魔王と人形と魔術師と

「まず、第一に」

 幕画ふぃんさんが口を開く。

「私は魔力が足らん」

 壁の後ろにいるMACKさんがつぶやく。

「だろうね。人位魔法がやっとだものね」

「強力な魔法を使うにはもう少し魔族を狩る必要がある」

 壁の向こうに目をやる幕画ふぃんさん。

「そこでだ。あそこで大量に地を這っている虫たちが魔族であるか、という判定をしなければならない」

 幕画ふぃんさんが僕に目線を飛ばしてくる。

「『検索』をうまく使えないか?」

「手元に呼び寄せてしまいます」

 僕は「虫眼鏡」を見る。しかし思い付きを口にする。

「魔族の定義って何ですか? 『参照型エディター』が引っ張り出したものに限るんですか?」


「私の作中ではテネブリスの配下にいるというのが魔族の条件だ」

「と、いうことは幕画ふぃんさんの作中のモンスターを出せばそれが『魔族』の条件に合致しやすいと」

「ああ、だからMACKを救出する際に地獄の猟犬ヘルハウンドを出してもらえたのは好都合だった」

 しかしこれまでの状況を見るに……と、幕画ふぃんさん。

「いわゆる『魔物』なら条件には適合するようだ。私の作品のものとは思えないオーガを切っても魔力は得られたしな」

「試しに、なんですけど」

 僕は提案してみる。

「感覚時間を鈍らせる魔法ありましたよね? あれででかい蝿の方を鈍らせて、その隙に徹底的に芋虫軍団を切り裂いて行ってみてはどうでしょう?」


「問題は二点」

 MACKさんがつぶやく。

「一、巨大蝿は魔法を食う。多分遅延魔法をかけても短時間しか効果はない」

 壁にそっと手を這わせ、自身の傍に呼び寄せた人形を見つめながらMACKさんが続ける。

「二、芋虫から出ているのは明らかに酸だ」

 MACKさんがこちらを見る。

「剣が溶ける」

 僕は反論する。

「例え短時間でも、相手を鈍らせることができれば魔力の補填は出来ると思います。それに、溶けた剣は修復描写できます」

 僕は「ペン」を構える。

「溶けた瞬間直していけば問題ないかと」


「……いつの間にか『ノラ』には便利な作家が加入していたんだな」

 幕画ふぃんさんの言葉に僕は返す。

「僕はまだ『小説』を書いたことがない」

 だから、作家じゃない。

 しかしその声はどうもあの人には届いていないようだった。

 壁の後ろから勢いよく飛び出し、黒剣を振るい虫の大群に突っ込む。

「人位魔法――遅延ドルミート

 巨大蝿に魔法をかける。動きが鈍る。その隙に。

 もうほとんど、風のような勢いで。

 幕画ふぃんさんが芋虫たちを切り刻んでいく。目に見えて分かる。剣が溶けている。僕は懸命に修復描写を試みる。

 溶ける剣。直る剣。切り刻む。肉片となり散っていく虫たち。おぞましい光景であるはずなのに、大量の芋虫たちが切り刻まれていくその様は、どこか美しかった。

 やがて蝿が、体を震わせる。

 どうやら魔法を食べたようだ。腹からまた、大振りの芋虫が数体落とされる。

 しかしその芋虫さえも切り捨てて、幕画ふぃんさんは撤退する。酸で溶けた剣をこちらにかざし、命じてくる。


「直してくれるか」

「はい」

 修復描写。今度は、丁寧に。

「どうやら、私は『エディター』を狩れば魔力が得られるらしい……」

 自らの手を見つめる幕画ふぃんさん。

「十分な魔力……! これなら、あるいは」

 僕の修復により元の輝きを取り戻した黒剣を逆手に持ち、幕画ふぃんさんが「King Arthur」の面々に告げる。

「いいか、作戦はこうだ」

 MACKさんとAi_neさんが幕画ふぃんさんを見つめる。

「接近戦を仕掛ければあいつは腕と口を出して捕食しようとしてくる。そこが狙い目だ」

 幕画ふぃんさんは淡々と続ける。

「体のパーツが増えるということはそれだけ的も大きくなる。狙いやすくなるということだ。諸君、次の通り動いてほしい」

 小声で作戦会議が開かれる。

 やがて動き出したのはMACKさん……いや、あの人の人形……だった。


 ストロベリーブロンドの髪が宙を舞う。ほとんど目視不可能な素早さ。人形が僕の描写した壁を跳び、巨大蝿に接近した。

 それからの戦闘は本当に美しかった。

 猫の尻尾のように垂れたおさげが鞭のようにしなり、少女人形が宙を舞い、手にした二本の短剣で巨大蝿のそこかしこを切りつけていく。

 切った場所からは腕。女の細い腕だ。切り付けた傷から無数に生える。その手が必死に宙を掻き、人形を捕まえようともがく。しかし少女人形はそのどれにも捕まることなく、確実に巨大蝿を刻んでいく。

