頭を守る。


「すず姉!」

 飯田さんが頭を守りながら叫んだ。飯田さんの治療筆記はまだ済んでいない。でも彼はすずめさんの身を案じているようだった。「脳筋ゴリラ」になった赤坂さんが倒れそうな飯田さんを支える。瓦礫が足元に散らばる中、僕たちはすずめさんと……大量に蝿を放出した豚の体を見た。

「ぐっひっひっひ」

 首無し胴体から笑い声。かと思えば、チューブから歯磨き粉が出るように。

 長い触手が伸びてきた。その触手の先端には、鼻のような孔。そう、まるで豚の鼻のような突起状の鼻だった。その下には口のような穴。よく見てみると……目玉まである。

「口がぎょうさんあれば食える量も増えるさかい」

 どの口がしゃべっているのだろう。無数の触手がうねうねとうねっている。その内の一本が壁に叩き付けられたすずめさんの方に伸びた。

 しかしすぐさま、すずめさんはスカイスーツを起動して宙に舞った。先程の爆発が多少効いているのだろうか。不安定な飛行だ。だが宙で姿勢を正すと、彼女は触手が生えた豚の体を見据えた。触手の根元には……頭頂部に剣の突き刺さった豚の頭。


「べっぴんさん……べっぴんさん……」

 どうやら声を出しているのは剣の刺さった頭のようだ。口元がもごもご動いている。触手が一斉にすずめさんに襲い掛かる。すぐさますずめさんが反応する。

 多分、スカイスーツに変身した。

 彼女の立体的起動の速さが尋常ではなかった。僕の視覚認識ソフトでは追えなくらいだ。やがて宙に停止した彼女の背中にはやはり真っ直ぐに伸びたウィングがあった。すずめさんが叫ぶ。

「総員! 身の安全を優先して!」

 彼女も多少ダメージを食らっているはずなのに。仲間の安全を気にしてくれている。彼女がビッグスリーたる理由が分かった気がした。

「いやにあっさり倒されたと思ったら……隠し玉があったんだね」

 彼女の手に剣はない。仕方ない、と言いたげにすずめさんは複合型電磁銃マルチレールガンを構える。

「銃は点の攻撃だから、あまりあなたには適さないかもね」

「何でもええねん。食うだけや」

 触手が一斉に伸びてくる。すずめさんは空中で立体起動をしながら触手を銃撃する。彼女の攻撃が当たる度に触手が鬱陶しそうにうねった。

「じり貧だな……」

 治療筆記が済んでいない飯田さんがつぶやく。結月さんがそれに続く。

「弾薬やスカイスーツのバッテリーだって無限じゃない。何か私たちも援護をしないと……」

 再び緊張感がその場にいた全員に走る。沈黙。だがそれを破る人物がいた。

「名案が、ある」

 飯田さんがAi_neさんの方を振り向く。

「エンジェルボーイ。頼みがある」



 黒狼グレイル。低い姿勢をとった狼が真っ直ぐに豚の頭を見据える。頭部と背中には……四足獣ように作られた鎧。鉄の狼が唸っていた。

 背中には飯田さん。まだぐったりしている彼は両手にあるものを持っていた。

 金属の盾。両サイドをしっかり覆っている。Ai_neさんが生成したものだ。

「脳筋ゴリラ」の赤坂さんが口を開く。

「私が行きましょうか? 飯田さんは休んだ方が……」

「スカートが捲れたら大変だろ?」

 飯田さんが笑う。

「大事なものが見えるぞ」

 相変わらず群れでこちらに襲い掛かってくる小蝿たちを空間転移させ続けている栗栖さんが訊ねる。

「転移させなくてもいいの」

 結月さんが答える。

「頑張ってみる……!」

 メロウ+さんが水晶玉を弄りながらつぶやく。

「何かあったら助けるから」

 援、護。そう、飯田さんの首にネックレスをかける。

「よし、一発かますか」

 にやりと、悪そうに飯田さん。

「行くぞ……花ちゃん」


 鉄の黒狼グレイルが風のように駆けた。途端に大量の小蝿が彼らを襲う。

 爆発。しかし両サイドに盾を構えた飯田さんは無傷だ。同様に、鎧に身を包んだ結月さんも。狼が一直線に豚の頭に飛び掛かる。

「何や何や、食われに来たんか」

 豚の頭。胴体から伸びた触手の何本かが飯田さんと結月さんに襲い掛かる。しかしそれをすずめさんが阻止する。

 マシンガン掃射。触手の頭が飛ぶ。狼はたじろぐことなく一直線に頭に向かった。そして豚の頭の目前で、体を横たえるようにして急ブレーキをかける。

「美味そうなやっちゃの……」

 とつぶやく豚の頭に飯田さんが一言。

「黙れ豚くん」

 手にしていた盾のひとつを豚の頭に投げつける。鉄の板が豚の顔面に叩きつけられた。それを目くらましにしたかのように、すかさず飯田さんが結月さんの背から飛び降りて、頭から剣を引き抜く。

「すず姉、アシストだ!」

 引き抜いた剣を宙に放る飯田さん。すずめさんが反応する。

「無茶しないの!」

 しかししっかりと剣を受け止めるすずめさん。飯田さんがつぶやく。

「すず姉のためなら無茶もするさ」

 と、直後。

 小蝿の爆発が飯田さんを襲う。黒狼がしゃがみ込んだ。黒煙の後、飯田さんが、立っていた。手には盾。豚の頭に投げつけていない方で身を守ったのだ。


「豚くん。プレゼントだ」

 サッカーボールでも蹴飛ばすように、飯田さんが豚の頭にキックをお見舞いする。そのままの勢いで、黒狼グレイルの背に乗る飯田さん。

「退避だ! 花ちゃん!」

 狼が一気に駆け抜ける。しかし二人に触手が襲い掛かる。

 まずい。あの数はかわせない。そう思った時だった。

「私の仲間に手出しさせるわけないでしょ……!」

 触手の頭がまるで桜の花びらのように複数落下していった。そして、空中にいたのは。


 背中から伸びた翼。複数のファンでホバリングしている。手には……両頭刃剣ツインブレード


「覚悟しなさい。お礼はたっぷりしてあげるから!」

 すずめさんの高らかな宣戦布告が、部屋中に響き渡った。

 

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