兄様

「『円卓の騎士』だか何だか知らないけど今は出さない方がいい!」

 白狼レティリエで警告を発する結月さん。

「すずめさんだ! すずめさんを探して!」

「どうしてすずめさんなんですか?」

 僕はカードをめくる手を止めずに訊ねる。

「すずめさんは一度『エディター』に感染してスキャンを受けている。もしかしたら対『エディター』用の最新型アンチウィルスソフトも入れているかもしれない。『暴走型エディター』が近くにいて戦闘しているこの環境下でも正常な動作が見込める唯一の人間だから! 他の人だとカードから出しても暴れるかもしれない!」


「なるほど」

 僕はカードをめくり続ける。一方でメイルストロムさんは「King Arthur」の面々を識別していた。〈幕画ふぃん〉さんのカードを大切に抱えながら。


 そんな僕たちの目前で、戦闘は激化していた。


「『いもおい』……リーナ」

 ロッドを掲げた栗栖さんがつぶやく。

 それは、光の奔流……だった。

 ロッドの先端に描かれた魔法陣。甲高い音。まるでソプラノの絶叫のような。

 栗栖さんがロッドを床面に向けると魔法陣から光の弾がいくつも出てきてライオン男を襲った。着弾したそれは……ライオン男の体を抉っていた。


「てんめええええええ! その手の攻撃は効かねえって言ってんだろおお!」

 ライオン男が絶叫すると即座に抉れていた部分が再生する。頭の半分を抉られたライオンは……次の瞬間エリマキトカゲのような不気味な生き物に変化した。顔の斜め下半分がライオン、もう半分が爬虫類。口を開いた、と思ったら吹き戻し笛のような勢いで舌を伸ばす。


 ロッドを持った栗栖さんが再び魔法陣を展開する。円形に並んだ白い文字列。魔法陣が完成した瞬間、コンパクトが開かれるように上段にもう一つ、魔法陣が現れた。


 栗栖さんに伸びていった舌が魔法陣の中に吸い込まれる。かと思うと、上段の魔法陣からその舌の先が伸びてきた……空間転異か。


「『エディター』の影響を受けずに魔法が使えるのは強みです……」

「ノラ」メンバーの戦闘を見ながらつぶやくメイルストロムさん。

「うちのギルドの面々は訳も分からない内に混乱状態にされて、能力を行使できず『エディター』に敗れていきましたから」

「でもこのままじゃ蛍ちゃんじり貧だ」

 白狼レティリエの結月さん。

「何か攻略法を考えなきゃ!」


 カードをめくり続ける僕。ほとんど神経衰弱のようだった。めくってもめくっても剣士、魔法使い、王様、姫……っぽいもの。それとは断定できない……駄目だ。全然見つからない。

 このままじゃ、すずめさんのカードを見つけるのより先に栗栖さんが追い詰められる。

 そう判断した僕は「ペン」と「虫眼鏡」を持って立ち上がろうと……した。口からはほとんど言葉が出かけていた。

「僕も戦闘に……」


「……大丈夫」ぽん、と僕の頭の上に手を置いたのは白狼レティリエだった。小さな手。柔らかい手。

 見上げると、その美しい金色の瞳が何かを見つめていた。目線の先。それは、しなる鞭攻撃を繰り返すライオン男の下半身だった。

「あいつ、まずは下半身に『頭』を作った……直接触手じゃなく、まずは『頭』を……!」

 言っていることが分からず、僕は結月さんの方を見つめる。だが、彼女は自信たっぷりに頷いてみせた。

「あのライオン男の攻略法……分かったかも!」


 一方、赤坂さん対蛇男。

 肉弾戦を仕掛ける赤坂さんに対し、ついに蛇男が怒りを露にした。


「うう……鬱陶しいぃ……何だお前ぇ……若さってやつかぁ?」


 チロチロと、舌を出す。


「いつまでもぉ、若いと思うなよぉ……」

 蛇男の目がカッと光った。かと思うと。

 赤坂さんのスカートの端が突然燃え上った。赤坂さんはパッと飛び退き……自分のスカートを叩く。


「……何ですか、それ」

 いつの間にか女の子の姿に戻っていた赤坂さんが訊ねる。蛇男がつぶやく。

「『羨望のまなざし』」

 蛇男の口の端がニッと持ちあがる。笑っている。

「妬けるねぇ……妬けるねぇ……焼けるねぇ!」

 蛇男の目が、大きく見開かれる。刹那、輝く。次の瞬間。

「う、わああああ!」

 赤坂さんの甲高い絶叫が響く。彼女の体は……。

 青く、チロチロと空を舐める、灼熱の炎に包まれていた。


 途端に栗栖さんが赤坂さんの方を見る。しかし、結月さんが檄を飛ばす。


「葵ちゃんは大丈夫! あの子自分で何とかできる!」

 蛍ちゃんはそのライオン倒して! その言葉で我に返る栗栖さん。

 ライオン男が飛び掛かる。鋭い爪が空を掻き、栗栖さんに襲い掛かる。

 ロッドを抱えたままひらりと身をかわした栗栖さんは、結月さんに背を向け、訊ねる。


「あいつの攻略法って何かな」

 緊迫感のある声。

「このまま攻撃し続けてもキリがない」

「『認知の外からの攻撃』に弱いはず!」

 結月さんの声。小さいがしっかりした声。

「あいつ、切断された下半身にまず『頭』を作った! 触手でも体でもなく『頭』だ! そこにヒントがあった……! あいつ、『攻撃を認識しないといけない』んだ! そうじゃなきゃ分裂したり再生したりできないんだよ! だから『頭』をまず作った! 下半身への攻撃も認識できるように!」


 ライオン男の攻撃。下半身からの攻撃だ。しなる鞭。栗栖さんは再びひらりと身をかわす。彼女のいた地点の床が粉砕音と共に弾け飛ぶ。


 栗栖さんは続ける。

「言ってることがよく分からない。『認知の外』って何。どういうこと」

「『攻撃されてる』って分かっていれば分裂や再生で対処できるってことだよ!」

 熱弁する結月さん。

 と、図星を突いていたのだろうか。「うるせえぞおおお!」という絶叫と共に下半身の鞭攻撃が僕たちの方に飛んできた。


 あまりに突然のこと完全に対応が遅れた。予想される激痛に反応して首をすくめる。が、目を開けると。


「試しに、やってみてよ……」

 たくましい体をした獣耳男子……黒狼グレイルが鞭を腕に巻き付けしっかりとつかんでいた。

「要はさ、『訳も分からない内に攻撃された』状況を作ればいいからさ……」


 栗栖さんがつぶやく。

「『訳も分からない内に攻撃された』……『攻撃対象になっていることに気づかない内に攻撃された』……『背後からの奇襲』や、『遠距離からの狙撃』みたいに……」

 すう、と細く息を吐く栗栖さん。


「『兄様』の出番、かもね」

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