 ある程度、刻んだところで。

「こんなところでいいか?」

 MACKさんが幕画ふぃんさんに告げる。巨大蝿の体には無数の腕が生えており、もはやどんな生き物かも分からない状態だった。蝿の背、腹、脚、複眼、それぞれからまるで花畑のように女の手が生えている。

 僕は「King Arthur」の面々を見つめる。視界に入ったのは……幕画ふぃんさんの、余裕の微笑み。

 おそれるものは何もない、とでも言いたげに、僕の作った壁から姿を現す幕画ふぃんさん。左手をかざし、一言。


「霊位魔法――堅牢クラヴィス

 その瞬間、無数の棘が。

 漆黒。禍々しい気配すら感じる。鋭利で、悪意と殺意しか感じない無数の棘が、宙に現れた。それらの棘は、幕画ふぃんさんが左手をすっと下ろすと。

 一気に蝿から生えている無数の腕を貫いた。目視できる範囲で……いや、確実に、全ての腕に漆黒の針が刺さっていた。体のあちこちから腕を生やした巨大蝿は幕画ふぃんさんの魔法で床に縫い付けられる形になる。慌てた、のだろうか。虫には表情がないので分からない。だが、口吻がせわしなく動いた。

 魔法を吸収しようとしている。

 駄目だ、動きを止めてもそれが逆効果に……と思った時だった。


「多少酸が飛ぶ! 総員壁や穴の後ろに!」

 Ai_neさんがそう叫び、壁から飛び出す。掌を大きく開き……発声。

「ア・トルネガ――!」

 竜巻。僕は本物の竜巻を目撃したことがないのでそれがどのくらいの規模なのか、判断しかねた。

 だが部屋中をおそろしい勢いの風が吹き抜け、地を這っていた芋虫、そしてその残骸を、一気に宙に巻き上げる。

 虫から分泌されていた酸が飛び散る。それらは部屋の壁や、床や、僕が用意した防御癖などに飛び散り焦げたような音を立てた。しかしそれでもなお、Ai_neさんは魔法を止めなかった。

 竜巻は中心に向かって吸い上げるような力を持っている。巻き上げられた虫たちは竜巻の中央に……床に縫い付けられている巨大蝿の上に集められた。


 幕画ふぃんさんが囁く。

「一ギルド員に手柄を譲ってやるのも……」

 MACKさんが微笑みながら続く。

「悪くはないな」

 Ai_neさんが手をかざしたまま叫ぶ。

「ジェネレートッ!」

 途端に、巨大蝿の頭上に。

 大きさはどれくらいだろう。縦横十メートルくらいだろうか。高さもそれくらいある。巨大な鉄塊が姿を現した。それはあの時……南雲さん戦で目くらましをした時……と同じように、突然宙に姿を現した。当然、落下する。

「蝿叩きにはでかすぎたか?」

 幕画ふぃんさんが立ち上がる。それにつられるようにして、MACKさんも。

「たかが一匹、されど一匹……」

 鉄塊が床に落ちる轟音。思わず首をすくめる。同時に聞こえる鈍い音。トマトか何かが、潰れたような。

 塹壕からおそるおそる顔を覗かせる。まず目に飛び込んできたのは……当たり前だが……巨大な鉄の塊だった。その鉄の塊の下からいくつもの腕が生えている。それらは床に、禍々しい気配を放つ無数の黒針によって縫い付けられている。腕に力はなく、ぐったりとしている。女の白い腕。美しい腕。しなやかな腕。それらが無残に針によって貫かれ、力なく垂れている。


 一匹、だけ。

 鉄塊の一撃を逃れた芋虫が床を這っていた。体をくねらせながらこちらに進もうとするその姿は無力で、惨めで、哀れで、見ていて不思議な感情を覚えた。が、そんな僕の感傷に構わず。


 無慈悲な銃声。

 Ai_neさんが拳銃を構えて立ち尽くしていた。

 芋虫の動きが止まる。ただのミルク色をした肉の塊と化したそれは、いよいよ惨めだった。

 決着。呆気ない。だが、それは同時に「King Arthur」の実力の高さも示していた。あれほど強大な敵を、たった三人で。おそらく「ノラ」にはできない。ここにいるメンバー総がかりで倒さねばならない敵だっただろう。

 幕画ふぃんさんが黒剣を鞘に納め、MACKさんは少女人形の頭を撫でる。

 ジェネレートした拳銃をしまったAi_neさん。それを合図にしたかのように……僕の近くにいた道裏さんも誇らしげに……「King Arthur」の面々がつぶやく。


「我ら、『King Arthur』!」

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