グーラ

「やれるもんならやってみなはれ」

 いくつもの触手をうねらせる豚……だったもの。声はやっぱり蹴り飛ばされた頭部から聞こえる。飯田さんに蹴られても悲鳴ひとつ上げなかったところから推察するに……あれはもう、本体ではない。

 すずめさんが両頭刃剣ツインブレードを構える。

「……アンジ」

 すずめさんが、そうつぶやくのが聞こえた。それに続けて目にも留まらぬ突進。結月さんに乗って帰ってきたばかりの飯田さんに訊ねる。

「『アンジ』って、何ですか?」

「『レアメタリック・マミィ!』の登場人物だ」

 事も無げにつぶやく飯田さん。

「すず姉の作品は色々あって面白いが、中でも『レアメタリック・マミィ!』は戦闘向きの登場人物が多いから、『エディター』騒動が起きてからよく使っているんだよ」

 そうか。すずめさんはPVも多いから主人公以外の登場人物の能力も使えるのか。そう思うと、何だか急に心強い気がしてきた。


 触手の首が飛ぶ。豚の頭らしき形をした肉塊が重たい花弁のように落ちていく。

 しかし、切断したそばから首が次々に生えてくる。触手の真ん中を切った場合は再生しないが、どうやら先端は切り落としても生えてくるらしい。しばらく切り続けて、すずめさんが空中で静止した。

「バッテリーが勿体ないね」

 飯田さんが僕の傍で笑う。

「僕もそう思う」

「すずめさん、あいつ多分、本体がある……!」

 結月さんが黒狼グレイルのまま唸る。

「体のところ、臭いが濃い……!」

「体のところ、ね」

 空中で静止していたすずめさんが、すっと動き出す。

 それを追うように触手が伸びてきた。しかしすずめさんを捕まえることはできない。触手が一度体勢を立て直すために首を引っ込めた、その瞬間。

 すずめさんがAi_neさんのジェネレートした鉄塊の上に着地した。手には……複合型電磁銃マルチレールガン


「エータ……」

 それが狙撃能力を意味することは、すぐに分かった。

 三点バースト。確か、三連続の射撃をそう呼んだはずだ。

 続けざまに三発、銃弾が発射された。ほぼ同時に着弾。触手の根元、胴体に。と、豚が悲鳴を上げる。

「いったああああああ!」

 床に転がっていた豚の頭が、くるりとこちらを向く……あいつ、あのまま動けたのか。

「このアマどつきまわしたる……!」

 触手が一斉に鎌首をもたげる。すぐさますずめさんが反応した。

「シュカ!」

 手にしていたのは、ロングソード。

 飛び掛かってくる触手を次々に切り倒していく。先程の「アンジ」が俊敏なアクロバットだとしたら……こちらはまるで、華麗な舞のようだ。目にも留まらぬ速さで空中移動を繰り返しながら、しなやかな動きで触手を次々に切り落としていく。

「バッテリーの無駄だぞ、すず姉」

 飯田さんが声を張る。

「手早く頼む」

「もうやったよ」


 頭上から、すずめさんの声。

 僕は驚いて顔を上げる。

 彼女は僕たちの頭上でホバリングしている。ファンの音だろう。空気が噴出されている音がする。メットの奥に見える目は豚の体を見据えていた。僕も、その目線につられるようにして豚の体を見る。

