脱出条件

「異世界転生?」

 僕の問いに飯田さんが答える。

「ファンタジーの世界でトラックって言ったら異世界転生だろ」

 すずめさんが辺りに目を走らせながら告げる。

「危なかった。太朗くんがいなかったら私ずっとジェットコースターの事故に遭い続けてた」

「どういうことですか?」


「異世界転生の条件が繰り返されているんだ」

 飯田さんが話し続ける。

「トラックの事故に遭って僕とすず姉はジェットコースターに乗る直前の場面に転生させられた。しばらくループを繰り返して、気づいた。これも『異世界転生』だ」

「さっきはジェットコースターに乗らなかったら脱出できたよね」

「どういうことですか?」

 同じ質問を繰り返す。飯田さんがうんざりしたように答える。

「『異世界転生』し続けるんだよ。そのための条件を無限に繰り返す。ジェットコースターで事故に遭ったらまたジェットコースターの事故に遭う前の世界に転生するんだ。ループを抜け出す方法は一つしかない。『異世界転生をしない』」


「異世界転生をしない?」

「例えば『ジェットコースターの事故に遭う』ことが異世界転生の条件だとすれば、その事態を回避すれば今いる世界線から抜け出せる」


 何となく、分かった。

 僕はこのバスの事故で「異世界転生の条件」を繰り返しているんだ。だから事故に遭う度にリセットされる。だからひたすらループをする……。


「今度の異世界転生の条件は何だ?」

 飯田さんにそう訊かれ僕は慌てて答える。思い当たることは一つしかない。

「ば、バスの事故に遭う……」

「このバスが事故に遭うって言ってるのか?」

「そうで……」と、言いかけた時だった。

 クラクション。鉄が潰される音。大きな衝撃。


「これか」床の上に横になっていた飯田さんがつぶやく。「これが異世界転生の条件ね」

「これどうやって回避するの?」

 すずめさん。頭を振りながら起き上がる。

 僕の近くにいた男性が舌打ちする。僕も起き上がった。

「どうもこれまで見てきた感じ、運転手さんがハンドル操作をミスするようですが……」

 さっきの……といってももう何回も前の転生だが……記憶を引っ張り出す。

 運転席。中年の男性が運転している。しかしその手元が、一瞬崩れる。

 そのことをすずめさんと飯田さんに話す。


「じゃあ、その運転手の手元をどうにかすりゃいいんだな」

 すぐに三人で運転席の方に向かう。運転手を見て、飯田さん。

「このおっさん邪魔だな」

 すずめさんが続く。

「どかそう」

「え、そんな無茶苦茶なこと……」

 すると飯田さんが笑う。

「そもそもが無茶苦茶なんだぞ。こっちも無茶しないと」

 そういうわけで、飯田さんが運転手を押しのけてハンドルを握る。

「真っ直ぐ走らせればいいんだな?」

「ちょっと、アクセルとかは?」

 すずめさんの声。

「このおっさん邪魔だなぁ」イライラした様子の飯田さん。

「物書きボーイ。『ペン』使ってどかせよ」


「どかせってどうやって……」

 僕は「ペン」を使ったワープができなかったことを伝えた。ついでに、「虫眼鏡」を使った検索ができなかったことも。すると飯田さんが口を開いた。

「『虫眼鏡』で覗けたってことは字は書けるんだろ。運転手のおっさんが立ち上がって退く場面描写しろよ」

「なるほど」

 筆記する。運転手が立ち上がって退く。頭に制帽をかぶったおじさんが立ち退く姿は何だか滑稽だった。が、しかしとりあえず目的は達成できた。

「よーし。これでハンドルは……」

 と、運転席に腰かけた飯田さんが言いかけた時だった。


 正面から大型トラックが突っ込んできた。

 クラクション。鉄が潰される音。大きな衝撃。



「駄目じゃないか」

 床の上で、飯田さん。

「運転手が運転ミスしたんじゃなくてトラックが突っ込んできてる」

「じゃあ、どうすれば?」

 同じく床の上で声を上げた僕に、すずめさんが体を起こしながら告げる。

「バスから降りる?」

「それだ」

