トラックの間

「こんな部屋、あったか?」


 幕画ふぃんさん。腰の剣に手を当てる。

「なかった」

 MACKさんも剣に手を置く。

「自分も初めて見ますね」

「私も……」

 Ai_neさんも道裏さんも頷く。


 すずめさんに先導されて入った部屋。


 長い、廊下。ひたすらに長い廊下だ。

 向こう側の壁が見えない。壁には燭台があって、明かりは全くないわけではないのだが、それでも向こう側の壁が見えない。

 そしてこの部屋は、「King Arthur」の面々の記憶にない部屋のようだ。

 すずめさんが片手を上げて僕たちの進路を遮る。


「警戒して」


 今までの部屋と違い、敵の『エディター』が一匹もいないことが、却って恐怖を煽っている。

 しばし沈黙。

 何もない。


「こういう時は、だ」

 飯田さんが胸ポケットに手を入れる。

 壊れた眼鏡型端末。

「実験が大事だ。それ」


 眼鏡型端末を廊下の奥に向かってぽいっと投げる。

 それが地面に着く前に。

 轟音を立てて何かが通過していった。

 ……粉々になった眼鏡型端末が落ちている。

 一瞬の出来事で何があったのか分からなかった。暗いし、一秒もかからない出来事だったし、僕の視覚認識ソフトでは追うことができなかった。

 しかしMACKさんがつぶやく。


「トラック……?」

「トラック?」僕は訊き返す。「城の中にトラック?」

「そう見えた」MACKさんも納得がいかないらしい。


「第二実験だ。おい君」

 飯田さんがAi_neさんに話しかける。

「物書きボーイの話を聞く限りじゃ、任意のものを生成できるんだってな?」

「できる」

「物書きボーイに作らせるより早いなら、木っ端でも石ころでもいい。何か適当に複数作ってさっきの眼鏡みたいに放り投げみてくれ」

「分かった」


 ジェネレート。Ai_neさんがつぶやく。

 数個の石ころが生成された。連続で放る。すると。


 クラクション。轟音。それが連続した。


 間違いなく、トラックだった。

「ガソリンの臭い」

 結月さんがつぶやく。

「通り過ぎたのが車なのは間違いない」


「城の中に?」僕は訊き返す。「何でトラックが?」

「進むと轢かれるのかな」

 すずめさんが、おそるおそる一歩前に出る。

「すず姉、無理するな」

 飯田さんの声に緊張が滲んでいた。

「スーツの強度がトラック以上でも、何が起きるか分からない」

「でも今いる面々の中じゃ、トラックの衝撃に耐えられるのは私しかいない」

「そうだが……」

「向こう側にこのトラップを解除する何かがあるなら、私が行くしかない」


「空間転移させられないんですか?」

 僕が栗栖さんに訊ねると、彼女は首を横に振った。

「目視できる範囲じゃないと正確な転移は難しい。もしくは具体的に想像できる場所でないと。多少ぶれていいなら送れるけど、ずれて壁にめり込んだりしても困るでしょ」

「メロウ+さんは?」

「向こう岸まで守り石を渡せるかって問題だよねぇ」真剣な表情。「疑、問」

「道裏さんの出番か? 正しい能力は空間転移だよね?」

 MACKさんがつぶやく。

「やりましょうか?」と声を上げた彼女を幕画ふぃんさんが止める。

「君の能力は対価が必要だ。いざという時にとっておきたい」


「やっぱり私が行くしか……」

 と、言いかけたすずめさんに飯田さんが歩み寄った。

「一緒に行く。すず姉が止められるなら、陰にいれば平気だろ? もしもの時に手伝えるかもしれないし」

「危ないから引っ込んでなさい」

「危ないのはすず姉も一緒だ」

 一緒に行く。行ってやるさ。

 強い目線の飯田さん。

「僕がこう言いだすと頑固なのは知ってるだろ」

「……何かあっても助けられないかもしれない」

 すずめさんのピンと張り詰めた糸のような言葉に、飯田さんは笑う。

「何かあったらすず姉を助けるよ」


 何も能力がないくせにこの人は何を言っているのだろう。そう思って止めようとした時だった。

「行くぞ、すず姉」

 飯田さんがすずめさんの手を取って前に出る。その瞬間。


 トラックが通り過ぎていった。


 後には。


 何もない。すずめさんも、飯田さんも、影も形もなくなっていた。

 声が出そうになる。まず結月さんが黒狼グレイルに変身した。

「すずめさんの耐久力が無効化されている……」

 栗栖さんもロッドを召喚し、構える。赤坂さんも「脳筋ゴリラ」に。

「ふ、二人は……」

 僕の言葉に幕画ふぃんさんが被せる。

「分からん。だが消えた」

 すると彼の言葉を合図にするように。

 僕たちの背後の壁が、音を立てて迫り始めた。



「強制スクロール……!」

 Ai_neさんがつぶやく。僕は言葉を返す。

「そんな古典的な!」

「何にせよ、やばい」

 結月さんが獣型に変身する。

「一か八か、私が行ってみる!」

「行ってみるってどうやって……」

「飛び越える。黒狼グレイルの脚力ならいけるかもしれない」

 栗栖さんが続く。

「私も行く。目に付く範囲に転移してみる。連続で転移をすれば、あるいは……」

「やっぱり私が……」

 と言いかけた道裏さんの言葉を待たず。


 二人が動いた。

 まず、黒狼グレイルの跳躍。狼は一瞬で僕たちの前方五メートルくらいの場所まで跳んだ。しかし。

 轟音。トラックだ。

 結月さんがいない。


 同時に栗栖さんも転移していた。

 僕たちの遥か前方、十四、五メートル先で白い光が……おそらく、彼女の魔法陣の光が……見えた。しかし。

 轟音。暗くて見えなかったが、おそらくトラック。

 光はそれっきり見えない。


「ちっ」

 Ai_neさん。

「俺の魔法で……!」

 一瞬でAi_neさんが前に出た。一陣の風。魔法で加速したのだろうか。しかし。


 轟音。またもトラック。

 彼も跡形もない。


「やっぱり私が……」

 と、道裏さんが言いかけた時。


 背後の壁が急に加速して迫ってきた。

 あ、と僕が口にした頃には。

 全員、前に押し出されていた。

 幕画ふぃんさんも、MACKさんも、赤坂さんも、メロウ+さんも、道裏さんも、全員、どすんと、壁に押し出された。


 耳をつんざくクラクション。

 僕たち全員が床に倒れ込むのより前に。


 僕たちはトラックに轢かれた。

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