 真っ二つ、という風にしか表現できない。

 醜い肉の塊。背中の丸まった肌色をした肉の塊が、綺麗に半分こされていた。伸びていた触手たちがバランスを崩す。根元から切り倒され、バランスを失ったようだ。

「さすがすず……」

 と、言いかけた飯田さんの目が警戒色を示す。

「……まだのようだな」

 飯田さんのつぶやきに、すずめさんが応えた。

「そうみたいね」

 結月さんが白狼レティリエに戻って声を上げる。

「どうして? さっき胴体への銃撃は効いたのに……!」


「例えば、の話だが」

 飯田さんがじっと豚を見据える。

「本体の場所……例えば核みたいなものを、体内で自由に移動させられるとしたら?」

「それはちょっと面倒ね」

 すずめさんが頭上でつぶやく。

「コアの探知、ね」

「ま、僕たちが出る幕じゃないな」

 興味を失くしたように、飯田さん。

「すず姉単騎でどうにでもできるだろ」

「コアを探すのはどの登場人物でも出来るからね!」

 すずめさんがヘルメットのシールド部分に指を這わせた。途端に、一言。

「コアは三つ……」

 どうやらあのヘルメットのシールドは敵の核の探知もできるようだ。

「触手内を移動。やっぱり体の中を自由に動かせるみたい」

「止めましょうか」

 栗栖さんがロッドを掲げる。しかし、すずめさんがそれを制する。

「蛍ちゃんは、私の後衛でみんなを守って」

 空中で戦闘態勢に入るすずめさん。ファンの音の合間に声が聞こえた。

「あいつは私が、やっつける」


 と、真っ二つにされた豚の体に変化が起こる。

 切断面。その中から。

 大量の、蛆虫。

 それらは床に落ちるとすぐさま小蝿に変化した。一斉に、飛んでくる。

「あれ、爆発すんのかな」

 呑気な飯田さん。さっきあれを食らったくせに。

「対処するか?」

「King Arthur」の面々が動こうとする。が、それをメロウ+さんが制する。

「大丈夫大丈夫。すずめさんいるし。待、機」

 と、頭上にいたすずめさんが僕たちの傍に着地する。

「総員、私の近くに!」

 彼女が左手を宙にかざす。それから叫んだ。

「トバリ!」

 その一声で、半球状の電磁バリアが展開された。襲い掛かってきた蝿の群れが全て半球の表面で爆発する。

 それはすごい光景だった。バリアで守られているからこちらは痛くも痒くもないが、大量の爆発が周囲を包む迫力には心拍数が上がった。

「これあれば最初から壁だの塹壕だの作らなくても……」

 と、つぶやいた僕に、飯田さん。

「このバリアだけ置いてはいけないんだ。残念なことにな」

「展開できる範囲にも限度があるしね」

 メットの中でくすくす笑うすずめさん。戦闘の合間に垣間見えた日常に、僕の心は震える。


 一通り、爆発が済んだ直後。

 スカイスーツのすずめさんが、再びふわりと宙に浮かぶ。

「さっさと済まそう。こんなところで立ち止まっている場合じゃない」

 トバリ。再びその名を口にしたすずめさんの手には。

 長刀。まるで侍のような。

「NIGHT HAWK」

 ぽつりと、結月さん。

「いつ見てもかっこいいんだよね」

 その声を合図にしたように、すずめさんが突進する。さっきまでの斬撃とは明らかに違う。まるで嵐のように連続した切り付けだった。うねる触手が見る見るぶつ切りにされていく。しかし触手もやられっ放しじゃない。先端についた顔がすずめさんに襲い掛かる。

 しかしこれにも、すずめさんは応じる。

 すぐさま複合型電磁銃マルチレールガンを構える。それが今までの使い方と違うことはすぐに見て取れた。狙撃のように一点を狙う感じではない。腰の辺りに据え、大まかに前方に発射できればいい、くらいの構え方だ。

 銃撃。触手の頭が弾け飛ぶ。重たい一撃。おそらく、ショットガンだ。

 吹き飛ばされた先端。切り落とされていく触手。

 朧気にすずめさんの狙いが分かってきた。しかし、その頃には、もうほとんど片が付いていた。


 すずめさんの姿が消える。高速移動。おそらく、ウィングフォーム。

 豚の体はもう大分小さくなっていた。切断に継ぐ切断。銃撃に継ぐ銃撃でほとんど胴体だけ、触手も根元さえ残っていない状態だった。

「いくら、核を体の中で自由に動かせても……」

 栗栖さんがつぶやく。それに続くように、メロウ+さん。

「体があれじゃあねぇ……」水晶玉が、くるり。「細、断」

「動かせる場所も限られますね」赤坂さん。女の子の姿に戻っている。

「……っていうか、最早」結月さん。白狼レティリエだ。

「もう一点しかないな。三つあろうが、一カ所だ」面白くなさそうに、飯田さん。

 そしてその言葉を裏付けるように。

 すずめさんが姿を現した。真っ二つにされた胴体を串刺しにするように、横から長刀を一突き、刺し込んでいた。

 豚の悲鳴。醜い、断末魔。その合間に、聞こえてくる。

「――さぁ、さよならの時間だよ」

 音もなく、長刀を引き抜くすずめさん。その瞬間に、豚の胴体が、ぼろぼろになって崩れ落ちる。

 床に転がっていた豚の頭。それが一瞬、僕の目に留まった。

 悲痛な面持ち。まるで目の前で豪華な食事を奪われたような、哀愁と未練に染められた眼差しだった。そのままぼろぼろと、崩れていく。

 そんな豚の頭部には構いもせず、すずめさんが真っ直ぐ、豚の胴体があった場所に近寄る。


「今度こそ、討伐だね」

 結月さんのそのつぶやきを肯定するかのように。

 豚の胴体があった場所に、カードが落ちていた。不可解なことに、三枚。すずめさんがそれを拾い上げる。


「喜んで」

 スカイスーツを解除するすずめさん。パンツスーツ姿。まるで、仕事をバリバリこなすOL。そんな彼女が、にっこり笑っていた。

「加藤さんがいるよ」

 彼女がカードをかざす。そこには確かに、加藤さんをデフォルメしたような絵が描かれたカードが一枚、あった。


 彼女の手に握られた残りの二枚のカードは、僕には誰のものなのか、分からなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る