 飯田さんが近くにあった降車ボタンを押す。

「……でも事故に遭うまでにバス停あったか?」

「そんなの分かりませんよ。外なんて見てないから」

「あることを祈るしかないね」

「だな。最悪事故ってもまたやり直せると思えば……」

 そういうわけで、しばらく待機。

 流れゆく景色。しかしバス停が見えてくる気配はない。

「駄目っぽいな……」

 飯田さんがつぶやいた時だった。

 クラクション。鉄が潰される音。大きな衝撃。



「と、いうわけで、だ」

 起き上がる飯田さん。

「運転手をどうにかしても駄目、バス停で降りようとしても駄目」

「……バスから無理矢理脱出する?」

 すずめさんが提案する。

「それだ」

 飯田さんが立ち上がる。

「窓から抜け出そう」

「そんなことしたら死んじゃいますよ」

 僕の言葉に飯田さんが笑う。

「黙ってても死ぬだろう」

 女子高生が座っているところに行く飯田さん。

「……これってスカートめくっても怒られないかな?」

「遊んでる場合じゃないでしょう」

 僕が呆れるとすずめさんがくすくす笑った。


「私がウィングフォームで空を飛んで二人をキャッチする。だからまず、私が出ようか」

 先程の運転手の時と同じ要領で、女子高生をどかす。窓を開ける。

「そんなに速くないな」窓の外を見て、飯田さん。「これなら最悪受け身とれば何とかなりそう」

「受け身とれるの?」と訊いてくるすずめさんに飯田さんが答える。

「とれない」

 くすくす笑うすずめさん。

「じゃあ、私が行く」

 オペレーション。

 ウィングフォームに変身したすずめさんが窓から出る。少しの間の後、バスと並行して飛ぶことに成功するすずめさん。

「ジャンプして!」

「物書きボーイ。先に行け」

「え、でも……」

「いいから」

 飯田さんってこういう時だけ紳士だよな。そう思いながら窓から飛び出す。


 すずめさんが僕の手をつかむ。足のすぐ下に道路。下手したら大根おろしだ。

「太朗くんおいで!」

 すずめさんの声。

「よし」

 飯田さんが飛ぶ。すずめさんがキャッチする。僕と二人で、すずめさんの腕にぶら下がる。

「すず姉、おすすめのダイエット方法教えようか?」

 飯田さん。こんな時でもふざける。

「あんまり効果ないみたいよ?」

 すずめさん。慣れているのだろうか。返しが上手い。

「バスから離れる!」

 すずめさんが体勢を変えてバスから離れようとした時だった。

 クラクション。鉄が潰される音。今度は衝撃がないはず……だった。


 爆発。


 悲鳴を上げる間もなく、すずめさん共々吹き飛ばされる。次の瞬間には。



「また駄目か」

 飯田さん。気づけば僕たちは、またバスの床に倒れていた。

「何で?」僕は倒れたまま狼狽える。「バスからは脱出できたのに」

「多分だが……」飯田さんがつぶやく。「あの爆発に巻き込まれたら事故判定だ」

「何でトラックが爆発するんだろう?」

 すずめさん。飯田さんが返す。

「花火とか、火薬でも積んでたんじゃないか?」

 腕を組み、唸り声を上げる飯田さん。


「どうするかな。あの爆発の範囲から抜け出すのは僕の力じゃ無理だな」

 すず姉だけなら何とかなりそうだが……。

 そうつぶやく飯田さんにすずめさんが返す。

「あなたたちを置いてはいけないよ」

「この世界線の外側から見れば何らか手があるかもしれない」

「ないかもしれないでしょ。太朗くんと物書きくんの存在を賭けることは私にはできないよ」

「そんな優しいすず姉が大好きだが……」

 このままじゃまた事故だ。

 飯田さんが困り果てたような声を上げて起き上がった時だった。

 

 あれ? 飯田さんが声を上げる。

「……君、誰だっけ?」

 起き上がった飯田さんが見つめていた先。


「King Arthur」の一員。

 道裏星花さんが、床に倒れてぽかんと天井を見つめていた。

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