ゴリラの雪だるま
栗栖さんが何事かつぶやく。ロッドを掲げる。すっと、深呼吸。
「
魔法陣が展開される。ライオン男の背後に……二つ。
直後に聞こえてくる切断音。ライオン男の下半身に切断面が二つ。足を払った斬撃と、鞭を切断した斬撃。鞭を切り取った方の切断面は焼けただれていた。
と、栗栖さんの横に。
「え……」
思わず声が出る。
真っ赤な剣を携えた栗栖さん……
「ぶ、分身魔法?」
僕は叫ぶ。すると栗栖さんがにやりと笑ってこちらを見る。
「リーナは、強いよ」
と、切断された下半身の方を見る。
想定外の攻撃だったのだろうか。回復が鈍い。切断面がぶくぶく動いているが、再生する気配はない。もだえている。身を捩って。切り取られた足と鞭が黒い塊になって朽ちる。結月さんが喜びの声を上げる。
「あの反応……黒く朽ちる反応……さっきもあった。蛍ちゃんが先手を取った時!」
思い出す。
「くっそおおおお!」
ライオン男の上半身が叫ぶ。
「本体の頭があるのはこっちだあああああ! 下半身の方に生やした頭はおまけでしかねええええ! こっちの頭の方が高性能で、認知のうりょ……」
ぐひっ、と声が聞こえてきた。ライオン男の背後に立つ人物……もう一人の、栗栖さん。
彼女が手にしていたのは鋭い剣。切っ先は後頭部を突き破り、喉許から飛び出ていた。ライオン男が醜い声を上げる。
栗栖さんの囁き声。
「……
ライオン男の背後に立っていたのは、
分かった。僕は首肯する。
暗殺向きの能力。「単純に剣を振るだけ」故に目立たず相手に接近して致命傷を与えられる。そして今、その性能を存分に発揮している!
と、僕が考えていることを察したのだろうか、結月さんが僕に笑顔を向ける。
「蛍ちゃんの『いもおい』は連載中だから」
僕は彼女のことを見上げる。いつのまに
「連載中の作品は、成長の余地がある。私の『白銀の狼』は完結しているからこれ以上能力の開発が、スピンオフとかを書かない限りは見込めないけど、あの子の作品はまだ化ける。だから、
ライオン男の上体が脱力した。ぐずぐずに濡れた洗濯物のように垂れ下がる。喉の傷口からぶよぶよした肉塊が漏れている。掠れた声が聞こえる。
「に、認知……俺は、お前を、にん……」
斬撃。ライオン男の頭が弾け飛ぶ。一瞬の間、宙に浮かんでいたそれ。上体から切断された、ライオン男の生首。
僕の視覚認識ソフトでは追うのがやっとだった。だが、次の瞬間見えた光景は。
宙に展開された三つの魔法陣。そしてそこから飛び出てくる、三人の剣士。
一撃。
二撃。
そして、三撃。
跡形もなく消し飛ぶライオンの頭。途端に、下にあった上半身が黒い土くれのように崩れ落ちる。
それぞれのモードの着地地点に、魔法陣を展開しておく
消え去る、栗栖さんの分身。
ふう、と一息。それから、一言。
「『いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?』」
初めてフルのタイトルを聞いた。飯田さんがここにいたら……「長い」って笑うんだろうな。
カードをめくるのも忘れて、僕は栗栖さんのことを見つめていた。彼女はロッドを掲げたまま、すぐさま身を翻す。
「葵ちゃ……」
と、栗栖さんが声を上げた時だった。
「……ゴリラの雪だるま」
気づけば蛇男と対峙している赤坂さんの身長が伸びていた。「脳筋ゴリラ」だ。しかしさっきと様子が違う。
白い何かが体中に付着している……あれは、雪……?
熱した鉄板の上に肉を置いた時のような音がしている。赤坂さんを包んでいた炎が、消えている。プリーツスカートを履き、女子高生の制服に身を包んだ筋肉男子が、にかっと笑う。
「ごめんね……炎系の能力には、強いんだ」
次の瞬間、蛇男の頭部が弾け飛ぶ。大きく体勢を崩す蛇男。身をくねらせる。男子赤坂さんがぶん殴ったのだ。
「いってえ……いってえよお……」
何だお前、今のぉ。そうつぶやく蛇男に男子姿の赤坂さんが答える。
「私の作品の冒頭読めば分かるよ。雪まみれの男子が出てくるんだ」
「『羨望のまなざし』ぃ」
蛇男が叫ぶ。が、すぐさま消火される音が聞こえてくる。白い何かが蛇男に飛び掛かる。
鋭い蹴り。蛇男の膨らんだ腹部に一撃。
「……だからさ、炎系の攻撃はあんまり効かないんだってば」
ちょっとは熱いけどね。
雪まみれの男子。スカートから伸びた裸の脚にも、はち切れそうなブラウスにも雪が付着している。本当に、雪だるまという表現が正しい。すっごく寒そう。下手すれば雪の上で転倒したただの変態男子だ。
でも、純粋な疑問が。
「これ、キングコング対アナコンダみたいになりません?」
「どういうこと?」結月さんが訊き返してくる。
「決着がつきにくいというか……紐状の敵をただ殴るだけじゃ相手のこと消耗させられない気がして……」
「葵ちゃん、手を貸そうか?」
栗栖さん。ロッドに体重を預けて、退屈そうに眺めている。まぁ、要約としては、このまま殴り合いを見ていてもいいが、それは栗栖さんにとっても退屈だし、赤坂さんにとっても体力を消耗するだけ、ということが言いたのだろう。
赤坂さんもそれを察したらしい。素直に首肯する。
「じゃあ、少しだけ」
「どうして欲しい?」
「あいつ、バナナにしてください」
「バナナ?」
「ええ」にっこりと笑う赤坂さん。
「……あのサイズの蛇をバナナにすると、とてつもなく大きなバナナか大量のバナナになるけど大丈夫?」
「どっちでも大丈夫です」言葉の途中から男子に変わる赤坂さん。にかっと、豪快に笑う。
「こいつ、食えるんで!」
それから赤坂さんが口にする。おそらく、キャッチコピー。
「『―私は冬が嫌いだ』」
嫌いなのかよ。あんだけ雪に依存した能力のくせに。しかし赤坂さんは続けてタイトルを口にする。
「『また君に会いたくて。』」
すっとロッドを振る栗栖さん。何だかおかしそう。
身をくねらせていた蛇男が叫ぶ。
「お前も燃やし……」
「させねーよ」固めた拳を蛇男の顔面に叩き付ける赤坂さん。「バナナになってろ」
「はい、どうぞ」
赤坂さんのパンチを合図にするように、蛇男の体がバラバラと大量のバナナに化けていく。何だこれ。何だこの戦闘。僕が今まで見ていた手に汗握る戦いは一体何だったんだ。そうは思ったが、しかし無情にもバナナに変えられていく蛇男。
かなりの量のバナナ。これを処理しようと思ったら大人の男でも十人がかりくらいになりそう。しかし男子赤坂さんは満足げに笑う。
「お腹いっぱいになりそうだなぁ」
むしろバナナ地獄だろ。
そう思う僕を尻目に、脳筋ゴリラの赤坂さんがバナナの山に向かっていく。その背中は本当に……ゴリラだった(褒めてる)。
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