三大欲求

「すごいな。赤坂さん……『くん』か? 全部食べようとしている」

 モリモリとバナナを食べる「脳筋ゴリラ」こと赤坂さん。スカート姿の筋肉男子。山のようにあったバナナがみるみる消えていって、代わりにバナナの皮の山が積まれていく。


「あ、こんなのが。危ない危ない。食べかけましたよ」


 バナナの山の中を指し示す赤坂くん。彼の指の先にあったもの。


嫉妬インウィディア


「……こっちにも、カード。物書きくん拾って」


 栗栖さんの声。僕はカードを回収しに行く。


高慢スペルビア


「〈色欲〉、〈嫉妬〉、〈高慢〉……」

 本当に、七つの大罪だね。と、栗栖さん。

 僕は頷きながら三枚のカードをしまう。カタコンベで〈色欲〉のカードに触れた栗栖さんは突然おかしくなった。〈嫉妬〉と〈高慢〉も同じように触れると何らかの影響が出るだろう。


「く、苦しかった」

「ありがとう……ありがとう……」

「何度殺してくれ、と願ったことか」


 僕たちの背後。

 メイルストロムさんと結月さんがカードに閉じ込められていた「King Arthur」の人々を救出していた。ひとまず『エディター』との戦闘も終わり、彼らの影響も少なくなっただろう、という判断で。


「あ、バナナだ」

「腹減った……」

「食べてもいいですか?」


 救出された「King Arthur」の面々が大量のバナナを見てつぶやく。


「えー」一瞬、嫌そうな顔をする赤坂くん。栗栖さんが諭す。

「食べさせてあげたら」

「栗栖さんがそう言うなら!」


 バナナを分け与える赤坂くん。まさかこんな役立ち方をするとは。


 と、思っていたら。


「あー、苦しかったぁ」

 解、放。

 聞き覚えのある声。僕は振り返る。結月さんがぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいた。

「やったやった! メロちゃんだ!」

「メロウ+さん!」

 僕は駆け寄る。

「ごめんなさい! 魔女っぽい見た目してたから……」

 大量にあった「King Arthur」のカード。ほとんどが剣士か魔女か。その中でメロウ+さんを探すのは結構難しかっただろう。そもそもがすずめさんを探していたし。


「あはは。他の魔法使いの人たちと区別がつかなかったか」

 だらんと垂れた長い袖を口元に持っていって笑うメロウ+さん。とろんとした目がかわいらしい。

「失、認」


 さて、とメロウ+さんが左手を掲げる。途端に、何もないところから水晶玉が浮かび上がってくる。カードの中は苦しかったろうに、そんな気配は微塵も感じさせずに任務のことを気にしている。


「これまでの経緯教えてくれる?」大きな帽子の下の目がきらりと光るメロウ+さん。「確、認」


 僕と結月さんで簡単に説明をした。


 玄関広間で敵の奇襲に遭ったこと。

 その際に多くの突撃メンバーが錯乱状態になったこと。

 僕は小説がなかったから、結月さんは既に感染していたから影響がなかったこと。

 既に〈色欲ルクスリア〉〈嫉妬インウィディア〉〈高慢スペルビア〉を討伐したこと。


「単純に気になることがあるんだけどさぁ?」と、眠そうな目を結月さんに向けるメロウ+さん。「質、問」

「なぁに、メロちゃん」

「花ちゃんが感染していたから影響なかったってのは分かるんだけど、その理屈だと加藤さんがおかしくなっていたことに説明がつかないんだよね」


 弁、当。メロウ+さんは思い出すように目線を上げる。

「『お弁当、食べようかぁ』って言ってたんでしょ? 物書きくんの記憶だと」

「はい」僕は頷く。

「明らかに場違いな発言だよねぇ。おかしくなってたんだと思う。錯、乱」

「確かに……」

 結月さんが考えるような顔をする。それからすぐに、思い至ったような顔をする。

「私は、〈色欲ルクスリア〉を倒したら『暴走』が止まった。多分私は、〈色欲ルクスリア〉の影響下にあった。蛍ちゃんや葵ちゃんが正気に戻ったのも〈色欲ルクスリア〉撃破後。多分二人も私と同じように影響下にあった」


「影、響」メロウ+さんが水晶玉を覗き込む。「多分だけどさぁ。その〈色欲ルクスリア〉ってのが一番影響力があったんだろうねぇ。あの場にいた『ノラ』メンバーの多くを錯乱させたのはそいつなんじゃないかなぁ。多分敵側の算段としては、〈色欲ルクスリア〉でおかしくしてその後に〈嫉妬インウィディア〉と〈高慢スペルビア〉が敵をカードにして回収する、って感じだったんじゃない?」


 反、面。

 メロウ+さんが息を継ぐ。

「加藤さんだけは他の『七つの大罪』の影響下にあったんだよ。だって加藤さんは一度『暴走型エディター』と対峙して感染しているはずなんだもん。能力も正しく使えなくなっていたし。花ちゃんの理屈で言うと影響なしでいないとおかしい。で、さ。これ」

 すっとメロウ+さんが指を三本立てる。

「三、大」

「……三大欲求?」僕は首を傾げる。メロウ+さんはけらけら笑う。


「そそ。花ちゃんは『性欲』に支配された。城の周りを囲っていたバリアはおそらく『睡眠欲』。で、加藤さんを城の玄関でおかしくしたのが……」

「『食欲』?」

 僕の言葉にメロウ+さんは頷く。まぁ、確かに、そう解釈すれば「弁当」という発言にも頷ける。


「ほんで、思い出してほしいんだけど、加藤さん、『城の前で変な男に会って、かっと頭に血が上った』って言ってたの。これってどう考えても……」

 憤、怒。


 なるほど。僕も結月さんも首肯する。

 メロウ+さんはすらすらと話を続ける。

 

「加藤さんの能力は〈憤怒イーラ〉によって狂わされた。だから平時は〈憤怒イーラ〉の影響下。でも、城に入った後に加藤さんに影響を与えたのが〈色欲ルクスリア〉ではなく……」

「何だっけ……〈暴食グーラ〉?」結月さん。


 さすがみんな小説家。「七つの大罪」はよく扱われるモチーフだけあって詳しいのだろう。


 結月さんの言葉にメロウ+さんは嬉しそうに頷く。

「そそ。かわいそうに加藤さん、二種類の大罪に感染してる」

 混、合。メロウ+さんは場に似つかわしくないくらいおかしそうにけらけら笑う。


「加藤さんが能力を正しく使えるようになるのは先かもってことか」

 結月さんが顎に手を当てる。


 気になることがあったので僕は口を開く。

「……今の理屈で言うと、『七つの大罪』の内でも……」

「〈色欲ルクスリア〉〈暴食グーラ〉後、何だっけ……〈怠惰アケーディア〉か。この三つの影響力が強い。〈色欲ルクスリア〉と〈暴食グーラ〉は城の中、〈怠惰アケーディア〉は城の外を守っている」

 三、強。しかしメロウ+さんは三本立てた指の一本を折る。


「うちひとつは花ちゃんが討、伐」

「やったやった!」ぴょんぴょん跳ねる結月さん。

「私MVP?」


「私だって負けないよぉ」

 対、抗。水晶玉から目線を離したメロウ+さんが笑う。


「……ってことで、みんな」

 いつの間にかロッドをしまっていた栗栖さんが「King Arthur」の面々……後、明らかに〈暴食グーラ〉をしている赤坂くんにも……告げる。

「食べ過ぎ厳禁ね」


 はぁい。そんな声が返ってきた。

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