午後七時の起床

「みんな大丈夫だった? ごめん。私油断した」

 すずめさん。〈怠惰アケーディア〉の布団の中からカードが見つかった。二枚。一枚はすずめさんだった。もう一枚は……。

「あー。久々に死ぬかと思ったー」

 飯田さんだった。ジャケット姿で膝に手をつき、荒い息をしている。

 カードの中は苦しいという報告が上がっているが、すずめさんはケロッとして僕たちのことを心配していた。さすがビッグスリーの一人。スカイスーツを解除し、ライダースーツ姿で僕たちの前に立っている。


「助けてくれてありがとう。緊急脱出ソフトも使えなかった」

 カードに封じ込められると完全に脱出の手段を失うらしい。危ないところだった。

「……午後七時」

 飯田さんが腕時計を見ながらつぶやく。随分ごてごてした腕時計だ。

「遅い起床だな」

「能力が戻っている感覚がある……」

 MACKさん。手を握ったり開いたり。

「確かに」

 Ai_neさんが手を広げる。温かい光。その光が収束すると、彼の掌にはハンドガンが握られていた。

「あの熊の支配下に置かれていたんだね」

 栗栖さんが、いつの間にかロッドをしまってつぶやく。それから彼女は、すずめさんと飯田さんに向き直って口を開く。

「すずめさんも太朗くんも問題なさそう?」

 すずめさんが応える。

「私は平気。能力も問題なさそう」

 しかし飯田さんは首を振る。

「僕はH.O.L.M.E.S.と通信できなくなってるからな」

 胸ポケットから眼鏡型端末を出す飯田さん。相変わらず故障しているらしい。


 と、背後でドアの開く音がした。ぞろぞろと、「King Arthur」の面々が入ってくる。先頭に立っていたのは……メイルストロムさん。

「回復魔法が使えるアカウントを連れてまいりました……」

 静かな口調。手は胸の前で組まれている。


 どうやら幕画ふぃんさんの指示で「糸の間」から出たアカウントが教会に救助を求めに行ったらしい。先程MACKさんに操られていたアカウントも、おそるおそるといった体で中に入ってくる。


「負傷しているアカウントはいませんか」

 メイルストロムさんの声。

「一応、この面々を診てくれ」

 幕画ふぃんさんが、すずめさんと飯田さんを含め、先程まで熊男の支配下にあったアカウントを示す。

「修復魔法が使える者は私の鎧と花ちゃんの服を修復してくれ。体の方には特に外傷はない」

「回復も、修復も、手伝えます」

 僕は前に出る。「ペン」を構える。


 しばらく、治療と修復が行われた。幕画ふぃんさんが指示を飛ばす。

「メイルストロムさん。損傷のひどいアカウントを連れて一旦教会へ避難してくれ。我々はこれから他のアカウントの救出、及び敵の討伐に向かう。手間をかけて申し訳ないが適当な間隔で我々に追いつきに来てくれ。随時救出したアカウントをつれて教会に戻ってほしい」

「承知しました」

「我々はこれから『円卓の間』へ向かう」

「どうして『円卓の間』へ?」

 メイルストロムさんの質問に幕画ふぃんさんが答える。

「悪魔が最初に現れた場所がそこだからだ。おそらく何かある。そしておそらくそこにいる」


 腰に携えた剣に触れる幕画ふぃんさん。

「……大勢の仲間を切った。せめて諸悪の根源を討伐したい」

「私も行きます」

 MACKさんが立ち上がった。

「『円卓の騎士』がやられっぱなしじゃいけない」

「無理はするな」幕画ふぃんさん。「貴様は酷使され過ぎた」

「俺たちもお供しますよ」

 掌で拳銃を弄るAi_neさん。その脇に佇む道裏星花さん。赤髪の少女が真っ直ぐな目で幕画ふぃんさんを見つめる。

「迷惑かけっぱなしじゃ、申し訳ないので!」


「無理はするなよ」

 幕画ふぃんさんが仲間に背を向ける。

「何かあったらすぐ逃げろ。大物との戦闘時は極力私が前列でカバーする」

 それから幕画ふぃんさんは僕たち「ノラ」の方にやってきた。

「君たちも戦闘が不可能だったらメイルストロムについて行くといい。治療してくれる」

「ナメんなって」

 飯田さんがおどける。

「こっちには物書きボーイがいる」

「完全に他人が頼りじゃないですか」

 今の感じは飯田さんが何とかする感じでしょ。僕がツッコむとすずめさんがくすくす笑う。

「太朗くんも物書きくんも頼りにしてるよ」

「任せろすず姉」

「飯田さんは今や一般人でしょ」

「お忘れのようだが……」飯田さんがにやりと笑う。「僕らはみんな文民だ」


「太朗さん絶好調だね」

 結月さん。服が修復されている。

「何かあったら守ってあげるね!」

「何言ってるんだ。僕が花ちゃんの盾になるよ」

 何も能力がないくせに偉そうな飯田さん。


「先に進もう」栗栖さんが冷静な調子で告げる。

「まだ加藤さんが救出できていない」

「球体にめり込んでいたり、行方不明になったり大変だな、伊織姉さんは」

「でも、戻ってくれば戦力になりますよ」赤坂さん。女の子に戻っている。


 メイルストロムさんが告げる。

「それでは、引き続き治療が必要なアカウント、及び戦線を離脱するアカウントはこちらへ……」

「基本的に、進路にいる『エディター』は全て排除しておく」

 幕画ふぃんさんが剣の柄に手を置く。

「しかし、もしものことがあるかもしれん。我々を追う時は誰か護衛をつけろ」

「ご心配はありがたいのですが、幕画ふぃんさん」

 メイルストロムさんが優しく微笑む。

「私とて、全く戦えないわけではありませんので」

 微笑み返す幕画ふぃんさん。

「……そうだったな。こういう時は皆が頼りだ」

 行こう。

 彼の号令で僕たちは先に進んだ。味方も増えたし……戦力外が一名いるが……、大分心強い。

 僕たちは「糸の間」を後にした。



「すずめさんは相変わらず強いね……」

 栗栖さん。メロウ+さんが水晶玉をフワフワさせながら楽しそうに笑う。

「私たち全然戦わなくていいねぇ」帽子がゆらゆら揺れる。「歓、楽」


「King Arthur」の城はそれはもうすごいことになっていた。

 おそらく『参照型エディター』の仕業だろう。

 広い城内にはさまざまな生物がいた。


 まず一番多いのがドラゴン。

 ドラゴン、という言葉がかわいく見えるくらいの規模の怪獣が多くいた。

 あるものは、巨大で全身に棘が生えたトカゲのような。

 あるものは、コウモリのようなサイズだが強力な火炎を吐く。

 あるものは、蛇に足を生やした……こう言うとかっこわるいが……ような。

 あるものは全身を炎に包んだカエルのような。

 そしてそれらを全て混ぜこぜにしたようなものもいた。


 それらに加え、ゴブリンだの、オークだのオーガだの、大型になればケルベロスだの、さらに死んだアカウントに『エディター』が寄生したものまで現れる。

 ハッキリ言って、僕らの戦力が微小に思えるほどの量だった。

 しかしそれらの敵を。


「オペレーション」


 すずめさんは涼しい顔をして倒していくのだ。バッタバッタという表現が正しい。彼女の射程に入った敵は問答無用で倒される。そしてその射程も広い。城の広大な部屋ひとつくらいなら一秒もかからないくらいの速さで制圧できる。


 ドラゴンが突っ込んでくれば首を切り落とし。

 ゴブリンだのオークだの何だのはまとめて爆破し。

 ゾンビアカウントは掃射する。


「King Arthur」の面々も出る幕がない。僕もぽかんとしていた。

「さ、さすがビッグスリー」

 僕がつぶやくと、隣で飯田さんが囁く。

「豪快な女性に見えるだろ?」

 僕が黙って頷くと、飯田さんは小さくため息をつく。

「実はすごい繊細な心の持ち主。多分、寄生種にやられて仲間を傷つけたことを気にしている」

 持ちつ持たれつだから、気にしなくていいんだけどな。

「……今の飯田さんは持たれっぱなしじゃないですか」

 飯田さんがにやりと笑う。

「言うようになったな。物書きボーイ」


 そんなすずめさんに先導され。

 僕たちは城の中を進んだ。


 多分、幕画ふぃんさんだったと思う。


 この城に起きている異常に、最初に気が付いたのは。

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