断罪、及び不屈の精神。
道裏星花は挫けない
「あ、抜け出せた」
道裏星花さん。ぽかんとした様子で辺りを見渡す。「……バス?」
「バスです」
面倒くさそうに飯田さん。
すずめさんがウィングフォームのまま……他のみんなが普通の格好をしている中、彼女だけちょっと滑稽だったが……訊ねる。
「どこから来たの?」
「どこから、って言われてもちょっと分からないんですけど……」
「何を回避した?」飯田さん。「異世界転生のネタで遊ばれるんだ。何を回避したらここに来れた?」
「溺れている子を無視したら急に景色が切り替わって……」
「『溺れている子を助けて死ぬ』か」
顎に手を当てる飯田さん。
「要するに、『死』を回避すればいいっぽいな」
「そんなことさっきから分かってるじゃない」
すずめさんが周囲を見渡しながらつぶやく。
「バスから抜け出すのなら、早くしないと。今度は爆発することを加味してもっと早く離脱してみるから」
「この子も含めるんだったら腕が足りないだろすず姉。もう一本生えるのか?」
飯田さんが道裏さんを示しながら首を振る。
「すず姉のスーツ以外にも脱出方法考えないとな……」
すると道裏さんが、わけもなさそうに口を開いた。
「あの、私、人数を減らせるっていうか……このバスから出たいだけなら力になれますけど」
「力になれる?」
飯田さんが首を傾げる。
「そういう能力なのか?」
「空間に対象をしまえたりします」
おどおどと話す道裏星花さんに飯田さんが疑問を口にする。
「空間に対象をしまえるってどういうことだ?」
「異空間を開いてそこに収納できるんです。他にも、異空間を通じて他の場所に移動できたりするんですが……」
と、両手を使って棚の戸を引くような動作をする道裏さん。
驚いた。本当に空間がぱっくりと切り開かれて、その向こうにマーブル色をした謎の空間が広がっていたのだ。
「ここを通じて別の空間に移動できます。あるいは、ここに収納した状態で私が移動して、その先で開けばまた取り出すことができます」
「じゃあ、みんなここを通れば出られる?」
すずめさんが訊ねる。
「あるいは、最悪あなただけをこのバスから引っ張り出せば何とかなるってこと?」
こくんと頷く道裏さん。
やった。希望が見えた。そう思った時だった。
「とても素敵な話なんだが……」
腕時計を見る飯田さん。
「時間だ。次の周でそれをやろう」
クラクション。鉄が潰される音。大きな衝撃。
「と、いうわけで、だ」
次の周。むくりと起き上がった飯田さんが道裏さんの方を見る。
「収納ガール。さっきのを……」
と、言いかけた飯田さんが驚く。
「……顔色が悪いな。大丈夫か」
僕も起き上がって彼女の方を見る。顔が真っ青だ。まるで……プールの授業で冷えすぎたかのような。
「さっき、子供を助ける時に何度か能力を使ったから……」
具合が悪そうに、横になっている道裏さん。
「血液が……」
「血液?」首を傾げる飯田さん。「能力使うと血液に影響が出るのか?」
「血が減ります」ぐったりしている道裏さん。「貧血になるんです」
「それは辛いね……」すずめさんが道裏さんの額に手をやる。「大丈夫?」
「物書きボーイ。治療だ」
飯田さんが僕に指示を飛ばしてくる。
「『彼女の血色がよくなる』描写をしろ。効果があるはずだ」
慌てて書く。時間がない。早く彼女に回復してもらわねば。
筆記してから、しばらくして。
「よくなってきたかも……」
頬にほんのり色が出る。むくりと起き上がる彼女。
「能力、使えそうです」
「それは非常に、喜ばしいことなんだが……」
腕時計を見る飯田さん。
「時間だ。またな」
クラクション。鉄が潰される音。大きな衝撃。
「まだ体調は悪いか?」
すぐさま起き上がる飯田さん。道裏さんが答える。
「さっきよりいいです」
「やっぱり状態は保存されるようだな。よかった」
また治療から始まったんじゃ永遠に出られないからな。
飯田さんは腕時計を見ながらつぶやく。
「また体調が悪くなってもらうのは大変申し訳ないんだが……」
道裏さんはすっくと起き上がった。
「はい。すぐします」
と、両手で宙を掻く道裏さん。
ぽっかりと、空間に穴。
「物書きボーイ」
飯田さんが顎で示す。
「先に行け」
「分かりました」
まず、僕が入る。不思議な空間だった。
重力がない……というより、床がない? 立っているようで浮いているような、不思議な状態だった。次に飯田さんが入ってくる。穴をくぐるタイミングで飯田さんが訊ねる。
「どっちのプランだ? トンネルくぐりか収納か?」
「人間サイズを二人入れるか、四人入れるかだと二人入れた方が楽なので……」
道裏さん。早くも体調が悪そうだ。
すると飯田さんが彼女の頬を撫でてから告げた。
「じゃあ、収納プランだな。すず姉と空の旅を楽しんで来い」
物書きくん。飯田さんが告げる。
「時間が許す限り『血色がよくなる』描写をしてやってくれ……事故まで後七分」
「二分で書きます」
できる限り短時間で、でもできる限り丁寧に血色がよくなる描写をする。
道裏さんの顔色が少し良くなる。飯田さんが告げた。
「じゃあな。すず姉よろしく頼む」
道裏さんが空間を閉じる。瞬間、僕たちはどっちが上でどっちが下か分からない状況に置かれた。僕の隣で飯田さんがつぶやく。
「酔うな、これは」
「本当ですね」
「まぁ、すず姉のことだから脱出にそう時間はかからないだろう」
それから、数秒後。
僕たちは異空間から引っ張り出してもらえた。場所はどうやら、走行中のトラックの上。バスからは少し離れた地点にいるトラックのようだ。道裏さんが僕たちの手を取って出迎えてくれた。ようやく人心地がつく。
「これで抜け出せるはず……」
そう、飯田さんが告げた時だった。
VR装置をシャットダウンした時のように、目の前が真っ暗になった。
何? 何? 故障?
そう思ったコンマ数秒後。
僕たちは妙な空間にいた。
点々と、白い粒。……星? 宇宙か?
しかし床があった。僕たちはそこに立っている。僕、すずめさん、飯田さん、道裏さんが立ち尽くしていた。どうやら無事にバスから抜け出すことには成功したようだ。
と、前方を見ると。
思わず僕は声を出してしまった。
「結月さん、栗栖さん、幕画ふぃんさん!」
すると三人が怪訝そうな顔でこちらを振り向き、一言。
「物書きくん」
「あら」
「無事だったか」
「次は何だ? 宇宙からの帰還か?」
辺りを見渡しながら結月さんたちに近づく飯田さん。
「君たちはここで何に引っかかってる?」
結月さんが答える。
「もう何回目だろう……二十一回くらい?」
栗栖さんが応じる。
「そうだね。二十回は超えてる」
「何が起き……」
と、飯田さんが言いかけた途端。
ソプラノの発声練習みたいな音が響いたと思ったら、目の前に妙にごてごてした椅子……玉座が現れた。そこには一人の……女の人?
「ようこそいらっしゃいました。勇者よ」
飯田さんが首を傾げて彼女を示す。
「こいつ頭がおかしいのか?」
結月さんが苦笑いをする。
「口に気をつけた方がいいですよ」
「あなた方は寿命を全うする前に死んでしまいました」
と告げる女の人。あれ? っていうことは……。
「偉大なる慈悲により、あなたに素敵な能力を授けます」
僕たちの目の前にいる女性。それは間違いなく……。
女神、だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます